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 『仕事場の芸術家たち』

ミチコ・カクタニ著 『仕事場の芸術家たち』






ミチコ・カクタニが70年代後半から80年代にかけて「ニューヨーク・タイムズ」紙に掲載した作家、映画監督、劇作家とプロデューサー、そしてパフォーマーたちのポートレイトをまとめたもの。登場しているのはまあとにかく錚々たる顔ぶれであり、カクタニは雑誌と比べると新聞は取材時間も紙数も限られているとしているが、単行本化にあたって加筆されていることを差し引いても日本の新聞ではまずお目にかかれない濃密さである。日本の新聞って海外のクオリティ・ペーパーのこういうところは真似しないのですよね……


「はじめに」にはこんな箇所がある。

「インタビューというものはたいてい、とてもわざとらしい――そしてその場かぎりの――親しげな雰囲気をつくり出す。ラテンアメリカの盲目の作家ホルヘ・ルイス・ボルヘスの場合は、昼寝をする彼のために私が『ロビンソン・クルーソー』を読んで聞かせるという形で終わった」。

1982年に書かれたボルヘスの本編は、ボルヘスがホテルのカギを失くして部屋から閉め出されてしまうところから始まる。

仕方なくロビーで話していると、ボルヘスは「私は自分の国が理解できない」と言う。「だが世界は、人間に理解されるために存在するのではない。毎晩、私は夢を見る。悪夢……どこか見知らぬ街で迷子になっている夢をね。ホテルの名前さえ覚えていなかったり、ブエノスアイレスの自宅へ帰る道が分からなかったりという具合だ。/世界がまったく無意味だから、私が迷子のように感じるのかもしれない。世界をカオス(混沌)ではなくコスモス(宇宙)と考える人たちは、きっと安心感を覚えるのだろう。死によってそのような世界が訪れるのかもしれないが、私は死が私の存在を消し去って欲しいと願う。忘れ去られるのは大歓迎だ。八十三年間もボルヘスという人間とつき合ってきたからもううんんざりなんだよ。でも、そのときがくるまでは夢を見続け、書き続けるしかないだろう?」

「ボルヘスはそう言うと口をつぐんだ。次の瞬間、彼は顔を輝かせた。滞在しているホテルのカギが出てきたのだ。これで部屋に上がって昼寝することができる。「ああ、このカギ……」と彼はつぶやいた。「私の物語みたいに、何かの象徴のようじゃないか?」


盲目のボルヘスのために『ロビンソン・クルーソー』を読んで聞かせたのはこの後のことなのだろう。取材に訪れたカクタニがボルヘスのために朗読するというのは、なんだかこれ自体が小説の題材になりそうでもある。

『誰でもない』

ファン・ジョンウン著 『誰でもない』




ここ数年韓国の若手作家の小説の翻訳が多く出ている。日本の読者に受け入れられたのにはいくつか理由があるだろうが、最大のものは、同時代の肌触りをありありと感じることができるということではないだろうか。

「ファン・ジョンウンは現在、韓国文学を代表する一つの「顔」といって過言ではないだろう」と、斎藤真理子は訳者あとがきに書いている。

ファンによる「日本の読者のみなさんへ」には、この短編集のタイトルの由来に触れ、こうある。
「韓国は金融危機から比較的早く抜け出しましたが、その後ずっと後遺症をわずらっています。過去二十年間の日常と非日常のいたるところで人々は、自らが「何でもない人」とされる瞬間を味わい、他人が「何でもない人」として扱われる瞬間を見てきました。/私はつまらないものを好む方ですが、人間をつまらないものと見なす社会全体の雰囲気が人々のことばに現れているのを目撃することは、どうにも、わびしいことです」。


「上京」は友人と農村を訪れる話である。この友人はこう語る。「田舎で暮らした方がちっとはましかもと思って、ようす見に来たんだ。俺もう嫌なんだよ、都会で暮らすの。六カ月ごとに契約書書きながら働いて見み、まいっちまう。身動きもとれないもんなあ。職場で、見逃したらいけないようなことが起きてても、何も言えないし。人目ばっか気にして、やりがいもないし。契約更新日が近づくと胸がドキドキすんだ。全部ほっぽり出してこういうとこでのんびり暮らしてみようかと思ったけど、そう簡単にはいかないよな、田舎だって「何か」を持ってなきゃ暮らせないっていうもんな。俺ってほんとにその「何か」がない奴なんだよなあって、そんなことばっか、思ってさ。来るんじゃなかった」。


日本が数十年かけて経験したことを韓国はより短期間で経験したとしばしば言われる。濃縮された分、とりわけ金融危機以降の社会・経済体制は日本のそれよりも厳しいものとなった、とも。急速な経済成長とその行き詰まり。都市部においては旧来の共同体の解体が進むが、またその残滓も色濃い。旧来の共同体はセーフティーネットとしての機能を持つ反面、個人にとっては真綿で首を絞められるような息苦しいものとなることもある。「持てる者」はネオリベ化した社会に適応し、グローバルエリートとして世界をまたにかけた活躍をするが、「何か」を持たざる者は、ひたすら惨めな生活を強いられ、出口のない重苦しさに潰されそうになっている。

都会に疲れ田舎に救いを求めるが、その田舎も実際に訪れればロマンティックなものなどではなく厳しい現実が待っていることを突き付けられるこの「上京」は、高畑勲の『おもひでぽろぽろ』と比較してみたくもなる。「上京」のより突き刺さる物語とその辛辣さは、国の違いによるものか時代の差であろうか。

同時に、ファンは韓国や日本、そして「先進資本主義国」とされた多くの社会を覆う重苦しさをリアリズムのみをもって描く作家ではない。「上京」の語り手の性別は最後まで明かされない。「K-BOOK読書ガイド チェックvolume.2」にファンのインタビューが掲載されている。ファンは「韓国でも「上京」に関しては、二人の関係が友人、異性の恋人、同性の恋人と意見が分かれる」としたうえで、「性別から発生する権力関係がありますよね。この人は男だ、女だと固定観念を持って見ることを揺さぶりたいという気持ちがあります」としている。

このように、「上京」の語り手の性別が明かされないことはジェンダーやセクシャリティをめぐる一つの政治性でもあるのだが、またこの手法は文学的効果も発揮している。「ヤンの未来」でジョージ・オーウェルを引用しつつ激烈な言葉を記すように、オーウェル的な意味での政治意識の強いクラシカルな作家という要素もありつつも、この短編集を通して読むと、ファンが必ずしもそこにのみ収まる作家ではないということもよくわかる。


とはいえ、「ドゲザって知ってる?」という言葉が出てくる「わらわい」に代表されるように、やはり現在の社会の有様が非常に強く反映された作品であることもまた確かだ。

「こうやって、人間が人間の足の前でひれ伏して頭を下げる姿勢をドゲザっていうのよ。みんな、これをお詫びの姿勢だと思ってるけどそうじゃないの、そもそも謝罪のためにやることじゃないのよ。これはねあんた、それ自体が重要なのよ、この姿勢を見せることそのものが重要なの。うちの売り場で騒ぎを起こす人たちは、謝ってほしいんじゃないの。謝ってほしいのなら、申し訳ありませんお客様で充分でしょ? でも、そう言っても満足しないじゃない、謝ったってもっと騒ぐでしょ。ほんとに欲しいのはこれなのよ。あの人たちが必要なのは、欲しがっているのは、この姿勢自体なの。どこでもそうよ、あんた。みんなこれを望んでいるの。ひざまずけって言えばひざまずく存在がいる世界。圧倒的優位に立って人を見下げる人になりたい、そういう経験をしたいのよ。みんながそれを望んでいるし、みんなにそれが必要なの」。

常に笑顔でいることが求められるデパートの販売員。絶対に反撃してこないと確信できる相手に居丈高に「ドゲザ」を要求し、自分の優位性を確認し、それを見せつけることで満足する客。感情の素直な表れであるはずの笑いすら、自分の手から奪われてしまっている社会に我々は生きているのであり、「わらわい」はそのことをグロテスクに、辛辣に描き出している。

訳者あとがきによれば、「文中に出てくる「ドゲザ」は当然ながら日本語由来で、日本語の発音をそのままハングル表記したもの」だそうだ。感情労働の拡大による悪夢を共有する社会は多いが、ファンの紡ぐ物語は、やはり日本の読者によりいっそう響くことだろう。


『ビリー・ワイルダー・イン・ハリウッド』

モーリス・ゾロトウ著 『ビリー・ワイルダー・イン・ハリウッド』





ビリー・ワイルダーは「サミュエル・ヴィルダーとして一九〇六年六月二二日、ズーハで生まれた。現在ポーランド領で、当時はオーストリア・ハンガリー帝国のガリチア地方、首都ウィーンの東一〇〇マイルにある小さな町である」。


モディアノ中毒』に、モディアノの父とワイルダーの婚約者のヘラとのある因縁について触れられていたところがあったが、このワイルダーの伝記にはモディアノの父への言及はないものの、もちろんヘラは登場する。


「一九三三年一月、ビリーとヘラはダヴォスへ、スキーに行った。パルゼン山を滑降する途中でひと休みしたヒュッテで、温めたワインにソーセージとホット・ポテトサラダを食べていると、ラジオからヒンデンブルク大統領がアドルフ・ヒトラーを首相に指名したというニュースが流れてきた。/ワイルダーは彼女にいった。「出発したほうがいい」/彼女は、まだコーヒーとケーキがすんでいないと渋い顔を見せたが、彼はドイツを出国するという意味でそういったのだった。それが終わりだった。すぐに家に帰って脱出の準備にかからねばならない。すべておしまいだ、彼の直感だった」。

ワイルダーは二束三文で家財を売り払い、二月二七日、ワイルダーは国会議事堂が燃え上がるのを目撃すると、その翌日ドイツを脱出した。



ワイルダーはこういう経験を持っていたためにハリウッドでの心無い言葉には徹底して戦った。戦後、パラマウントが『第十七捕虜収容所』をドイツで公開する際に、ハリウッド映画にとってドイツが大きな市場になってきたため、吹き替え版ではナチのスパイをナチに身売りして手先となったポーランド人捕虜に設定を変更してもらえないかという手紙が届いた。ワイルダーは「烈火のごとく怒り」、ナチスによるユダヤ人虐殺と、ワルシャワの英雄的レジスタンスを称え、この無礼な申し出を撤回して謝罪しなければパラマウントとの関係を打ち切ると返事をした。謝罪はなく、ワイルダーは「最高の待遇を得ていた脚本家契約を捨てた」。

「冗談まじりでも、プロシア風だとか、ナチ将校のように威張っているという悪口に関しては、ワイルダーは絶対に許さなかった。ハンフリー・ボガードが「ワイルダーは乗馬鞭を持っていてプロシア系ドイツ人の同類だ。一緒に仕事をしたくないタイプの監督だ。この『サブリナ』もクソみたいな映画だ」と発言したが、これも当然許すことのできない言葉だった。

ジョン・ヒューストンがロマン・ギャリの書いた脚本についてワイルダーに意見を求めると、ワイルダーはこれを酷評した。ヒューストンのホテルを訪ねたワイルダーはギャリがダリル・ザナックに宛てた手紙を発見した。ギャリは「私は、貴方とヒューストンがワイルダーのような有名なナチに、この脚本についての助言を求めようとしていることが理解できません」と書いていた。そこへギャリが入ってきて、ワイルダーは飛びかかった。「ヒューストンの話では、彼が止めなかったら、フランス人は殺されるところだったという」。

それから十五年ほど経って、ワイルダーにフランスからレジオン・ドヌール勲章が授与されることになった。ワイルダーは大変喜んだが、勲章をつける役がなんと当時ロサンゼルス駐在フランス領事だったギャリではないか。これを聞くと、「欲しくてたまらなかった勲章を拒否してしまった」そうだ。

ワイルダーはユダヤ系でありナチから逃れてアメリカに渡ってきたことを思うと、いくらそのやり方や性格に不満があろうとも彼をナチ呼ばわりするというのはなんとも奇異に思えるが、当時はドイツ系への罵り言葉として安易に使われていたのだろう。


FBI vs ジーン・セバーグ』や『ゴダールと女たち』にあるように、ジーン・セバーグは1970年に出産したが赤ん坊はすぐに亡くなってしまう。当時セバーグがブラック・パンサーを支援していたことから、赤ん坊の肌の色は白かったか黒かったかというなんとも下劣な噂が流れたが、これはFBIが意図的に広めたものだった。この時セバーグとすでに離婚していた元夫が、自分の子ではないと知りつつも、赤ん坊の父親は自分だと名乗り出た。この元夫こそギャリであった。セバーグは79年に自殺とも変死ともつかない亡くなり方をし、ギャリも翌80年に自殺してしまうことになる。

このあたりはワイルダーとは無関係であるし、当然『ビリー・ワイルダー・イン・ハリウッド』には登場しないのだが、ワイルダーは一連のこうしたニュースをどう見ていたんだろうというのは気にならなくはない。



『モディアノ中毒』

松崎之貞著 『モディアノ中毒  モディアノの人と文学』




パトリック・モディアノは自作に自伝的モチーフをしばしば用いる。従ってモディアノという作家について考えるには、やはりその伝記的事実に目を向けねばならないだろう。ということで全作品の概要もある、モディアノ入門書でもある本書には冒頭にモディアノ小伝が置かれている。

モディアノが自身の体験や記憶を繰り返し作品に忍び込ませるのは、第一にそれが強烈だったからであろう。モディアノは弟と共に、両親から見捨てられたような幼少期を過ごす。1949年から51年にかけて、恋人と遊び歩いていた母親は二人の息子をアパルトマンの管理人に預けたきりだった。50年に兄弟はサン・マルタン教会で洗礼を受けているが、モディアノは「わたしの両親は立ち会わなかった」としている。このような体験と記憶は一生ぬぐうことはできないだろう。

モディアノが生まれたのは45年7月のことなので、彼自身はナチス・ドイツによるフランス占領時代を知らない。しかしモディアノはこれまた、デビュー作以来繰り返しナチス占領下のパリを作品の舞台としている。父はユダヤ人であり、ナチス占領下のパリにおけるユダヤ人の寄る辺なさが幼少期の体験と共振しているということでもあるのだろう。


……と、モディアノのいい読者ではない僕はこの程度に思っていたのだが、本書のモディアノ小伝を読むと、自身の体験もさることながら、両親のキャラクターは何よりも小説にあまりにうってつけだったのだろうということもわかる。

父のアルベールはバカロレアの受験に失敗すると「事業」に乗り出す。ユダヤ人である自分には事業しかないと思ったのか、この手の商売が性にあっていたのかはわからないが、この「事業」はかなり危ない橋を渡るものだったようだ。第二次大戦が勃発すると兵役にとられる。フランスはあっけなくドイツに降伏し、アルベールはフランス西部に難を逃れるが、間もなくパリに戻る。「喰っていくため」だったのだろう。ナチス占領下のパリでは、ユダヤ人は出頭したうえで身分登録をしなくてはならなくなったが、父はそれをしなかった。

そしてついに、42年父は逮捕される。この時一緒に検挙されたのはヘラ・Hというドイツのユダヤ人であったが、このヘラ・Hはなんとビリー・ワイルダーの婚約者だった。父は一瞬の隙をついて脱出。そしてヘラ・Hも翌日釈放される。「それは明らかに父の仲間のとりなしによるものだった」。

アルベールは対独協力者ではなかったのかもしれない。しかしおそらくは、ユダヤ人でありながら対独協力者と関係が深かったようなのだ。「警察活動やドイツへ送る物資の買い取り」などを行っていた「オットー事務所」という出先機関があった。商社を装い、「大量の闇物資を買いつけるかたわら、レジスタンスの運動家やユダヤ人を捕まえては残虐な拷問を行っていた」。モディアノはルイ・マルと共同で脚本を書いた『ルシアンの青春』で、レジスタンスに対する凄惨な拷問シーンを書いている。

父はこの「オットー事務所」などの人脈とつながっていた、少なくともモディアノはそう考えているようだ。その一例として、父が「フロ」と呼んでいた女性はオランダ人画家の娘フロリー・フランケンのことがある。彼女は後にフックス博士と親交をもつ。このフックス博士こそが「オットー事務所」の幹部のひとりだったのである。

父の「仲間」とはいったい誰であったのだろうか。さらに翌43年にも「だれか」に密告され逮捕されたが、「だれか」が出してくれた、と父は息子に語った。「でも、だれが? わたしはしばしば自問したものだ」。

なおフロリー・フランケンについて本書では「一九四〇年に日本人俳優・早川雪洲と結婚」とあるが(p.55)、『セッシュウ!』(中川織江著)を読むと、1939年に雪洲はパリに渡っていて第二次大戦中をフランスで過ごすことになるが、フロと結婚したという記述はない。ちょっと検索してみた限りでは雪洲がフランスで結婚したという情報は得られなかった。そもそも雪洲は青木鶴子と結婚しているので重婚になってしまう(愛人に子どもを産ませたりはしているが)。ここは著者の勘違いなのか、新発見なのか、どちらなのかはわからない。


そして父だけでなく、母もなかなか強烈だ。
母ルイザはベルギー出身で、ガス会社で働きながら演劇学校に通っていた。二十歳のときにスカウトされ4本ほど端役で映画出演し、ミュージック・ホールで踊り子もしていたという。ベルギーがドイツ軍に占領されるとブリュッセルのフラマン語のラジオ局でも働いていた。その後も演劇学校に通うなどしていたため、文学者たちとも知り合いになった。サルトルの秘書でもあったジャン・コーは母の愛人でもあり、モディアノは後にささやかな復讐を試みることになる。またレーモン・クノーとも友人で、クノーはモディアノの処女作がガリマール社から出版されるのに尽力した。

母は息子たちには冷淡で、また私生活においては奔放であり、それゆえモディアノは母性愛を求め続けることとなる。この母子の関係がいかなるものかはこんなエピソードが象徴しているだろう。モディアノが作家としてデビューした後も生活は苦しかった。すると母は、友人の映画俳優モーリス・シュヴァリエがモディアノが文学賞を取ったお祝いにとくれた、ペン先にダイアモンドのついた金製の万年筆を質に入れさせたのだった。「その万年筆は二百フランにしかならず、それを受け取る母の目は厳しかった」。

また父は父で、自分が失敗したバカロレアに息子を何とか通したいと願う一方で、戦後も得体の知れない事業で世界各地を飛び回り、ある時は息子を徴兵される前に勝手に兵役に「志願」させることでなにがしかのカネを得ようとまでしている。この時はモディアノの方が父を出し抜き、おそらくはモディアノは兵役を逃れ続けた。

モディアノは『作家の仕事部屋』に収録されているインタビューでこう語っている。『パリ環状通り』にあったように「父親が僕を線路に突き落とそうとしたことは一度もありません。ただ彼は僕に敵意を抱いていただけです」。

さらには分身ともいえる最愛の弟はモディアノが寄宿舎生活を始めて四ヶ月目に病気で亡くなってしまうのである。

なんとも壮絶な体験の数々であり、またあまりにキャラの立った両親で、これを作品に取り込まずにはいられなかったとしても驚くことではない。


モディアノは25歳のときにユネスコ本部も設計した高名な建築家のベルナール・ゼルフュスを父に持つ当時19歳のドミニクと結婚している。結婚式の日、新郎側の立会人はレーモン・クノー、新婦側の立会人はアンドレ・マルローだった。しかしこの雨の日の結婚式は「悪夢のよう」になってしまう。クノーとマルローが画家のデュビュッフェのことで論争を始めてしまうのだ。おまけにカメラを持っていたたったひとりの人物はフィルムを入れ忘れていて、「傘の下の背中が写った写真」一枚しか残っていないのだという。

これだけでもあたかも小説のようなエピソードなのだが、74年に誕生した長女のジーナは映画監督、絵本作家となり、78年に生まれた次女マリーは歌手、詩人となったと聞くと、モディアノ家の人々よ、ちょっとやりすぎではないのかね、とも思えてきてしまった。




『チャヴ  弱者を敵視する社会』

オーウェン・ジョーンズ著  『チャヴ  弱者を敵視する社会』





ジョーンズはある日、不安にかられる体験をした。ロンドンの高級住宅地にある友人宅での夕食会でのこと、招待主が大手スーパーマケットの閉店に触れ、「チャヴたちは、いったいどこでクリスマスプレゼントを買うんだろう」というジョークを飛ばしたのだ。

発言主を含め、そこにいたのは「教養があり、心が広く、知的な専門職について」おり、「人種もさまざま、性別も男女半々、同性愛者もいた」。全員が政治的には中道左派であり、もしそこで人種差別や同性愛差別発言をしようものなら「すみやかに部屋から追い出されていただろう」。でも、「チャヴ」を馬鹿にした「ジョークに不快感を示した人はいなかった。それどころか、みな笑ったのだ」。

「チャヴ」という語は「ロマ族のことばで「子供」を指す「チャヴィ」から来ている」が、そのことを知る人は少ないようだ。しかしチャヴに対するイメージははっきりとしている。「偽物のバーバリーなどを身につけた無職の若者を中心とする下流階級」といったものだ。つまりあの「ジョーク」は、スーパーがつぶれて「悲惨な下流階級は、いったいどこでクリスマスプレゼントを買うんだろう」と言ったも同じことだったのだ。

これに笑った人たちは、「本人が認めようが認めまいが、彼らの成功は幼い頃からの環境によるところが大きい。みな緑の多い郊外の快適な中流階級の家庭で育ち、一部は学費の高い私立校に通い、大半はオックスフォード、LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)、ブリストルといった名門大学を卒業していた。労働者階級の出身者が彼らのように成功することは、控えめに言っても難しい」。

中道左派であるはずの彼らがなぜ「富める者が貧しい者をあざける」ようなジョークを飛ばし、これに笑ったのだろうか。「なぜ、労働者階級への嫌悪感がこれほど社会に広がったのだろうか」。

「暴力、怠惰、十代での妊娠、人種差別、アルコール依存など、あらゆるネガティブな特徴が含まれている」、「チャヴ」という言葉がいかに流布していったのか。ジョーンズはイギリス社会の変化を歴史的に追い、この流れにどう対抗していくべきかを考える。「本書の狙いは、労働者階級の敵視の実態を明らかにすることだ。しかし、中流階級を敵視する方向には進まない。同様に、労働者階級を偶像に祭り上げたり、美化したりするつもりもない。目的は、「チャヴ」という戯画の陰で見えなくなっている大多数の労働者階級の実像を、多少なりとも示すことだ。/ことに強調したいのは、「人々の態度の変化だけを求めるべきではない」という点だ。階級差別は、階級によって深く分断された社会の主要な要素である。われわれが最終的に取り組まなければならないのは、差別そのものではなく、差別を生み出す源、すなわち社会だ」。


保守党は労働党を「階級闘争」を行っていると批判してきた。イギリスの歴史は階級闘争の歴史でもある。といっても、階級闘争を行ってきたのは労働者階級だけではない。「われわれは階級闘争の闘士であり、勝利するだろう」、こう語ったのは保守党の広報誌の編集者だ。保守党が行ってきたのは「上からの階級闘争」であり、この言葉通り、特権階級はこれに勝利を収めている。

イギリス社会の大きな変化がサッチャー政権によってもたらされたのは間違いない。しかし、ある人物はこう語っている。「みながあまり気づいていない興味深い点は、サッチャー政権が、二度目のチャンスを与えられたヒース政権だったということだ。人事もほとんど重複している」。

保守党は第二次世界大戦後の労働政権によって実現した福祉国家を渋々ながらも受け入れてきたし、サッチャーは保守党内ではむしろ異端であったとされることが多い。それが70年から74年までのヒース政権の二度目のチャンスだったとはどういうことなのか。ヒース政権は「国有炭鉱労働者によるストライキで退陣を余儀なくされた」。保守党はこの復讐の機会を虎視眈々とうかがっていた。サッチャーによる炭鉱労働者への攻撃は実利的な計算に基づくものではなく政治的動機によるものであったという分析はセリーナ・トッドの『ザ・ピープル』をはじめ多い。「最強」とも目された炭鉱労働者組合を蹴散らすことができればあとは怖い物なしだ。そのための準備に余念がなく、サッチャーは勝利を収めた。「現代イギリスの労働者階級の歴史のなかで、炭鉱ストライキの敗北は決定的な節目となった」。

また炭鉱労働者の敗北は労働党によってもたらされたものでもある。当時労働党はサッチャーと炭鉱組合は「どっちもどっち」という態度を取り、炭鉱労働者を支援しなかった。これによって組合は完全に自信を失い、労働党はますます組合との紐帯を弱めた。

ではサッチャーは圧倒的な支持を受けていたのだろうか。まず政権を奪取した79年の選挙だが、この時の保守党の得票は「第二次世界大戦以降に勝利したどの政党より少なかった」。保守党が勝てたのは自由党支持者が流れ込んだ結果だった。これ以前の選挙では保守党は常に50パーセント前後の得票率を保っていたが、サッチャー政権の得票率は最高でも44パーセントにすぎなかったという。労働党寄りの貧困層の投票率が低いことを合わせると、「サッチャーは最後まで有権者全体の三分の一以上の支持を得ていなかったことがわかる」。

サッチャーに助け舟を出していたのはこれまた労働党でもあった。労働党は分裂状態に陥り、83年の選挙では保守党は50万票も減らしたというのに、議席数では地滑り的な勝利を収めたのであった。このあたりの小選挙区制度下で野党が分裂すると与党は三分の一程度の得票でも圧倒的勝利を収めてしまうという現象は日本でもすっかり御馴染のものとなった。そしてこれも既視感のあることに、労働党は「サッチャーの自由市場政策に降伏した。抵抗する者はみな政治の脇に追いやられたのだ」。

もちろんサッチャーはただ指をくわえて牡丹餅が転がり込むのを待っていたのではない。労働者階級を分断するための策を打っていた。その一つが「公営住宅の賃借人が、格安の値段でそこを自分の家にできる」、いわゆる「買う権利」の住宅法であった。「相場の半値」で住宅が購入でき、「住宅ローンの審査も確実に通る」のであるから、労働者階級の多くもこれを歓迎した。

これによって労働者階級内の分断は決定的に進む。まず住宅を買える人と買えない人との間で分断が起こる。サッチャーが押し進める強引な政策によって炭鉱労働者のみならず製造業や公的部門で大量の失業者が発生し、家を買うどころではない人たちも多かった。かつては強い絆で結ばれていたコミュニティもボロボロにされていく。さらには格安で払い下げすることによって資金が不足し公営住宅への再投資が滞り、住宅不足が起こる。厳しい制限が付けられたため公営住宅に入居できるのは貧困状態に陥った人々ばかりになっていき、少しでも余裕のある人たちはそれを嫌いそこを去るようになる。まともな職もなくかつてのコミュニティからもこぼれおちた人たちの間でアルコールやドラッグが蔓延するようになる。品行方正な人たちと荒れた生活を送る人たちとの距離はますます広がり、公営住宅は暴力とドラッグが支配する悪の巣窟のようなイメージとなっていく。また住宅を購入した人もローンの支払いが負担になり、失業に脅え、賃貸時代より生活を切り詰めなければならないようになる。こうなればもう先は見えている。厳しい生活を送る労働者階級の中に、「福祉のたかる貧困層」への敵意が形成されていくことになる。


「サッチャーの哲学の中心には、「貧困」は現実には存在しないという考えがあった。貧しい人がいたなら、それは彼ら自身が失敗したからだ」。

ある税の専門家はサッチャーの政策をこう解説する。「サッチャーは税負担を、社会でもっとも暮らし向きのいい人から、もっとも悪い人に移した。サッチャー政権下で貧富の差が拡大した一因は、財政政策にある。あれは意図的だったことは間違いない」。「なぜなら彼女の理念では、望ましい富を生み出すのは富裕層の頂点にいる人々だったからだ。残りは落伍者で、どうでもいいと考えていた」。

安倍晋三をはじめサッチャーを崇める政治家が雁首を揃えている安倍政権が、政策的合理性を無視してでも生活保護費の削減をはじめとする「上からの階級闘争」に拘泥する背景にも、この「落伍者」など「どうでもいい」という発想が根本にある見るべきだろう。


さらに悪夢的な状況をもたらしたのはブレア率いるニュー・レイバーであった。敗北を重ねた労働党は無力感に覆われ、ブレアのような右派議員たちの好きなようにやられてしまった。ニュー・レイバーは労働者階級を引き上げるのではなく、労働者階級からの上昇を謳った。「いまやわれわれはみな中流階級」という言葉が意味するのは何であろうか。向上心を持ち真面目で勤勉であれば労働者階級から抜け出せる。つまり、労働者階級に留まっている人々は怠惰で、与えられた機会をみすみす逃した人たちであり、労働者階級の「残り滓」のような人たちが苦しもうとそれは自己責任だということになる。ブレア政権はかつての炭鉱町など、どうあがこうともまともな職がない地域やコミュニティの崩壊などの社会的文脈を無視し、失業や貧困を個人の倫理の問題としたのであり、労働党の変質は保守党や右派メディアにとっては願ったりかなったりであった。こうして「労働者階級の悪魔化」(本書原題のサブタイトル)が執拗に行われることになる。

文化的にも様々な変化が起こった。ビートルズを筆頭にロック・ミュージシャンといえば労働者階級出身が多いというイメージがあるが、オアシスあたりを最後に、ロックは中流階級のものとなってしまった。労働者階級の娯楽といえば何といってもサッカーであった。しかしプレミア・リーグ発足と前後して入場料は大幅に値上げされ、「暴力的」な労働者階級をスタジアムから締め出すことで「安全」と「安心」を提供し、サッカー観戦は中流以上の娯楽となっていった。選手層も変化し、市場の拡大によって世界中から高給で集められるようになる。ベッカムのような労働者階級出身の選手も、大金を手にした途端に高級住宅地や農場に豪邸を構え、かつてのようなコミュニティのロールモデルではなくなっていった。

そしてついに「チャヴ」という言葉が人口に膾炙するようになる。80年代までは、必ずしも実態に基づくものではなかったにしろ、小説や映画などでは労働者階級にシンパシーを寄せる作品が多く造られていた。それが近年では、タブロイド紙のみならず高級紙やBBCなどでも事実に基づかない偏見を煽る記事が量産され、チャヴを笑い物にするコメディやドキュメンタリー、また「善良」な人々がチャヴの暴力に脅かされるといったフィクションが量産されていくことになる。


中流階級出身のコメディアンがチャヴに扮して、彼らの愚かな生態とされるものを馬鹿にしまくるというのはなんともぞっとする光景であるが、これは白人が黒塗りをして滑稽な黒人を演じたアメリカのミンストレルショーなども連想させる。中流階級以上の人間による異常な事件はあくまで個人によるものだとされる一方で、たとえ例外的な事件であろうと、チャヴによるものであればそれはチャヴ全体の病理を表すものだとされてしまうところも人種問題と共通する。

日本ではネットスラングの「DQN」の語源になった番組などを思い浮かべればいいだろう。愚かで怠惰で理解し難い救いようのない連中だとして、視聴者は笑い、怒り、呆れるなどし、娯楽としてこれを「消費」して、自分や家族がこうではないことに胸をなでおろすのである。


階級といえばイギリス独特の問題だと思う人もいるかもしれないが、確かにイギリス固有の面もあるとはいえ、本書で描かれる現象は日本を含む現在の多くの社会に共通する部分も多い。

イギリスでもお決まりのように社会保障の不正受給が喧伝されている。イギリスでは社会保障費の不正受給による損失は年間約10億ポンド、1450億円程度だと見られている。大問題だと思う人もいるかもしれないが、脱税による損失は実に年間700億ポンド、10兆1500億円程だとされており、まさに桁違いだ。脱税を社会問題だと批判し厳しい取り締まりや法改正を求める声は全くといっていいほど盛り上がらないが、「不正受給」への批判は喧しい。以前にこちらに書いたように、本書刊行後に明らかになったキャメロンの父も関与していたタックス・ヘイヴン問題も、イギリスをはじめ多くの社会に驚くほどインパクトを与えていない。

また不正受給の中身も、福祉を受給して豪遊するなどといったケースは極めて稀で、わずかばかりの収入を申告しなかったというようなケースが多く、これも日本と共通している。さらには不正受給よりも「申告もれ」の方が遥かに問題で、本来なら低所得者に給付されるべき何十憶ポンドもが毎年未給付となっている。映画『ダニエル・ブレイク』で描かれたように、様々な病気やケガ、疾患で働ける状態にない人たちまでが厳しくされた審査基準によって「就労可能」とされ給付金を打ち切られている。これもまた日本をはじめとする多くの国で見られる現象である。


労働者階級の分断のみが原因ではなく、中・上流階級と労働者階級との断絶もこの流れを加速させている。しかもこれは一時期よりむしろひどくなっているという。政治家では労働党においてさえ労働者階級出身者やはかつてより減っており、労組出身者も減る一方で、金融業や学費の高い私立学校出身者は増加している。これはメディアも同様で、大手新聞、テレビなどの記者も労働者階級との接触がほとんどないまま生まれ育ったという人が多くなっている。イギリスでも、そしてアメリカや日本でも政治家やメディアが貧困層に冷淡であるばかりか平然とデマまで垂れ流して攻撃する背景にもこのような事情があろう(アメリカの事情はパットナムの『われらの子ども』に詳しい)。

またインターン制度の流行も、「中流階級による主要な職業の独占」を進めた。「政界、法曹、メディアやファッション業界といった専門分野で盛んに活用」されるようになったが、これはつまり、一定期間無給で働いても大丈夫なだけ親のすねをかじることのできる財力が家庭にある人以外はこれらの業界の職に就くのは難しくなったということでもある。「労働者階級の子供は弁護士になることを夢見るのはあきらめたほうがよくなった」。「無給の職場体験と有料の研修に対する要望が増えたせいで、多くの弁護士事務所は労働者階級の人が就職できる場所ではなくなった」。

冒頭でジョーンズを不安にさせた、「中道左派」であるはずの人々までもが貧困層を馬鹿にしたジョークを飛ばしてしまうという現象もここから来ているのだろう。彼らにとって貧しい人々は想像の中にしかいない。実際に「チャヴ」とされているのがどのような人たちで、どのような生活を送っているのかがまるで見えず、自分たちとは縁のない存在だとしか思えないのだろう。


一方で、本書には保守派・右派のみならず左派的な人たちからも異論がある部分も少なからずあるだろう。「心が広い」はずの「中道左派」が「チャヴ」を蔑む理由の一つが、チャヴは人種差別主義的だというイメージがあるからだ。

確かに、反移民を掲げ一時躍進したイギリス国民党に投票した人の多くがチャヴとされる人びとをはじめとする労働者階級であったという調査が出ている。大卒で専門職に就く左派からすれば、極右によるデマを真に受け移民排斥に走るチャヴは「嘆かわしい人々」(本書には出てこないが、アメリカ大統領選挙の際にヒラリーはトランプ支持者をこう評し反発をより深めた)であり、愚かな差別主義者だと映るだろう。

非常に有名なエピソードが本書でも言及されている。2010年の選挙の際、当時の首相ブラウンは筋金入りの労働党支持者だとされる高齢の女性と会うというパフォーマンスを行った。この女性は「私が子供のころに教え込まれた三つの大事なことは、教育、医療サービス、そして恵まれない人の面倒をみることでした」とし、孫たちが将来大学の学費が払えるだろうかと心配した。この女性は最後に、「移民が増えてきたことも少し気がかりだ」と伝えた。ブラウンはその場はやり過ごしたが、車に戻るとテレビ用のマイクを付けっぱなしであったことを失念し、この女性を罵った。「昔からの労働党支持者だと言っていたが、ただの偏屈[ビゴット]な女だ。ばかばかしい」。この音声は繰り返し放送され、労働党の票を減らすことになった。

これをどう考えるべきだろうか。ジョーンズは「ニュー・レイバーによる労働者階級に対する軽蔑の集約」だとする。ニュー・レイバーは失業や貧困の結果に対処しようとしたが、その原因を突き止め根治しようとはしなかった。サッチャー政権以降に生じた、人為的にもたらされた構造的大量失業には手を付けずに、これは倫理の問題だ、「道徳心が足りないから貧しい」のだとしたのである。ジョーンズは、ブラウンはここで女性が抱える不安には向き合わずに上から目線で偏狭な差別主義者だと切り捨てたのだとする。

移民が仕事を奪っている、移民が増えたせいで生活環境が悪化した、根拠なくこう主張する右派の主張に流される労働者階級は愚かなだけなのであろうか。ジョーンズは「チャヴ」が人種差別的だというイメージは短絡的だとする。イギリス国民党が票を伸ばした地域で話を聞いてみると、移民への憎悪が爆発しているのかというとそうではなかった。そこでの労働者階級が何よりも不満を持っていたのは住宅問題で、長年そこに住んできた自分や家族や友人が満足な家に住めないにも関わらず、移民の人たちがまともな家に住んでいるのは納得がいかないというのだった。ところが政権にあった労働党は住宅問題に取り組んでくれない。そこに目を付けたのがイギリス国民党で、自分たちは「白人労働者階級」の味方なのだという戦術を取った。

労働党をはじめヨーロッパのかつての左翼政党が右傾化したため、そこからこぼれ落ちた人たちを極右がさらっていったという指摘は多い。「ニュー・レイバーの政治家は、移民に対して高まる労働者階級の反発を額面通りに受け取るだけで、手頃な価格の住宅や高級で安定した仕事の不足という根本的な原因を探ろうとしなかった。つまり、宗教や肌の色に関係なく、すべての労働者階級に共通する「経済的な」病弊にしっかり対処する代わりに、それらを「白人」労働者階級に影響を及ぼす「文化的」問題と定義し直したのだ。こうして、白人労働者階級は、ほかの民族的マイノリティと同じように社会の隅に追いやられた」。

ジョーンズはオールド・レイバーを理想化しているのではない。かつてはその中に女性差別や人種差別が蔓延していたことも認めている。言うまでもなくセクシズムやレイシズムなど大した問題ではないなどとしているのではない。しかし世論調査等を見れば、とりわけ実際に人種的マイノリティと接する機会の多い労働者階級においては人種偏見は減少しているはずだ。その彼らがなぜ極右に引き寄せられるのかを、貧困、失業、住宅、コミュニティの崩壊など彼らを取り巻く身近な問題を見ずに人種偏見のせいだとしてのみ片づけてしまっていいのか。イギリスの左翼大学生はイスラエルによるガザ地区の蹂躙など国際問題に強く関心を寄せる。もちろんこれも重要なことだ。だが、それと同時に目の前の労働者階級の苦境にも目を向けることだってできるはずではないか。なぜそれをしないのかと、ジョーンズは問いかける。

ジョーンズの言わんとすることはわかるし、僕自身も「あれかこれか」ではなく両方やるべきだと考えている。しかしこの論法には、とりわけ今本書を読むことでより気がかりな点もある。ジョーンズは、イギリス国民党、あるいは本書刊行後のUKIPに引き寄せられる労働者階級は必ずしも差別的なのではなく行き場を失っているだけなのだとするが、これは差別意識を軽く扱い、極右に引き付けられる人たちを正当化することにもなりかねないのではないか。支持者の差別発言を受け流すことができなかったブラウンは、この点において本当に強く批判されるべきであったのだろうか。


決して少数とはいえない労働者階級が極右化してしまったが、ではなぜ極左化ではなかったのかという素朴な疑問にジョーンズの論法では答えられない。その答えは本書刊行後に起こったコービン現象だと言うかもしれない。しかし、世論調査等を見ると、コービン支持者はどちらかといえばロンドンなど大都市部に住む、(ジョーンズもそうであるような)高学歴の若年層が多い。ジョーンズはこれも本書刊行後に起こった「ブリグジット」を労働者階級の反乱と位置付け、コービン現象と対に語る。しかし、EU離脱支持者は非大都市に住む中高年層が中心で、コービン支持層とはあまり重ならない。コービンがそうであるように筋金入りの左翼がEUの市場主義を嫌っているというのは確かだが、EU離脱を支持した人たちの多くがこのような発想から行動したとは思えない。確かに離脱派が現状に強い不満を抱いていることは確かだが、何よりも彼らを動かしたのは、やはりポーランドをはじめとするEU圏内の東欧系移民への差別意識ではなかったか。

トランプがまさかの大統領当選を決めた際も、リベラルがアイデンティティ・ポリティクスにかまけて労働者を見捨てたからだとされた。確かにニュー・レイバー同様民主党が市場主義の無原則な肯定に走ったのは事実であるが、ではあの選挙結果はそれへの逆襲であったのだろうか。トランプ支持層の中心を「白人労働者」とするのはいささか短絡的で、職業や収入、学歴だけでは説明がつかない要素も多い。またトランプ支持層のボリュームゾーンは非大都市に住む白人中高年であるという調査があるが、これはイギリスのEU離脱支持層と重なる。

多文化主義を自明のものとして受け入れている若年層と違い、社会の変化についていけなくなった中高年層が「英語のできない奴はイギリス/アメリカから出ていけ」といった感情が噴出したとしたともできるし、労働者階級の苦境を直視せよというジョーンズは、結果的にこのような差別意識の蔓延を直視せずに目を逸らしているだけなのではないかという疑念が生じる。

かねてよりレイシストと批判されながらも擁護に回る人も多かったモリッシーであるが、ここにきてかばいだてするのはもう無理としか言いようのない差別発言を連発するようになってしまった。労働者階級で、さらには両親がアイルランドからの移民であるモリッシーはなぜこうなってしまったのだろうか。一番説得力のあるのが、かつてのバンドメイトであるマイク・ジョイスのこの言葉だ。「誰しも歳を取れば考え方が変わっていくわけでね。実際のところ、彼は30〜40年前のイギリスが懐かしいんだと思うよ」。

モリッシーは貧困に苦しんでいるのか? まともな家に住むことさえできないのか? どちらもそうではない。しかし彼は絵に描いたような白人至上主義的極右発言を繰り返している。モリッシーの発言はジョーンズが言うところの労働者階級の反乱には全くあてはまらない。白人が中心にいるのが自明であった昔のイギリスを懐かしみ、時代の変化を受け入れられないだけなのだろう。

日々の生活の苦境からつい極右に引き寄せられてしまう人がいることも事実であろうが、しかしそれを過度に強調しすぎるのは差別を正当化しかねない危うさがある。戦略として、左翼やリベラルが彼らをレイシストだと罵ったところで益はないというのはその通りだろう。しかしその戦略に溺れてはならないはずだ。極右へと流れて行った人々の心情を分析することは必要だが、過度に同情的になってアポロジストとなってしまえば、差別が蔓延していることから目を逸らすための方便に利用されることにもなりかねない。何よりも、差別される側に立つことをおろそかにすれば、左翼やリベラルの存在価値はもうないとすべきだ。かつての左翼の変質を批判するジョーンズであるが、また自らも別の形の罠にはまるのではないかということにもっと警戒心を持つべきではないだろうか。


と、このように、僕はジョーンズの主張に100パーセント賛同するわけではないが、やはり大いに共感を持って読むことができたし、何よりも2011年に原著初版が刊行された本書はより切実な本となっている。

この切実さは日本においても当てはまる。

イギリスでは、2005年に「企業利益は史上最高を記録」した。にも関わらず労働者の一週間あたりの収入は0・5パーセント減少したのである。CEOは莫大な収入を得て、社会的リソースに恵まれた上層の人々はこの世の春を謳歌していたのに、労働者の収入はといえば下半分をみると横ばい、下三分の一にいたっては「むしろ下がった」のである。

近年イギリスでは大卒でもレジ係になったりコールセンターで働くしかない人たちが増えており、また一度銀行などに就職してもリストラによって職を失うと、やはりこのような仕事以外には見つからないということもしばしばだ。レジ係、コールセンター、介護、警備員、建築作業員、ゴミ回収、清掃、こういった仕事は社会にとって欠かせない。しかしこのような職に就いている人が尊厳をもって生きることは今のイギリスでは難しい。不安定雇用と低賃金に苦しみ、テレビや新聞やネットを見れば、低所得者は「チャヴ」だと嘲笑われるのである。
言うまでもなく、このような現象は日本でも対岸の火事ではない。

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佐藤太郎(仮)

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