『通天閣 新・日本資本主義発達史』

酒井隆史著 『通天閣 新・日本資本主義発達史』




本書は詩人、小野十三郎が1933年、約10年ぶりに東京から大阪へ戻ってくる場面から始まる。
小野は41年に「新世界」という詩を書いている。その詩はこう結ばれている。「云ひ慣れ聞き慣れて/私は長い間君の名まへを忘れてゐた。/新世界!/新しい世界!」。

この節では小野がこの時代の大阪をいかに描いたのかを追い、またこの詩に立ち返る。「この短い詩には、現在にいたるまで新世界に通う者であれば、おそらくだれもが不意に襲われるであろう奇妙な時間の錯誤を書き留めている。あの特異な盛り場である一区画を指す記号として慣れ親しんでいる「新世界」という名称を、意味としてとらえたときに生まれる錯誤の感覚である。新世界とは「新しい世界」だったのだ! いまさらながら」(pp.45-46)。

本書は通天閣を象徴にいただく「ディープサウス」を中心とした大阪の都市史、文化史である。
1903年に行われた第五回内国勧業博覧会のためにスラム街を「クリアランス」するというのは、現在でもオリンピックなどを口実に各国で似たようなことが行われている。資本主義的欲望が都市を暴力を伴いながら拡大させていく。またその影に侠客の「活躍」があり、彼らと「貧民」とがまた深く絡み合った関係であるというのも洋の東西を問わず広く見られることだろう。

しかし「ディープサウス」に代表される大阪では、そこに過剰さや余剰や逸脱などがあるようにも思える。もちろんこのようなこともどこの都市でも起こりうるのだろうが、その濃密さというのはまた特別なものなのかもしれない。エッフェル塔を模した通天閣や、町並みついてはニューヨークにならおうとするルナパークは、やはりその象徴たるものであるのだろう。

その大阪において資本主義への抵抗が盛り上がるというのもまた当然のことなのかもしれない。
第四章の章題は「無政府主義的新世界」。第二節のエピグラフとして「借家人同盟演説会」からのある一節が掲げられている。「労働階級は九割五分、又借家人も九割五分、そしてこの九割五分よ。団結せよ。嗚呼――九割五分よ」。

ここでは大杉栄や荒畑寒村といった有名どころも登場するが、大きく取り上げられるのは小野十三郎とも因縁のある逸見直造である。直造は長町スラムの木賃宿の環境のひどさを目の当たりにして長屋経営を思い立つ。しかしここから「計算外」の事態が数多く発生する。家賃は相場の10銭のところを5銭にしたのだが、それでも住民たちはその家賃を払えない。ならばとアヒルの養殖などの事業を始めるのだが、ここでも住民たちはアヒルの世話をしなかったり、成長する前に自分たちで食べてしまったりとうまくいかない。その他にも失敗を重ねる。では直造がここで匙を投げたのかといえばそうではなかった。

「このように、直造の善意は挫折を重ねるわけである。とはいえ、ここからが興味深い。逸見直造は、だからといってここで入居者である貧民を責めることことをせず、根深い「貧民根性」をあきらめてしまうわけでもなく、むしろみずからの考えを根本的にあらためる契機とするのである。つまり、ここでかれは、このような物質的供与であるような低家賃の家や風呂を与えることは、決して貧民の解放につながらないという結論に導かれるのである」(p.463)。

では直造がどこへ向かったのかといえば、それは「不払いの側に立つ」ということである。直造は「払えないものは払えるようにしようという「改造」の思想」に与せず、「払わぬ人間を払える人間に変えようという思考回路を拒否しているかのよう」である。
同じ時期、同じ地域での慈恵事業では家賃を前払いさせ、かつ貯金を義務づけていたという。「保障は過剰ともみえる改造の強制と引き替えであたえられるのであり、釜ヶ崎のような人間が生存の危機につねにさらされているような場所でこそ保障と規律というそもそも理念も技術もほとんど交わることのない二つの異質な線が回路をむすぶさまがはっきりとみえるわけだ。このような形態をとったいかなる善意もそこには対象への嫌悪と悪意をしのばせている」(pp.464-465)。直造が拒否したのはまさにこのような事態であろう。

息子の吉三はこう書いている。「彼らはその日その日をぎりぎり一杯自由に生きようとしていた。その生き方に介入するのではなく、彼らを疎外しつつしかも介入しようとする政府と市民社会そのものに、自己の問題をおかねばならぬことがおぼろげながらにわかってきた」。

そして直造は借家人たちを組織化し「借家人同盟」を結成し、「悪家主」と対決することになる。
『借家人の戦術』というパンフレットが出版された。ここでは明け渡し要求があっても六ヶ月は居すわってよい、そして六ヶ月が過ぎてもあせることはなく、家主が裁判を起してくるので、判決を受けてそこで処断すればよい、さらに主張があれば上告すればいいという「まっすぐな助言」があるのだが、直造はそれでは満足しない。民法を(強引に)読み込んで「未来永劫居座はれる」ような論理を考えだす。
また家主の承諾がなければ又貸しできないことになっているため、又貸しを受けていた人は有無をいわさずに退去を求められていたが、それにはこう対抗する。「家主から借家人に解約をしに来ても又借りには通じない。この又借りを三人ほどくり返せば二、三年はその家に住むことができる。「尚二三又借りで懲りぬ人面鬼には借家人が結束して三千人位又借りを続くれば優に三千年は同一家屋に居れる訳になる」」(p.484)。

逸見直造という人がどういう扱いをされているのかはよくわからないが、「慈善」への考え方や、やや人を食ったようにも思える抵抗の発想などは今だからこそアクチュアリティがあるように感じられる。
現在日本をはじめ多くの国々で、失業や貧困問題を倫理問題にすり替え、個人を倫理的に「矯正」することによって貧困問題を解決しようというアプローチが行政やその意をくんだメディアによって押し進められている。「払わぬ人間を払える人間に変えようという思考回路を拒否」する直造の思想は、このような社会状況だからこそ見直したい。住居は権利であるという発想は日本では薄いのだが、ここらへんを射程におさめていた人が100年ほど前の日本にもいたということはもっと注目されてもいいだろう。


第二章では阪田三吉、及び阪田がどう受容されていったのかということが戯曲や映画を通して考察されており、第五章の「飛田残月」でも映画が取りげられている。
「前編にみなぎる異様な湿度は、潜在的な力と現実の状態の隔絶によって生まれた倦怠をともなっていた」と評する大島渚監督の『太陽の墓場』などをふまえ、「「ディープサウス」を舞台にした数ある映画のなかでもっとも傑出した作品の一つ」として取り上げられているのが田中登監督の『(秘)色情めす市場』である。僕は未見であるが、サネオが町をさまよい歩き縊死するまでのシークエンスや、絶望と諦め、そして希望と倦怠とが絡み合ったようなトメの世界というのはこの町の空気というものをこれ以上なくとらえたものなのだろう。


『モスクワの冬』

ヴァルター・ベンヤミン著 『モスクワの冬』





とあるホテルで、「「起こす」というモチーフをめぐってシェイクスピアもどきのやりとりが持ち上がった」。起こしてもらえるのかと尋ねると、ボーイはこう答えた。

「私たちがそのことをおぼえていれば起こします。しかし、おぼえていなければ起こしません。実際のところたいていはおぼえています。しかし、そのことを考えていなければ、ときどき忘れてしまうことがあるというのもまた確かです。その場合は起こしません。私たちにその義務はないわけですから。でも思い出すのが間に合えば、起こします。一体何時に起こしてもらいたいのですか。――七時に。それならメモしておきます。いいですね、メモをここにこうしておきます。当番のものが見つけるでしょう。もちろん、見つけないときは起こしません。ですが、まずたいていは起こすでしょう」。

「言うまでもなく、結局起こしてはくれなかった」。
そしてボーイはこう言うのであった。「あなた方は起きていたじゃないですか。それ以上どうすればよかったとおっしゃるのですか」。


ベンヤミンはこのやりとりを「シェイクスピアもどき」としているのだが、メルヴィルの「バートルビー」的、あるいはカフカ的やりとりとも思えるが、それらよりむしろマルクス兄弟的といいたくなってくる。

ベンヤミンはロシア語ができないためこのやりとりはベルンハルト・ライヒとボーイとの間で繰り広げられた。おそらくはロシア語からドイツ語へと直訳調であるせいでこうなっているのだろうが、それ故に滑稽味も増してくる。


1926年12月から翌年1月末までの約2か月間、ベンヤミンはモスクワに滞在した。この時期は訳者あとがきにあるように、ソ連にとってもベンヤミン個人にとっても大きな過渡期であった。レーニンの死、トロツキーの失脚とそれに続くソ連からの追放、つまりスターリンが権力を独占していくちょうどその過程であった。またベンヤミンにとっても、教授資格論文が撤回に追い込まれ、事実上ドイツで大学教授になる道が絶たれ、ジャーナリズムの中で生きていくことを決意せざるをえなくなる。

さらによりパーソナルな事情もあった。ベンヤミンがモスクワを訪れたのは、直接には「大ソヴィエト百科事典」にゲーテの項を執筆することが決まったためであるが、それだけでなく恋愛事情もからんでいた。モスクワでホスト役を務めたのがライヒであるが、既婚者であったベンヤミンはライヒの妻アーシャ・ラツィスに恋をしていた。ライヒとラツィスがドイツ滞在時にベンヤミンは出会っていた。25年にライヒはモスクワへ渡り、ラツィスは出身のラトヴィアのリガに戻るが、政治的に迫害されたためライヒのいるモスクワに向かう。しかし彼女は「強度の神経衰弱」に陥ってしまう。これをベンヤミンに知らせたのはライヒであった。

ベンヤミンはモスクワでは恋焦がれる女性の夫と行動を共にし、その肝心の女性はといえば入院中で、二人きりで会うことはほとんどかなわずに、常にライヒの目を気にしなければならなかったのであった。

このベンヤミンのモスクワ滞在の後の28年には回復したラツィスはベルリンのソ連通商部に勤務することになり、一時ベンヤミンと同棲する。ベンヤミンは29年に離婚訴訟を起こし翌年に離婚が成立。しかしこれと前後してラツィスはモスクワに呼び戻され、以降手紙のやりとりはあったが二人が会うことは二度となかった。
このような前後の事情を知ってこのベンヤミンの日記を読むと、とりわけ最後の部分は痛々しくも切ない恋愛小説のようにも感じられてくる。


もちろんモスクワ行きはこれだけが理由であったのではない。共産主義に惹きつけられるようになっていたベンヤミンにとって、ドイツ共産党に入党するか否かは重要な決断であった。ソ連の実態をこの目で確かめたいという思いもあってのことだった。

「ぼくにとって、ロシアでの生活は、党に属していればあまりにも困難であり、属していなければはるかにチャンスに恵まれない、がしかし、困難であることはほとんどかわりはないのだ」。
こうあるように、基本的にはソ連の実態については幻滅に終わることになる。しかし同時に、ベンヤミンは反動化していったのではない。このソ連体験も決して全否定するものではなかった。

帰国後に「モスクワに関して、このベルリンに帰ってはじめて見えてきたことを書き加えておく」としてこう続けている。

「ベルリンはモスクワから来た人間にとっては死んだ街だ。路上の人びとは見たところ一人一人どうしようもなく孤立しており、誰もが他人とのあいだに大きな距りをもち、長い通りのまんなかにいてもひとりぼっちなのだ。もう少しつけ加えるなら、ツォー駅から電車でグルーネヴァルトへ行ったときに感じたことだが、途中通らざるをえないあたりは、きれいにこすって磨きあげられており、清潔すぎ快適すぎる気がした。都市と人間の肖像については、精神的肖像と同じことがいえる。そしてこの精神的状況をとらえる新しい視覚を得ることこそ、ロシア旅行のもっとも確かな収穫である」。

いかにもベンヤミンらしい視線といえるかもしれない。ベンヤミンはモスクワでは彼らしく演劇や映画を渉猟するのであるが、このあたりを読んでいると、もしベンヤミンがアメリカに渡ることに成功して生き延び、第二次世界大戦後も旺盛に活動していたなら、いったいどんな思想家になったのだろうかと想像せずにはいられない。

なおある劇場でのこと。「うしろの席にはドイツ人がおり、同じ列には二人の娘をつれた日本人の夫婦がいた。娘たちは眩しいほどの黒髪を日本式に結っていた」との記述もある。この時期に家族でモスクワに滞在していた日本人がそうたくさんいたとは思えず、誰だか特定できそうな気もするがどうなのだろう。


ベンヤミンはポップカルチャーを含む文化批評家となったであろうし、もちろんそれは社会的関心と接続されたものとなったであろう。ちょうどこの頃はネップマンが登場するなどソ連内でも貧富の格差が生じ始めていた時期でもあるが、それに関連してこんなことも書いている。

「たしかにだらしのない服装という伝統は揺ぎはじめている。支配層の制服が発端となって、だらしのない服装は生存競争における弱いものの目印となるおそれがみえはじめている」。

階級差が服装に表れるのは当然のことであるが、ある服装が「生存競争における弱いものの目印となるおそれがみえはじめている」といったあたりの分析もさすがであるし、これは今日にも通ずることであり、改めてその慧眼っぷりをうかがうことができる。

MONKEY vol.13

MONKEY vol.13



特集は食をめぐる短編小説とその作品にインスパイアされた料理写真から成る「食の一ダース」。

村田沙耶香の「素晴らしい食卓」はいかにも彼女らしい。
「久美ちゃんは闇の力の使い手だもんね」と、愛される「中二病」、いいではないか。「魔界都市ドゥンディラスって、どくだみが生えてるの?」「うん、けっこう生えてることになってる」って、「設定」って自分で言っちゃってるし。まあ魔界都市ドゥンディラスの食事は遠慮願いたいけれど。「異業種交流会」に出るような「世界を信じて世界に媚びている夫」が一番のサイコなのである。





柴田元幸の「日本翻訳史明治篇 後半」は、「周密訳」により「翻訳王」と呼ばれた森田思軒と「豪傑訳」でなる黒岩涙香、やたらめったらと翻訳をしまくった森鴎外と翻訳に懐疑的であった夏目漱石と、対照的な二組について語られる。

思軒の翻訳論は現在の翻訳理論においてもそのまま通用しそうなものである。しかしその訳文はといえば、漢文という教養を失った現在の日本人が読むのはなんともしんどいものになっている。一方翻訳中に原文を一度も見なかったとまでうそぶいた(実際には結構忠実なので、偽悪的に誇張しているだけであろうが)涙香の訳文は、ある時期以降は現在の日本語にずっと近くなる。早世した思軒も長生きしていればまた違った文体に乗り出したのであろうことを思うと、やはり長生きした者が勝ちということか。

「僕を含め二十一世紀日本の外国文学翻訳者、翻訳の精神を誰よりもまず森田思軒から受け継いでいると思います。にもかかわらず、実践している訳文自体は、精神としては思軒の正反対と言ってもよさそうな黒岩涙香の文章にはるかに近い」という「ねじれた事態」になっている。

「明治の翻訳を読んでいて感じるのは、とにかくいろんな選択肢があったんだなあということです」とあるように、明治のとりわけ前半は短期間でなんとすさまじく書き言葉が変わったことかと思うし、その時代を生きていた人にとっては文体というのはどこまでも切実なものであったのだろう。






鴎外は「とにかく翻訳し続けた」のであるが、何がすごいといって本業もあり暇なわけでもないのに、さして心惹かれてるとも思えない作品まで(なぜか)猛烈に訳していることである。石川淳はむしろその「そうでもない」作品を淡々と訳した翻訳者鴎外を絶賛した。

一方漱石は、『三四郎』や『それから』で、三四郎や代助に翻訳に懐疑的なことを言わせ、自身でも結局訳書は一冊も出さなかった。では英語に堪能でも翻訳が苦手であったのかといえばそうではない。『文学評論』では引用を翻訳しているが、「これが実に巧い」。「あの翻訳の腕前があれば、見事なスウィフト訳ができたと思うんですが……」と考えるとなんとも惜しい。漱石がなぜ翻訳にそこまで懐疑的であったのかについては、決定的なものはなく推測に頼るしかないようだ。





ボブ・ディランのノーベル賞受賞講演も対訳で、柴田訳で収録されている。
バディ・ホリーなど音楽的原点から始まり、中学時代に授業で読んだという『白鯨』、『西部戦線異状なし』、『オデュッセイア』について語られているのだが、『白鯨』については言及内容に間違いが多く、「ディランは本当に読んだのか」と取り沙汰されることになる。原稿を書く前に読み直したり、「専門家などにチェックを頼まないのもディランらしい」のであるが、一方で「ディランらしさ」の演出として本当は読み返したのにわざとやっているような気もしなくもない。

「もし歌が人の心を動かすなら、それが唯一大切なことなのです。歌にどんな意味があるか、私にわかっている必要はありません。私もいろんなことを歌の中に書き込んできました。それがみんなどういう意味なのか、気に病むつもりはありません」。

「歌とはそういうものです。私たちの歌は生者の国に生きているのです。けれど歌は文学とは違います。歌は歌われるものであって、読まれるものではありません。シェークスピアの戯曲の言葉は、舞台で演じられるために書かれました。歌の歌詞も、紙の上で読まれるためではなくうわとぁれるために書かれたのです。みなさんにも、聴かれるために書かれた歌詞を、その意図どおりに聴いてもらえればと思います」。

ノーベル賞受賞講演でこう言うあたりもディランらしいが、これもどこまで真に受けていいのやらとも思ってしまう。もっとも、シェークスピアの翻訳は紙の上で文字として読まれるためではなく上演を前提にしてやるべきだというのには多くの人が賛同するであろうし、そう考えるとこれはやはりディランの本音と受け取っておくべきか。

『第三帝国』

ロベルト・ボラーニョ著 『第三帝国』




恋人のインゲボルグを伴って、ドイツ人のウドはかつて家族とともによく訪れていたカタルーニャはコスタ・ブラバのリゾートホテルを十年ぶりに訪れた。憧れをもって見とれていたオーナー夫人のフラウ・エルゼはかつてと変わらない美しさを保っていたが、ウドのことは記憶にとどめてはいなかった。

ウドとインゲボルグは同じくドイツ人旅行者のチャーリーとハンナのカップルや、地元民の<狼>、<子羊>、そして激しい火傷の痕が痛々しい<火傷>らと出会う。ウドはフラウ・エルゼにちょっかいを出し、彼女の夫が病にふせっていることを知る。刹那的な破滅願望にとりつかれているかのようなチャーリーは次々とトラブルを引き起こし、ついには海へ出たまま行方不明となる。ハンナはさっさとドイツに帰ってしまい、インゲボルグも予定通り帰国するが、ウドはチャーリーが発見されるまでここに残ると言い出す。

ウドは純粋に休暇で訪れていたのではなかった。彼はゲームの評論家でその締め切りに追われており、ウド自身もあるウォー・ゲームのチャンピオンであった。そのゲームのタイトルは、第二次世界大戦を舞台にした「第三帝国」。ウドは<火傷>とこの「第三帝国」の対戦を始める。当初は勝負にならないほど力の差は歴然としていたが、<火傷>は粘り強く勉強を重ね、次第にウドを追い詰めていく。ウドは<火傷>にアドバイスを与える謎の人物の影を見て、様々な疑念にかられる。チャーリーの亡霊? まさか。フラウ・エリゼの、病にふせっているはずの夫だろうか。その可能性はある。こうしてウドは徐々に精神のバランスを崩していく……


夏の終わりかけの気怠さが漂う中で、観光客たちが地元民と交わりつつ無為にダラダラと時を過ごす前半はどこかヘミングウェイの『日はまた昇る』あたりを連想させる。しかし次第にその雰囲気は、気怠さから不穏なものとなっていく。ウドはゲームのチャンピオンであるが、ドイツ人が「第三帝国」なるゲームで、第二次世界大戦でドイツを勝利させようとするというのは、いくらゲームとはいえあまりにグロテスクである。ウドは「あなたナチなの?」と問われると、自分はむしろ反ナチだと答えるのだが、ウドにとってナチス時代は遠い過去のもので、自分とは最早関係のないものに思えているだろう。作品の舞台となっているのは、おそらくは80年代のスペイン。つまりフランコ独裁体制の終焉からまだそれほど時は流れていない。フランコがヒトラーの支援によってスペイン内戦で勝利を収めたことを思えば、そして政権掌握後にカタルーニャ地方を激しく弾圧したことを合わせると、ウドの振る舞いは無神経極まりないが、彼はそのような歴史に思いをめぐらすことはない。

異形の<火傷>は、そのウドを揺さぶるストレンジャーである。パゾリーニの『テオレマ』のように、「異人」とは安定しているかのような状況に闖入し、その内実を顕わにしていく存在だ。彼はスペイン人ではなく南米出身のようだ。そしてその火傷は「名誉の負傷」だとされている。このことから、彼が南米の独裁政権下で拷問を受けた経験を持つ政治難民であったのではないかと推測せずにはいられない。南米はナチの残党を多く迎え入れた。メンゲレやアイヒマンのように密やかに「普通」の暮らしを手に入れたナチの残党がいたと同時に、摘発や拷問などの技術を提供することで情報機関等に雇われ、公然と暮らした人間も多い。明示されないが、<火傷>はナチの残党によって拷問され、火傷を負った可能性がほのめかされる。

<火傷>は「第三帝国」をただのゲームとは見なしていないようだ。彼は絶対にナチを倒すのだという不屈の意志を抱いているかのようである。たかがゲームだろ、とウドは思うが、もし負けたらどうなるのだろうか。<火傷>の逆襲は、ゲームの勝利だけに終わらないのかもしれない。

ウドとフラウ・エルゼはこんな会話を交わす。

「あなたは何者なの?ただのウォー・ゲームのプレイヤー?」
「もちろん違う。僕は若くて楽しみを求めている……健全な仕方でね。それにドイツ人だ」
「ドイツ人って何?」
「正確にはわからない。言うまでもなく、少しばかり難しいんだ。僕たちは少しずつそのことを忘れてきたんだ」
「わたしも忘れた?」
「皆だよ。あなたはまだ少し忘れていないことがあるかも」
「だとすれば喜んでいいんでしょうね、たぶん」



本作は89年に手書きで書かれた。その後タイプされ、ボラーニョは引き続き手を入れていたようだが、結局生前は発表されることなく、遺稿の中から発見されて没後に出版された。前半部はしっかり完成している雰囲気であるが、中盤あたりから本来はもっと書き込みたかったのではないかと思わせるような箇所が増えていく。後半は断章風になっていくが、あえてこのような形にしたのか、とりあえずラフなスケッチを書いておいて後に加筆するつもりだったのかはわからない。ボラーニョはこの作品を完成したものとは見なしていなかったのかもしれないし、とりわけ中盤から後半にかけてはそのように見なされかねない。しかしまた、ただの未完成な草稿であって、研究者やコアなファンが資料的関心しか抱けないような作品なのかといえば、そうではない。後半はどこかカフカの『審判』や『城』的作品の雰囲気を感じてしまったが、それは未完成作品の没後出版という先入観がそうさせるのかもしれない。しかしカフカの長編が未完成であっても(あるいはそうであるがゆえに)深みのある魅力をたたえているように、この作品もまた魅力的なものとなっている。

ボラーニョが繰り返しナチにこだわりを持つのは、彼自身がチリでピノチェト政権で迫害された経験を持つからであることは想像に難くない。象徴的物語でありながら、極めて切実な経験から生み出された作品であり、またボラーニョはそのような小説を紡ぎ続けた作家である。この『第三帝国』は、小説家として世に出る以前にボラーニョがすでにそのような姿勢を固めていたこともわかる、ボラーニョらしい作品になっている。

『戦う姫、働く少女』その2

河野真太郎著 『戦う姫、働く少女』





その1の続き。


本書でもう一つのキーになるのが「承認と再分配のジレンマ」である。

本書では映画、漫画、ドラマ作品が数多くの作品が取り上げられているが、強調しておきたいのは、作品や作者を「これは新自由主義だから駄目だ」「これはポストフェミニズムを表している」といったように正誤の価値判断を示して切り捨てているのではないということだ。

『魔女の宅急便』は新自由主義的な感情労働の支配を(肯定的に)描いたように見えるが、そこには昔ながらの寡黙なパン職人であるかのようなおソノの夫の姿もある。また『千と千尋の神隠し』においては千は名前を奪われ強制的に働かされることになる。高畑の『おもひでぽろぽろ』は宮崎の『となりのトトロ』を批判したものだとされる。田舎をロマンティサイズしていた主人公は、田舎が「自然」なものではなく人が作り上げたものであることに気づかされ、結婚していざそこに住むということを考えるとたじろぐのである。高畑の『かぐや姫の物語』も、本書で多様な分析が行われている。このように一つの作品内部の中での揺れは当然あるし、複数の、思いがけない作品を対照することで時代の流れが浮かび上がることにもなる。

『おおかみこどもの雨と雪』は公開当初からいくつかの理由で違和感、さらには嫌悪感をもって語られることが多かった作品だ。一つには高畑が『トトロ』を否定的にとらえたように、「田舎」をいたずらにロマンティサイズしているというものであり、またこの作品が「貧困の再生産という再分配の問題を、人種的差異の乗り越えという承認の問題に置き換えて解決していること」も議論を呼んだ。そしてこの両者にはつながりがある。

貧困の再生産の問題が後景に退き、「私が私であること」を肯定できることによって一応のハッピーエンドを迎えたかような結末は、「文化的承認が再分配における不公正を隠蔽」しているかのようだ。
「『おおかみこども』における田舎という場は、福祉を提供する国家や、教育を提供する大学制度の否定の場なのである。その意味で、田舎の共同体を肯定的に表象することは、逆説的にも新自由主義的な現在の追認になっているのだ。そして重要なのは、そのような田舎を背景にしてこそ、貧困の反復が文化的なアイデンティティ選択によって覆い隠されることだ」。

しかし著者は同時にこう問いかける。「それがこの作品のすべてなのか」。「『おおかみこども』という作品の新自由主義的な側面、多文化主義にイデオロギーににこめられた願望を、すべて虚妄として退けてよいのか」。

ここで願望される「田舎」とは、「そもそもそこから逃走する必要のない都会」であるのかもしれない。「そこから逃走する必要のない都会=社会とは、無縁であることが社会的排除をもたらさないような、究極的な包摂社会である」。
「『おおかみこども』が願望する無縁社会は、ホールデンのライ麦畑の現代版であった。それは個人が徹底的に個人化されつつ、だがそれが排除を伴わない社会だという意味で、究極の新自由主義であり、なおかつ究極の福祉国家である」。著者はこれを「ベーシック・インカムの基本理念に近い」としている。「かくして、花の最後の叫び、雨に対して呼びかける「しっかり生きていきなさい」という叫びは、新自由主義的な叫びであるのとまったく同時に、雨が母の庇護なくとも――つまり無縁であっても――無事に生きていけるような社会への呼びかけでもある」。
もちろんこの願望は「危険な願望」であり、『ライ麦畑でつかまえて』において、子どもたちが崖から落ちないようにキャッチャーになりたいと語ったホールデンが精神の危機を迎えるように、「ユートピ思想」であるのかもしれない。


上記に引用したように、『おおかみこども』において、福祉を提供しようとすることが花にとってあたかも敵対行為であるかのように描かれている。田舎暮らしを決意した花は、元大学生らしく本で農業知識を得ようとするがこれはうまくいかない。しかし、おそらくは学歴はないと思われる、当初は不親切に見えた隣人の助言によって花は救われることになる。

「民間では」云々という言葉と並んで橋下徹が好むのが、自身の敵対者を「自称インテリ」とすることだ(「私はインテリだが……」なんて自称する人はまずいないであろうことを考えるとこの言葉は極めて珍妙なのであるが)。橋下に限らず「実学」志向の名のもとに、教育への介入、攻撃は新自由主義の常套手段であり、安倍政権においてもそれは顕著である。同時に、とりわけ大学への介入と締め付けの強化という流れは安倍政権発足前から始まっており、安倍の個人的資質もそれを強化しているが、それだけの問題ではなく、やはり新自由主義のイデオロギー的がそれだけ浸透しきっていることの表れと見るべきだろう。

「ハリー・ポッター」シリーズもまた、このような新自由主義的な面を秘めている。「『ハリー・ポッター』は学園ものの体裁を取りながら、基本的な構図として学校と官僚(つまり魔法庁)の腐敗を描き、学校で学んだ知識が実践では役に立たないことを執拗に強調する。それは福祉国家的な制度を否定し、その外側での登場人物たちの創意工夫を称揚するのだ」。

「ハリーは物語の初期設定において、孤児であり[……]虐待同然のひどい扱いを受けてる」。19世紀のビルドゥングスロマンであれば、「その後に主人公の身に起こるのはそこからの階級上昇、または隠された遺産の発覚による「本来の階級の回復」である」。ポスト・ビルドゥングスロマンである『ハリー・ポッター』では、ハリーの階級は上昇するのではない。「そうではなく、ハリーが経験するのは本来のアイデンティティの探求とそれへの目覚めである」。しかもハリーは、「純血」ではなく「混血」であるという、多文化主義的設定となっている。

カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』もまた、クローンたちが革命を起こすことなくアイデンティティの探求へと向かい、かつ「人種的差異を絶対的なものとして保存することによって、人種的アイデンティティの探求が意味をなさないことをも暴露している」という点において、「多文化主義的ポスト・ビルドゥングスロマンの限界を指し示している」。


この議論で注意すべきは、「承認か再配分か」ではなく、「承認と再配分のジレンマ」であることだ。

『ナウシカ』は宮崎をはじめとする左翼の「赤から緑」への転向を告げる作品であるともされる(宮崎自身が「転向」を表明するのは冷戦崩壊後であるが、それを先取りしたものである)。『ナウシカ』の荒廃した世界は人間が「技術」によって「自然」を支配しようとする驕りの帰結であり、社会主義的な「計画」の破綻の結果ともとれる(漫画版では話は極めて複雑なものとなっており、アニメ版と漫画版を同じ作品として論じていいものかは意見が分かれるだろう)。新自由主義は市場をも「自然」と見なす。自然に手を付け「管理」しようとするのではなく、自然は厳しくとも自然のままであるべきだというのは、市場によって生じる格差は「自然」なものであり、それを「計画」によって「管理」しようとしても破綻するだけだという発想ともつながりかねないのである(少なくとも新自由主義の側ではそのように理解することができるのである)。

宮崎が政治勢力としての新自由主義と親和的かといえば、むしろそれを唾棄していることだろう。『ハリー・ポッター』の著者のJ・K・ローリングは、かつて生活保護を受給していたことがあり、新自由主義者扱いされれば卒倒することだろう。つまり、宮崎やローリング個人が新自由主義者か否かが問われているのではない。

「腐敗した官僚組織と闘う」、「子どもを個人として尊重しない管理教育と闘う」と聞けば、ほとんどの人がこれを肯定的な物語だと受け取ることだろう。「私が私であることが認められる」ことは否定するべきなのだろうか? そうではなく、むしろ素晴らしいことである。しかしこれらはまた、社会を解体し階級を不可視化して問題をすべて個人化する新自由主義へと回収されてしまう危うさもまた秘められているのである。

自由主義なくして新自由主義は生まれなかったし、第二波フェミニズムなくしてポストフェミニズムもない。新自由主義は自由主義の鬼子としていいだろう。ではそれを受けて登場したポストフェミニズムも第二波フェミニズムの鬼子のようにも見えるが、またそれだけで片づけることもできない。


「おわりに」で、本書の執筆のきっかけとなったのが『アナと雪の女王』であったことに触れられている。『アナと雪の女王』は「革命的である」。「なぜなら、この映画は「ディズニーのプリンセスものの文法を否定するからだ」。30年ほど前から始まっていたディズニー作品の変化を象徴する作品なのである。ゆえにまた、『アナ雪』の革命と新自由主義とのあいだの差異と同一性を考えない限りは、この作品の評価は完成しないのではないか」。

この結末において、エルサとアナは、「「愛」による連帯の、共同体のユートピア的ビジョンを示」している。
では、「その共同体を生産する労働はどこに行ったのか? じつのところ、最後のスケートリンクの場面に、その労働は確かに表象されている。エルサが魔法で生み出し、みなが遊ぶあのスケートリンクは何かを想起させないだろうか。そう、あの場面に表象されるのは究極の情動労働、つまりグローバル企業たるディズニーリゾートの「キャスト」(従業員のこと!)の労働である。それは「ゲスト」に対して無限の歓待を提供する、究極の愛の労働だ(よく知られているように、その労働のほとんどは流動的なアルバイトと派遣社員によって担われている)」。

まるで隘路にはまり込んだかのようであるが、ここから抜け出すことはできないのだろうか。

最終章で論じられるのが『メイド・イン・ダゲナム』である(日本未公開だが、『ファクトリー・ウーマン』という邦題でネット配信で見ることができる)。1968年に「フォード自動車のイギリス・ダゲナム工場で実際に起きた女性ミシン工たちによるストライキに材を取った映画である」。

ここでは、頑迷な経営陣と共に腐敗した組合も描かれており、その点では組合を既得権益者の集まりで自由を阻害するものだとして否定する新自由主義に回収かれかねない面もある。
しかしまた、こういった面も描かれている。労働者たちのリーダーであったリタは、工場の問題だけでなく息子が通う学校の体罰問題にも取り組む。それを通じて知り合ったリサは、自分が工場長の妻であることをリタに告げる。リタはとまどうが、リサはストライキへの励ましの言葉をかけて、これに勇気を得たリタは組合の総会に行き、そのスピーチによって組合の支持を受けて、雇用大臣との面会が実現する。その結果フォードは「女性労働者に男性の九割以上の給料を出すと約束」し、70年の「男女同一賃金法に結実する」。

リタを演じるサリー・ホーキンスは、『逃げ恥じ』に見られたような「オルタナティブな主婦像に対して、どこまでも冷笑的」な作品であるウディ・アレンの『ブルージャスミン』で、セレブ妻(から転落する)ジャスミンの妹、ジンジャー役でもある。この姉妹は「勝ち組ポストフェミニスト(ジャスミン)と負け組ポストフェミニスト(ジンジャー)」という組み合わせであり、『ブルージャスミン』は「典型的なポストフェミニズム状況を描きつつも、それをポスト・リーマン・ショックの文脈で再検討する映画」になっている。

そしてリタを演じるのは、『ゴーン・ガール』のエイミー役を務めることになるロザムンド・パイクである。『ゴーン・ガール』もポスト・リーマン・ショックを背景に、ライターとしての仕事を失ったことで都市部での生活を捨てざるをえなくなり、夫によって田舎の主婦にさせられながら、エイミーは浮気夫への復讐を図る物語である。

「ここには偶然の一致以上のものを感じないではいられない」。

『メイド・イン・ダゲナム』において、リサは専業主婦であり、「世界有数の名門大学を優等で卒業」しながら、「夫はわたしをバカ扱い」するという鬱屈を抱えている。
「リタとリサは、それぞれのかたちで主婦化されている。リサは文字通りの主婦となることによって。そしてリタは、非熟練労働のカテゴリーに入れられて賃金を抑制されることによって。二人の連帯はこの二つの水準の主婦化が、資本蓄積への貢献という意味では同じ水準にあることをあきらかにするのだ。/だが、この二人の連帯はじつはかなり複雑な構造を持っており、その複雑さこそが二人の連帯のかなめなのである」。

ナンシー・フレイザーは、「現在のフェミニズムの問題の本質を承認と再分配のジレンマに見出している。フレイザーによれば、九〇年代以降のフェミニズムの政治は、アイデンティティの問題に偏ってしまい、社会経済的な格差の問題、つまり再分配の問題が問われなくなってしまった。この承認への偏りもポストフェミニズムの一側面だと言えるだろう。リタたちによる要求は、社会主義的フェミニズム的な要求であるにも関わらず、[『メイド・イン・ダゲナム』では]文化的承認の要求として表象される」。

90年代以降であれば、「リタはアンダークラスの貧困女性(ジンジャー)となり、リサはガラスの天井を打ち破って新自由主義的な労働市場を力強く生き抜くキャリア女性(エイミー)になったことだろう」。
作品の舞台となる60年代の時点では二人の立場は逆であり、「それゆえにこそ連帯が可能であった。そのような連帯の可能性は、現在は決定的に失われてしまったことを、この二人の連帯はむしろ痛感させる」。

では隘路にはまり込んだまま、行き場はないのであろうか。
「現代の資本主義は、女性の労働力を賃金がよく安定したフォーマル・セクターから追放し、低賃金または無償の不安定労働に押しやることで利潤を蓄積している」。「それによって生み出されるアンダークラスの貧困女性の存在を、ガラスの天井を突き破って働く勝ち組の女性像が覆い隠している。この分断統治が現在の資本主義の本源的蓄積にとって重要な戦略であるならば、逆に、この分断を乗り越えることこそが現在の資本主義のもっとも弱い鎖を撃つことになる」。

「それと関連して決定的に重要な」点がある。「リタは第二波フェミニストになるのと同時に、そしてそれと同時にポストフェミニストにもなるということである。リサによる福祉国家=福祉資本主義=核家族主義の批判は、時代が下がれば個人的な学歴とスキルによるそこからの離脱というポストフェミニズム的な革命に結実するだろう」。

「承認か再分配か」ではなく「承認と再分配」、それにはジレンマが伴うだろう。過去にその道が分かれてしまったかのように映るように、やはり連帯は不可能なのであろうか。
「連帯とは、他者の願望を自分の願望として受けとめることである」。リサの願いをリタは受け取った。それが可能であった時代があった。
「未来の種子は過去のうちにある。たとえそれがありえたかもしれない過去であろうとも、それが勃興的な未来の種子になりうるのなら、それは実効的な経験としての過去になり得る」。

「連帯の可能性が、現在は決定的に失われてしまったことを、この二人の連帯はむしろ痛感させられる。しかしそれを痛感させられるからこそ、二人のありえたかもしれない連帯は、ポストフェミニズムとポスト・リーマン・ショックの現在に独り苦しむエイミーたち、ジンジャーたち、ジャスミンたち」、そして「アナたちやエルサたち」に、「一束の花束のように差し出されている」のかもしれない。




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佐藤太郎(仮)

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