『イエスの幼子時代』

J・M・クッツェー著 『イエスの幼子時代』




シモンは苦労して覚えたスペイン語で「わたしたちは先ほど着いたところです」と言った。「働き口と、それから住むところを探しています(……)子ども連れです」
「お孫さんですか?」
「いや、孫でも息子でもありませんが、私が面倒を見ています」

シモンとダビードというスペイン語の名を、二人はベルスターでもらっていた。5歳ほどのダビードは、一人で乗っていた船で持っていた手紙をなくしてしまっていた。シモンは母親を見つけると約束し、この子を連れてきたのだった。こうして新天地で擬似親子の新しい生活が始まるのだが、その船出はというと、割り当てられた部屋の鍵が見当たらず、管理人のセニョーラ・ヴァイスとはいつまでたっても出会うことができないという多難なものであった。


タイトルからして、新約聖書で語られるイエスの物語の前日譚を予想するだろうし、この作品をそうするのが間違いだとは言えない。ダビードが奇術師になりたいと言い出すのは、イエスが起こすことになる奇跡を予告するかのようであり、その他にも新約聖書で起こる出来事をふまえたエピソードが数多くある。またダビードという名前からして、当然ダビデが響くこととなり、ゲームの中でとはいえ王として振る舞うダビードの姿はダビデ王と重ねられてもいる。このように、ひとまずはタイトル通り聖書的世界の語り直しとすることはできる。

「代父」となるシモンは天使というにはあまりに人間臭く、彼はイエスの「父」であるヨセフに重ねられているのだろう。そして処女とおぼしきイネスを母として見出すというのは(この点ではシモンは天使的なのかもしれないが)、もちろん処女懐胎を表している。

とはいえ、この作品は聖書を語り直した作品だという観点でのみ論じられるべきではないだろう。ジョイスの『ユリシーズ』は『オデュッセイア』を下敷きにしたものだが、ナボコフが警鐘を鳴らすように、『ユリシーズ』を『オデュッセイア』との対照関係にのみ焦点を当てて語ることはなんとももったいない。『イエスの幼子時代』も聖書を下敷きにしつつ、様々な文学的隠喩に富んだ作品となっている。

鴻巣友季子による「訳者あとがき」でも触れられているように、そもそも語りのレベルからして奇妙な設定となっている。クッツェーはこの小説を英語で書いているのだが、作中人物はスペイン語を話しているということになっており、ダビードとシモンが耳にしたドイツ語を英語だと勘違いするという場面まである。ではこれはスペイン、あるいはスペイン語が公用語となっている国を舞台にしているのかというと、現実の国や社会というよりも抽象化された、架空の社会となっている。ではなぜスペイン語なのかというと、その答えは示されない。登場時からシモンとダビードは難民であるかのように描かれているが、2013年に発表されたこの作品が近年の世界情勢を反映した、直接的なメッセージを込めた作品なのかというと、いささかためらわれる。このように一筋縄ではいかない、いくつもの仕掛けがほどこされた作品となっている。


冒頭で、いつまでたってもヴァイスと出会えず翻弄されていくというのは『城』をはじめとするカフカの作品を連想せずにはいられないが、作品全体を覆うのは重苦しさというよりも滑稽さである。

シモンらが当初出会うのは、善良であることには間違いないのだろうが、生気を欠いた人々だ(ジョイス・キャロル・オーツは書評で「慈善的ゾンビ」と表したそうだが、秀逸な表現だ)。「人はパンのみに生きるのではない」とはまさに聖書の言葉であるが、ここで人々は文字通りにパンのみで生きている。シモンは食事を味気ないと思うし、ダビードの健康にも良くないのではないかと懸念する。

シモンは荷役の仕事にありつくが、非効率が支配しているようで苛立つ。しかしそもそもが、この仕事は不可欠な作業というよりも、多くの人に仕事を与えるためにあえて行われているようでもある。物質的には苦労しないのであるが、生きがいがない。不足はないが正体不明の存在に徹底的に管理されているというディストピアを描いたものともとれるが、やはりここでも恐怖よりもおかしさが漂うことになる。この閉塞を打ち破るべき存在にも思えるシモンであるが、彼は女性を見ると性的に興奮できるかどうかばかりを考え、しかもセックスをしたいということを女性との距離をつめる前に口にしてしまうような男である。性欲を処理する施設も用意されているのであるが、ここでもカフカ的まちぼうけをくらい、シモンからは小市民的悲しみとでもいったものが漂ってくる。


聖書と並んで特権的な位置にあるのが『ドン・キホーテ』だ。ダビードに読み書きを覚えさせようとして、シモンは図書館で『ドン・キホーテ』を借りてくる。ダビードは物語に夢中になっているようでいて、読み書きを覚えるのを拒否して、挿絵に頼って勝手に物語を作っているようでもある。

ダビードはこう言う。「ドン・キホーテとサンチョの冒険じゃないよ、これ。ドン・キホーテの冒険だよ」。ダビードはサンチョの視点ではなく、ドン・キホーテの視点でこの物語を理解しようとする。したがってダビードにも、風車が巨人に思えてしまう。

これは『イエスの幼子時代』がいかなるものかを暗示しているようでもある。普通読者は無条件にサンチョの視点を持つのであるが、一度ドン・キホーテの視点を内面化すれば、その世界の見え方はそれとは決定的に異なるものとなる。それは滑稽であるばかりか、わざとひねくれてへそを曲げているのではないかという印象すら与えることにもなる。見たままの世界をそのまま受け入れているとも、わざとそのような振る舞いをしているとも、どちらにも思えてしまう。

ダビードは聡明な子でありながら(覚えたてのチェスで大人を負かすほどだ)、読み書きや算数が苦手で、学校ではトラブルメーカーとなってしまう。苦手というより、受け容れ難いとしたほうがいいだろう。算数の問題におけるお約束事が飲み込めずに、何か深遠な哲学的問いであるかのように受け止め、フリーズしてしまう。このようなお約束が飲み込めないダビードの姿と(現代の読者ならアスペルガー症候群などを想起せずにはいられないだろう)、それに対処しようとする学校や行政と「親」であるシモンやイネスが対立していくくだりは、精神医学や児童心理学といったものへのクッツェーのシニカルな視線があるようにも感じられる。このように現在の社会を切り取った寓話的作品として間違いはないのだが、またそれだけではこの作品の魅力を取り逃がしてしまうだろう。

前半部分でのダビードの姿は『ナイン・ストーリーズ』に収録されているサリンジャーの「テディ」を思わせなくもない。テディはシーモアの原型であり、明らかに仏陀を意識して造型されている。しかしテディに潜む、人間を超えたかのような存在であることによる苦悩はダビードにはない。年齢不相応なほど聞き分けの良かったダビードは赤ちゃん帰りをしていくようでもある。サリンジャーはテディ/シーモアをやがて文字通りに聖人としていき、そして作家として行き詰ってしまう。クッツェーはしかつめらしく聖書の語り直しに挑むのではなく、むしろ軽やかに、シニカルに、本歌取りを行っているかのようだ。サリンジャー的というよりはフィリップ・ロス的なようでもあるこの感覚は何かに似ていると思ったのだが、小島信夫の「馬」あたりの、あの奇妙な肌触りが一番近いかもしれない。


切実さ、シリアスな問題意識というのも当然見え隠れしているが、クッツェーの近年の作品らしい奔放なユーモアこそが、何よりも魅力になっている。なんといってもダビードは可愛らしいし、その可愛いダビードがああなっていくというのも、子育てにつきまとうものかもしれない。そういった点では、癖のある物語でありつつも普遍的なものともなっている。

「聖人伝」を書いてしまったがゆえに行き詰ったサリンジャーと違い、クッツェーはますます意気軒昂で、本作の続編『イエスの学校時代』も待っているという。



『アップルパイ神話の時代  アメリカのモダンな主婦の誕生』

原克著 『アップルパイ神話の時代  アメリカのモダンな主婦の誕生』






「お袋の味」といえば何が思い浮かぶだろうか。日本では「肉じゃが」と答える人は今でも多いかもしれない。しかし、(真偽のほどはともかくとして)明治時代に海軍でビーフシチューの代用品として生み出されたと広く信じられている肉じゃが(つまり「女性ならでは」でもなければ「家庭的」でも「伝統的」でもないということになる)が「お袋の味」の代表格とされるのは、考えてみれば妙な話である。肉じゃがはとりわけ男性が好む家庭料理の代表格とされるのであるが、はたして本当にそうなのであろうか。実際に好む人(とりわけ男性)が多い結果「お袋の味」として肉じゃがが浮かぶというよりも、「肉じゃがは男性が好む家庭料理」という刷り込みがあってのことなのではないだろうか。そもそもが「お袋の味」なる概念ものそのものが、神話であるとしたほうがいいだろう。

ではアメリカ合衆国にはこのような神話はあるのだろうか。本書は1920年代から30年代を中心に20世紀前半のアメリカの家庭雑誌を追うことで、この神話の形成過程を解き明かしていく(なお肉じゃが云々は僕の頭に勝手に浮かんだもので本書では日本の事例は取り上げられていないのであしからず)。


1920年代あたりから、アメリカの白人中流階級の家庭(しばしば「普通」の家庭としてメディア等でモデルケース化される世帯だ)の有様に変化が生じてきた。ある調査によると、白人中流以上の家庭では1919年から29年の間に平均4、5個の電気製品を購入し、96パーセントの家庭がそれまで雇っていた家政婦や召使を解雇したという。電気製品の普及により家事が楽になったために解雇したのではなく、多くの場合「経済的あるいは社会的変動という外部要因」がその理由であった。20年代にはヨーロッパからの移民も制限されるようになり家政婦や召使の確保が難しくなり、その分給料も上がりそれが負担できなくなっていった(これ以前に、アメリカの白人女性は家政婦から工場での未熟練労働者、ウェイトレスや百貨店の売り子などに職場を移すようになっており、その代わりにアフリカン・アメリカンの女性が家政婦として北部でも雇われることが多くなっていた)。そこに大恐慌がやってきて、経済的理由からさらに家政婦等を雇える家庭は減っていった。

こうして「女主人(ホステス)」はこれまで家政婦などがやっていた家事労働を「代行」しなくてはならなくなった。しかし家事が「たんに「煩わしいもの」であり続けては、家事を継続的にこなしていくことは社会心理的にも困難」であった。こうして「料理は愛情」、「家事は愛情表現である」という神話が生みだされることになる。愛する家族のために家事をしっかりこなすことこそが「女の喜び」とされるようになったのだ。

女性は家事労働をうまくこなすことが必須の能力であるという、「二〇世紀前半の米国、「モダンな主婦」という神話が仕掛けられ」ることになる。「そのもっとも完成された姿が、「完璧なアップルパイを焼く主婦」であり、この神話の中核をなすものが「お袋の味」だった」。

「モダンな主婦とは二つの柱でできている。ひとつは「できる女」であり、もうひとつは「かわいい女」である。台所の電気製品をなんなく使いこなし、家事を合理的に遂行する「できる女」。夫や子供に無償の愛をそそぎ、彼らのことをわがことのように気づかう「愛すべき女」、すなわち「かわいい女」。どちらが欠けてもいけない。これらふたつの顔を双方とも、ひとりの女性が矛盾なく身につけたとき、彼女ははじめて「モダンな主婦」と呼ばれることを許されるのである」。

女性が今日イメージされるような「主婦」となって家事を切り盛りするというのは、当時のアメリカの核家族化した白人中流階級にとって現実的な要請であったとともに、想像がつくように、企業にとって新たなビジネスチャンスの拡大の機会でもあった。

コンパクトで使い勝手のいい機器は家事労働の負担を軽減するものであると同時に、最新鋭の機器をそろえることはステータスにもなり、それを(愛する家族のために)てきぱきと使いこなす女性こそが鑑であるとされることもその売り上げを伸ばすのに貢献する。雑誌等のメディア、そしてそこへの広告を使ってイメージ戦略を展開していくようになる。


これは料理という分野に顕著に出てくることとなる。1931年の雑誌に、栄養学的に朝食の重要性を説き、栄養価の高い最適な朝食はオートミールであるという広告が載った。現在の日本さながらに「食育」の重要性を訴えるばかりでなく、「もちんろん、ご自分のお子さんに良い朝食をわざと出さないお母さんなどいませんよね」と、「栄養に配慮することを、あたかも母親の「本然」ででもあるかのように無前提に断定してみせる」。

味についても同じような広告戦略がとられる。母親というのは手間暇かけた愛情あふれる料理を夫や子どもに出すのが当然であるというイメージが作られた。そして美味な料理を簡単に作りたいのならわが社の製品を、ということになる。愛情あふれる母親は「手作り」のケーキやクッキーを焼かねばならない。しかしみんながみんなその能力を持っているのではない。そこで水や牛乳を混ぜるだけでできる調合済みの粉などが売り出されるが、ここで脅迫的ともいえるイメージ戦略がとられる。広告には、うまくケーキなどが焼けないことを涙を流して悔しがり、不安にかられる女性の写真がよく使われた。

今の日本で個人的に嫌だなあと思うのが「胃袋をつかむ」という表現だ。恋人が欲しければ、結婚したければ、夫に浮気されたくなければ、女性は料理の腕をあげねばならないというのがなんとも気持ち悪いし、こういったことを平気で言う人は料理を作るのは当然女性であるというのを無意識に前提条件としているのだろう。

「胃袋をつかむ」というこの発想、これはすでに1930年代のアメリカの雑誌広告に見られるのである。ジャックとペグは結婚一年目の新婚カップルだ。しかしジャックは早くも土曜日には男友だちと夕食を外で済ませるようになってしまう。姉のヘレンがやってくると、ペグはすべてを打ち明ける。するとヘレンは「夫を失う確かな方法、それは不味い料理を出すことなのよ」と忠告をする。ペグは「ジャックの好物を作り……彼のお母さまのレシピ通りに、お気に入りのジンジャーブレッドを作ろうと計画」する。それを実行に移すと、ジャックは舌鼓をうち、「これから土曜はいつも、ちょっとした晩餐会にしないか――もちろん、ジンジャーブレッドはいつも出してくれるよね」と言うのであった。

もう一つ付け加えておくと、夫の母にレシピを習うというのもミソになっている。このころまた「良き妻」たるもの義母との関係も良好でなければならないというイメージも振りまかれた。その中心となるのが「お袋の味」を義母から継承するというものだ。「良き妻」というよりも「良き嫁」とでもいうべき表象は20世紀前半のアメリカでも作られていたのである。

そして「味の鑑定人」となるのはもちろん男性だ。34年の雑誌記事で、「料理の権威ベティー・クロッカー」が「男の心をつかむ料理」の「理論化を図っている」。ここで男性が好きな料理のレシピばかり開発するのはなぜなのか、女性が好きな料理の開発になぜもっと時間をかけないのか、という質問にクロッカーはこう答えている。「女性はみなさん自分の好きなもの分かっておいでです。女性にとって問題なのは、ご主人の好みを知ることなのです」。

満足気な笑顔を浮かべて食べる夫や息子の顔を妻であり母である女性が見つめる。男性の笑顔が女性にとって最高の報酬となる。主婦が行う家事労働に金銭という報酬が払われることはないし、「無私」であることこそが愛情の証であるのだから、夫や子どもの幸せそうな笑顔以外の「見返り」を求めることなど主婦には許されない。


「お袋の味」とは「懐かしさ」だとしていいだろう。もちろんそれは本当に過去にあった味を再現しているのではなく、そのような「古き良き日々」という過去があったかのような気にさせてくれる料理であり、それは刷り込みによって作られる。こういったものがグロテスクな表象に結び付くのもまた想像に難くない。

1922年の雑誌に「ジェマイおばさん」というパンケーキ用調合済み小麦粉の広告が載っている。南部の黒人女性が作っていたとびっきりおいしいパンケーキを再現できることが売りである商品だが、ここで「古き南部」への郷愁をかきたてるイメージ戦略がとられている。「古き南部」とは「モクレンが咲き乱れ、広大な大農場が点在し、美しい白人女性と礼儀正しい白人紳士が余暇をたのしむほとんど理想郷そのものであり、仕事はすべて陽気で献身的で愛すべき黒人奴隷がやってくれる」というものだ。

もちろんそんな南部など存在しなかった。主観的には「温情的」な奴隷主もいただろうが、奴隷主は奴隷主であり、奴隷は奴隷である。「ジェマイおばさん」も奴隷であろうが、彼女が奴隷制度に立ち向かうことなどありえないと、消費者である白人には感じられることだろう。奴隷であるという自身の立場を疑うことなく白人に献身的に使える従順な黒人の姿は、実際には存在しないがそうであってほしいという白人の願望に他ならない。そして「陽気で献身的で愛すべき黒人奴隷」は、1920年代以降は「理想の女性」のイメージとして使われることになる。

本書でも触れられているように、『風と共に去りぬ』の「マミー」に典型的であるが、黒人奴隷であるはずの乳母は完全に白人の価値観を内面化し、白人以上に白人的に奴隷主の子供たちをしつけようとするとされ、それこそが「古き南部」という郷愁を誘うのである。原作が36年、映画化が39年の『風と共に去りぬ』によってこのイメージが広まったのではなく、このような「郷愁」が白人の間で広がった結果として小説や映画が記録的ヒットとなったとしたほうがいいのかもしれない。

「「あれは天国でしたね!」と懐かしむとき、少年時代は白い復古的欲望の理想郷「古き南部」とまったく等価のものとなる。かたや天国だった少年時代、かたや理想郷だった古き南部――この瞬間、両者はその復古的メッセージ性においてまったく同義なものとなるのである。つまり、古き南部は社会の共同体的文化資本を援用した神話であり、少年時代は個人の共同体的文化資本を援用した神話である。この一点で、ふたつの神話は共鳴しあうのである」。


アメリカにおいてアップルパイが「お袋の味」の代表格とされていくようになり、40年代から50年代にかけてそのイメージは決定的なものとなる。
アップルパイはステーキやローストビーフといった「伝統的調理法に改編をくわえる余地がもはやあまりないものとは違って、手を加えて新機軸をうちだす余地がまだ残っている。こうした技術的な理由がある。食品メーカーにしても微細な改変をくりかえし、次つぎと新提案をすることで販売促進につなげられる」。
またアップルパイの起源は11世紀のヨーロッパにまで遡ることができ、メイフラワー号よりも早くアメリカ大陸に到達し、広く食されてきた。「懐かしさ」の資格も十分である。
愛情あふれる手の込んだ料理を手軽に作るというニーズそのものが作り上げられたものであり、パイ類、なかんずくアップルパイはその象徴的存在としてぴったりなものだった。

1940年には「テッドはアップルパイが好き」という記事が女性向け家庭雑誌に掲載される。34パーセントの男性が妻に望む能力として料理の腕前をあげているというデータに言及され、「アップルパイこそ特権的な価値をもつものだと断定」されている。そして「テッド」のパイ好きが転じて、「パイについて意見を訊くと、大抵の男性は、つねにアップルパイに票を投じるものなのです。アップルパイに匹敵するほど、男性にアピールできるパイは存在しないのです」と、男性一般へと無根拠に一般化される。

男性に対しても、男性はアップルパイを好むものだという刷り込みが行われ、それが「完璧なアップルパイを焼く主婦」こそが理想の女性であるというイメージをさらに強化する。

「これまで見てきた女性向けの神話攻勢は、じつはメダルの裏表の関係で、同時に男性にも仕掛けられていたわけだ。「衝動的な飢餓感」にかられる男性と「衝動的な飢餓感」を満たす女性。この二項のうちどちらが欠けても成立しない構図なのである。その意味でも、アップルパイ神話は多層的だったのである」。


音楽ファンには本書のタイトルとその内容からある曲が頭の中に流れ続けていたかもしれない。1971年に発表されたドン・マクリーンの「さよなら、ミス・アメリカンパイ」。音楽史的含意に満ちた歌詞であるが、これはまた20年代から作り上げられてきた白人中流階級の理想の女性、ひいては理想のアメリカ像に別れを告げる歌でもある。

「そこに想念されているのりこえなくてはならない「古いアメリカ」とは、他ならぬ一九五〇年代に代表される「豊で強いアメリカ」幻想のことであった。だからこそ、彼は古いアメリカと、その時代にはまだあった幸せなロックンロールの時代の終焉を、このひとことに込めたのである。「さよなら、ミス・アメリカンパイ」」。






『アメリカーナ』

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ著 『アメリカーナ』





イフェメルは「夏でも臭いがな」いプリンストンの街を気に入っていた。「でも、髪を編むためにトレントンまで行かなければならないのは好きではなかった」。プリンストンで見かける黒人は「みんな肌の色がとても薄くて細い髪をしていたから、髪をブレーズに編むとは思えなかった」。

ナイジェリアからアメリ合州国にやって来たイフェメルは「レイスティース(人種の歯)、あるいは非アメリカ黒人によるアメリカ黒人(以前はニグロとして知られていた人たち)についての様々な考察」というブログを始めて注目を集め、経済的にも成功し、プリンストン大学のフェローにまでなっていた。行きつけのヘア・サロンが閉店してしまったため、アフリカン・ヘアを結ってくれる店を探し、初めてその店を訪れようとしている。ここでいささか居心地の悪い思いをしながら、成功へ導いてくれたブログを閉じてナイジェリアへ帰るという自信の決断を反芻しつつ、ナイジェリアでの恋人だったオビンゼ、そしてアメリカでの日々やここでできた恋人たちの思い出がさざ波のごとく寄せては引いていく。


プリンストンに住む黒人女性がアフリカン・ヘアに髪を結いに行くという冒頭部分で、この小説が人種やジェンダーを扱ったものだということはすぐにわかるだろう。さらにイフェメルがナイジェリア出身であるように、差別をはじめとする社会問題への視線は多層化されており、TEDトークの「シングルストーリーの危険性」でも有名なアディーチェの面目躍如といった作品となっている。


この作品が発表されたのは2013年で、作中にはバラク・オバマの大統領選への出馬とそれに伴う様々な観点からの議論も描かれている。本作の刊行から3年後にトランプ大統領が登場するということをアディーチェが予感として抱いていたかはともかく、本作にはそれを予言するかのような場面もある。

ドレッドヘアにしている白人の男性は人種問題に理解あるものだと思っていると、彼は人種問題はもう終わった、今あるのは階級問題だと言う。また別の男性の「白人特権階級なんてナンセンス。どうして僕が特権階級なんですか? ウェスト・ヴァージニア州でめっちゃ貧しく育ったんです。アパラチアの田舎っぺですよ。僕の家族は福祉に頼ってました」という言葉から、イフェメルはこの問題について考察するブログをアップしている。近年アメリカの白人の中に、人種問題はもう過去のことだと片づけようとしたり、被害者意識がより強く形成されるようになっていったことはここからもうかがえる。

イフェメルはこれに対し「貧しいホワイトなのは気の毒だけれど、貧しいノンホワイトの身にもなってみて」と書いている。例えば同じような経済状況にある白人と黒人が麻薬所持で逮捕されたとしたらどうだろうか。白人は病院に送られるが、黒人は刑務所に送られることになる。

まさにアパラチアなどの白人コミュニティではドラッグの蔓延は深刻化しており、荒廃したコミュニティへの不満のはけ口としてトランプ支持者が増加したという見方もある。一方で、とりわけレーガン政権以降、クリントン政権も含めドラッグを含む犯罪の厳罰化が進められたが、ここで狙い撃ちされたのは黒人であり、その結果黒人コミュニティはボロボロになってしまったのであるが(クリントンは近年その政策が誤りであったことを認めている)、被害者意識にかられる白人たちの目にはそれは入らない。そして貧しき者、虐げられた者同士で連帯しようとなるのではなく、むしろ真逆の政治的反応を示してしまっている傾向にある。


「なんでいっつも人種のことを話さなければいけないんですか? われわれはただの人間ってことになれないんですか?」と、アパラチア出身のこの白人は問いかける。ある大学教授は「それがまさに白人特権階級なんだよ、そういえることが。人種がきみにとって現実に存在しないのは、それが障害になったことがないからなんだ。黒人にとって選択肢はない」と答える。
黒人がタクシーをつかまえようと思ったら? 車を運転していて警官に止められたら? 黒人たちは現実の不利益と、そしていつ現実化するかわからない不安と常に背中合わせであり、たとえ社会的、経済的に成功しようともそこから逃れることはできない。


アディーチェはこれもTedトークをもとにした『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』でも知られているが、これはジェンダーの問題もまさにそうだろう。

ミシェル・オバマがもし髪をストレートにせずナチュラルなままであったらバラク・オバマの人気はいかなるものになったかという考察をイフェメルは行うし、彼女自身就職の面接のために髪をストレートにする。アメリカにおいて、そうしなければ黒人女性は果たしてまともな職にありつけるだろうか。この問題はもしかすると、黒人男性からもあまり認識されていないかもしれない。

イフェメルはアメリカに来て初めて自分が「黒人」であることに気づいた。これは女性が性差別が軽い社会からごりごりにまかり通っている社会に移ったことを想像すればよくわかるだろう。ボーヴォワールのあまりに有名な「人女に生まれるのではない、女になるのだ」は、人種についてもいえることだ。タナハシ・コーツは『世界と僕のあいだでに』で、「人種は人種主義の子どもであって、その父親ではないんだ」と書いている。そしてもちろんこれも、アメリカ合州国だけの話ではない。


アディーチェらしいのは、この作品を異なる社会から来た者の目を通してある社会の真の姿をあぶりだすといった単純な構造に落とし込んでいないことだ。
「ところでなぜイフェメルがあのブログを書けるか知ってる? (……)理由は彼女がアフリカ人だからよ」とある人物から言われる。「もし彼女がアフリカン・アメリカンだったら、怒ってるだけってレッテルを貼られて敬遠されるだけよ」。
明らかに陰湿な意図を込められた発言であるのだが、アフリカン・アメリカンの女性からのこの言葉が真実の一端をとらえていることをイフェメルも認めざるを得ない。アフリカン・アメリカンが人種問題を口にすることは「怒れる黒人」というステレオタイプにはめられることを覚悟しなくてはならないが、アフリカ人であるイフェメルはそこから逃れられるので、あのようなブログを書くことができる。

イフェメルはアメリカ社会を批判的に見ているようで、話し方がアメリカ人みたいだと「褒められる」と、ついうれしく感じてしまったことがあった。アメリカ人の使う英語がどれほどめちゃくちゃなものであるかにあきれていたというのに。
このように「黒人」といっても当然ながら様々な属性が絡み合い、複雑な関係が構成される。同じ「黒人」移民でも、アフリカから来たのかカリブ海周辺から来たのかによって意識の違いが生まれる。イフェメルはアメリカに来て何年になるのかと訊かれると、箔をつけるためサバを読んで多く答えてしまう。「黒人」の移民同士においてもこういったマウントの取り合いのようなことがが日々行われている。

さらにこの物語はアメリカ合州国にとどまらない。イフェメルのかつての恋人オビンゼはわずかなチャンスに賭けてイギリスに渡る。しかしそこで待っていたのは劣悪な環境での労働であり、希望を食い物にする人々であり、また移民に向けられる敵意だった。
「イギリス諸島を吹き渡る風は亡命希望者の恐怖でふんぷんたる悪臭を放ち、だれもが差し迫った運命にパニック状態」になっているかのようだ。「かつて英国がでっちあげた国々から黒色や茶色の肌の人間が英国にどっと押し寄せることが、歴史の当然の成り行きであるとは微塵も思わないようだ」。オビンゼはここに来て、「こんなに孤独を感じたことはなかった」。

ではイフェメルやオビンセの出身国のナイジェリアはどうだろうか。アフリカ屈指の大都市であるラゴスは、物質的には近代化の道を確実に歩んでいるようだが、その裏では旧態依然たる支配体制が温存されている。「ビッグマン」と呼ばれる実力者や成金は贅の限りを尽くした生活を送り、その富をさらに増やし続けるが、社会問題は放置されている。イフェメルをはじめとするアメリカ滞在経験のある人々は、ナイジェリアに帰国しながらアメリカの生活を懐かしむ。アメリカに滞在しそこにかぶれた「アメリカーナ」は、ナイジェリア人から冷ややかに見られている。

このように、本作は単にアメリカ合州国社会を告発したものではないし、またアフリカの後進性を嘆いたり、逆に様々な問題に目をつむってアフリカを過度に理想化するものでもない。あらゆる社会が様々な問題を抱えている。理想郷をでっち上げたところで問題は解決しないし、また異なる立場からの視点を拒否して社会の現実を糊塗しようとすれば、さらに解決は遠のく。唯一無二の解決策がすぐに提示できるのではないし、それができるという幻想を抱くべきでもない。いくつものレイヤーのある多様な社会を、多様な視点で見つめなおしていくことからしか始めることはできない。

……と、こうまとめてしまうとこの作品がしかつめらしい顔をして読まねばならない生真面目で重苦しいものであるように思われるかもしれないが、読者の受け取る肌触りはそのようなものとは大きく異なる。

本作はミステリーでいうところの倒叙型になっている。ナイジェリアでイフェメルとオビンゼはいかなる関係にあったのか。彼女だけアメリカにやって来たのはなぜなのか。いかにしてブログを開設し、プリンストン大学のフェローにまでなったのか。そしてその間オビンゼはどのように過ごし、ビッグマンに上り詰めたのか。こういった謎が時間軸をバラしながら少しずつ明らかにされていくことで読者をドライヴしていく。

アディーチェはあるインタビューで「弁解の余地のないオールド・ファッションなラブストーリーを書きたかった」と語っているそうだ。この言葉は刊行時に「100パーセントの恋愛小説」が謳われた村上春樹の『ノルウェイの森』を想起してしまう。『ノルウェイの森』も単にあらすじをまとめるだけだと「なんじゃそれ」という話になってしまうように、本作も、とりわけ最終盤の展開に対する好みは分かれるかもしれない。僕は村上が『ノルウェイの森』を書いたのはあえての「蛮勇」であったと肯定的に受け止めているが、『アメリカーナ』もまた「オールド・ファッション」であることを恐れないあえての「蛮勇」であるともできるだろう。人種をめぐって、ジェンダーをめぐって、そして現在の世界各地で起こっている数々の問題についてアップデートされた今日的視点を持ちつつ、「オールド・ファッションなラブストーリー」によって読者を牽引していくのがこの物語である。


『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』

チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ著 『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』




フェミニズム。社会運動やそのバックグラウンドとなる思想は世に数多くあれど、これほどの悪罵を投げかけられるものもそうはないだろう。アディーチェは本書で、あたかもフェミニズムをよく知らないが勝手なイメージで反感を抱いている日本の人々への応答として語りかけているように思えてきてしまうが、それはアディーチェが生まれ育ったナイジェリアでも、大学教育を受けたアメリカ合衆国でも、そして世界の多くの地域でも同じような罵詈雑言がフェミニストに投げかけられているせいなのだろう。

本書はTEDトーク、We should all be feministsに加筆をしたものである。TEDらしく、簡潔でわかりやすく、実体験に基づく身近な例がユーモアをふまえて語られている。フェミニズムに漠然と関心がある、あるいはよくわからんがなんかムカつくといった人々は、まず動画を見てみるなり、本書を手にとってみるといいかもしれない。







アディーチェには兄のように慕っていた親友がいた。なんでも「本気で話のできる相手」だった。アディーチェが14歳くらいのとき、この親友が「おまえってフェミニストだな」といった。お世辞ではない。その口調はまるで「おまえはテロリズムの支持者だ」というかのようだった。

その後アディーチェが作家となり、ナイジェリアでプロモーションをしていると、「善意に満ちた、すてきな人」が、「絶対に自分のことをフェミニストといわないほうがいい、なぜならフェミニストというのは夫を見つけられない不幸せ[アンハッピー]な女性のことだから」と「忠告」をしてきた。
また別のナイジェリア女性は、「フェミニズムは非アフリカ的で、西欧の書物から影響を受け」ているだけなのだといった。
これまた別の親しい友人は、「自分をフェミニストと呼ぶのはわたしが男嫌いだってことだ」といった。

こういうことがあるたびに、アディーチェは自分を「ハッピー・フェミニスト」と呼び、「ハッピーなアフリカ的フェミニスト」と名乗ろうと思った。そしてついに「男嫌いではなく、男性のためではなく自分のためにリップグロスを塗ってハイヒールを履く、ハッピーなアフリカ的フェミニスト」にまでふくらんでしまった。

「もちろんこれは皮肉をこめた冗談ですが、これは「フェミニスト」という語がどれほど重たい荷物を背負わされているか、それもネガティヴな重荷をせいわされているかを表しています」。

「男嫌いで、ブラが嫌いで、アフリカの文化が嫌いで、いつも女がなんとかしなければと考え、化粧もしないし、毛も剃らないし、いつも怒っていて、ユーモアのセンスがなくて、デオドランドもつかわない、というわけです」。
アフリカを日本に置き換えれば、そのまま日本のフェミニズム嫌いの人が持つフェミニストのイメージであろうし、これは世界各地にあてはめることができるのだろう。

フェミニズムとは何か。アディーチェの定義はシンプルだ。「わたし自身の、フェミニストの定義は、男性であれ女性であれ、「そう、ジェンダーについては今日だって問題があるよね、だから改善しなきゃね、もっと良くしなきゃ」という人です」。

これは必ずしもすべてのフェミニストが受け入れる定義ではないかもしれないが、まずはここを入り口にいろいろと考えてみることができる。アディーチェはこの場の性格もふまえ、あえて理論的なことは持ち出さずに誰にでも起こり得る例で説明しているのも、それを意識してのことだろう。

ここで重要なのは「男性であれ女性であれ」というところだ。ナイジェリアで男性と車に乗っていて、アディーチェが駐車場係にチップを渡すと、その人は同乗していた男性に礼を述べた。金を稼いでいるのは男性で、女性は男性から金をもらっているにすぎないと思ったのだろう。レストランに行っても、接客は男性中心で女性は添え物のように扱われる。高級ホテルに一人で入っていくと、警備員から止められて不愉快な質問をされた。男性が一人で入ったところで何事も起こらないが、女性が一人でホテルに入るとセックスワーカーだと思われる。女性には支払い能力がないはずだという前提があるのだ。

こういったことはナイジェリア特有の現象ではないだろう。そして裏を返せば、男性は稼がねばならない、女性の面倒を見なければならない、そうできない男は一人前の男ではないというプレッシャーに結び付く。
「私たちは男らしさを「とても」狭い意味に考えています。男らしさが堅い小さな檻になって、この檻のなかに男の子を閉じ込めるのです。/男の子には、恐怖や弱さや脆さを見せるな、と教えます。本当の自分に仮面を被せろと教えます」。

女性に「女らしさ」を求めることは男性に「男らしさ」を求めることであり、女性が抑圧され続けているように男性はプレッシャーにさらされ続けている。ジェンダーに対する固定概念から逃れることは、男性を解放することでもある。

もちろん歴史的にみれば人類は男性優位の社会が圧倒的で、男性と女性が同じ苦しみを味わってきたとすることはできない。ナイジェリアの大学で、一人の若い女性が男性に集団でレイプされるという事件が起こった。このときの反応が、「男も女もそろって「確かにレイプは悪いけれど、一人の女の子が四人の男の子とひとつの部屋で何をしていたの?」というもの」だったそうだ。クラカウアーの『ミズーラ』を読めばわかるように、女性が性暴力の被害に合っても悪いのは女性の方とされてしまう(それも少なからぬ女性たちまでもがそう思ってしまう)のもまた世界的に共通の現象だろう。

単に心理的抑圧のみならず、女性はこうして暴力や、あるいは仕事における賃金格差、昇進差別等の具体的不利益に男性よりもさらされていることをないがしろにしてはならない。


本書を読んでいて思い浮かんだのがタナハシ・コーツの『世界と僕のあいだに』のこんな箇所だ。コーツはここで、黒人は白人の「二倍行儀よくしなさい」と教え込まれるとしている。つまり、黒人は白人の半分で我慢しろということだ。出過ぎた存在になり、白人に目をつけられれば、それは身の危険に結びつく。

アディーチェが書いた記事について、「ある知人から、あれは怒っている記事だった、そんなにかっかすべきではない」といわれた。その通り、怒っている記事だった。不当なことになぜ怒ってはいけないのだろうか。それは女性だからだ。女性は男性に好かれなければならない、と教え込まれる。女性が「怒りを顔に出したり、攻撃的になったり、賛成できないと声に出す」のはとんでもないことなのだ。「男の子からどう思われるのかを気遣いなさい、と女の子に教えることに私たちはあまりに多くの時間を割いています」。

アメリカ合衆国の黒人が白人からの視線を常に気にしていなければならないように、世界中の女性は男性からの視線を気にしなければない。


一方で、ジェンダーの問題は確かにある、しかしもっと優先的に取り組むべきことがあるのではないかと思う人もいるだろう。さらには、性差別の問題と人種差別の問題を同列であるかのように語るのはさすがに行き過ぎなのではないか、と思う人も。

「そう、貧しい男性にもまた厳しい時代だ」という人がいる。アディーチェは「その通りです」という。同時に、「でも、それはここで話題にしていることではありません。ジェンダーと階級は別の問題です」ともいう。
また「黒人男性としての自分の経験について」、「しょっちゅう口にする人」からは「なぜあなたが女性としてでなければならないの? なぜ人間としてではないの?」といわれた。

「この種の質問はある人の具体的な経験を沈黙させる方便です。もちろんわたしは人間ですが、この世界にはわたしが女性であるがゆえに起こる個別の出来事があるのです」。

アディーチェの発言のこの部分の危うさを指摘することもできる。「ピンクウォッシュ」という言葉がある。イスラエルをはじめとする国家、あるいは企業などがセクシャルマイノリティーにフレンドリーなことをアピールして、その裏で行われている人権侵害から目をそらさせるという手法である。

日本ではこんな例がある。ホームレスにやさしい自治体などあろうはずもないが、渋谷区はその中でもとりわけ悪評高く、様々な嫌がらせを行ってホームレスを追い出すことに血道をあげている。一方で渋谷区は「同性婚」の証明書を発行するなど、この点では「先進的」な区であることをアピールしている。そのため、一部とはいえLGBTの権利擁護の運動をしている人の中に、渋谷区の動きを擁護しようとするあまり、ホームレス支援を行っている人々を中傷する人まで現れた。また人権など歯牙にもかけない稲田朋美のような右翼政治家がイメージ戦略としてLGBTフレンドリーであることをアピールしようとしているし、この裏には広告代理店の暗躍も見え隠れしている(ちなみに現渋谷区長も広告代理店出身でもある)。世界的に見ても、セクシャルマイノリティーでありまた極右であるというのは珍しい存在ではない。

「個別」の「具体的な経験」にのみ寄りかかると、貧しい人がいる? 人種差別を被っている人がいる? でもそんなことはわたしには関係ない、という発想になってしまいかねない。しかしまた、その逆も起こり得る。貧困に苦しんでいる人がいる、人種差別で迫害されている人がいる、なのにジェンダーの問題ごときがなんだ、といった具合に。

大切なのは、「この種の質問」によって「沈黙」を強いらないということだろう。これはゼロサムゲームではないはずだ。人によって関心の持ち方や優先順位が異なるのは当然である。しかし、だからといってどれか一つを選ばなければならないというものではない。「〇〇をないがしろにすることは許さない」というのは一見するともっともらしいのであるが、だからこそ、そこに裏の意図がないかどうかを見極めなければならない。

アメリカ合衆国において「苦境に追いやられた白人労働者の声を聞け」というのはまったくその通りだ。しかし「リベラルはアイデンティティポリティクスになどかまけていないで経済問題にのみ勢力を傾注すればいい」というのはどうだろうか。白人(男性)労働者が苦境に追いやられているのなら、マイノリティの労働者はなおのこと苦しんでいることだろう。つまりこれは「リベラル」は白人票が欲しければ差別や不公正に目を閉ざせといっているにも等しい。アイデンティティポリティクス批判はリベラルや左派の内部からも上がることがあるが、保守派がリベラルの「欺瞞」を揶揄する目的で行っていることにも注意しなくてはならない。

フェミニストに対しての「男性の弱者はどうでもいいのか」といういいがかりもこれと同根である。とりわけジェンダー問題は、それを問題だと感じていない人にとっては不可視化される率が高いので、このような難癖をもっともらしく感じてしまう人が少なからず出てしまう。


ジェンダー問題というと何やら難しく感じるかもしれないが、誰もが素朴な疑問を抱いたことがあるはずだ。「女の子なんだから料理くらいできないと」、子どものころにそういわれて台所に立たされた女性は少なくないだろう。そういう機会がなく大人になると、「女のくせに料理もできないのか」と蔑まれる。でも、三ツ星料理店などの一流シェフが男性ばかりなのはどいうことなのだろう。「料理は女のもの」とされているのに、仕事になって高収入を得られたり、社会的地位が認められるようなら「男のもの」にされてしまうのである。

女性が結婚するまで処女でいることを求められる社会で、男性も結婚するまで童貞であるべきだと考える人はどれだけいるだろうか。若い女性が男性を求めて積極的な行動をとると眉を顰められる。そのくせある年齢以上になって独身でいると、「不幸せな女」、そう、まるで「フェミニスト」のようだと後ろ指さされることになる。

アディーチェには、夫とおなじ学位をとり、おなじ仕事に就いた女性の知り合いがいる。仕事から帰ると、家事のほとんどをやるのは女性だ。さらに「わたしが強い印象を受けたのは、夫が赤ちゃんのおむつを替えるたびに、妻が彼に「ありがとう」といったことです。もしも夫が育児を分担するのはごく普通の、当たり前のことだと妻が考えたらどうでしょう?」

女はおしとやかでいるのが当たり前。家事料理育児を女が中心的に担うのは当たり前。気にくわないかもしれないが、ずっとそうだったんだから仕方がないじゃないか。
でもこれってほんとうに当たり前のことなのだろうか。そして変えることは不可能であったり、するべきではないのだろうか。

「文化は絶えず変化します。わたしには十五歳の美しい双子の姪がいます。もし彼女たちが百年前に生まれていたら、連れ去られて殺されていたでしょう。なぜなら百年前のイボ文化では、双子が生まれることは邪悪な徴だと考えられていたからです。現代ではどんなイボ人にしろ、そんなことをするとは思えません」。
同時に、イボ文化は今でも男性優位であり、「一族の重要事項が決定される集会」に出られるのは依然として男性だけなのである。


僕は男性であるが、やはり「ジェンダーについては今日だって問題があるよね、だから改善しなきゃね、もっと良くしなきゃ」と考えている。では自分が固定概念から完全に逃れられているかといえば、そうとはとても思えない。僕自身セクシズム的発想についつい立ってしまうことも少なくないし、さらにはそうとは気づかずにそのような行動を取っていることも多いだろう。だから自分のことをフェミニストであるとは自称しない。でもそれは居直ることではない。世の中そういうものだと開き直ったり、頑なに耳を閉ざすことは避けねばと思っている。それってほんとに当たり前のことなの? これっておかしくない? 自分ではそうは感じていなかったことにそのような指摘があった時は、立ち止まって謙虚にしっかり考えるようにする。フェミニズムに限らず、まずはそこから始めることは誰にもできるのだから。


『美しき闘争』

タナハシ・コーツ著 『美しき闘争』





2015年に刊行された『世界と僕のあいだに』は高く評価され、ベストセラーとなった。本書は2008年に刊行された、コーツの幼少期から大学入学までを綴った自叙伝である。

「ボルティモアにクラックが出回るようになって、僕たちの社会は崩壊した」。こうあるように、75年生まれのコーツが語るのは80年代から90年代にかけての荒廃した、黒人が多く居住する都市部についてであり、これはボルティモアに限らず多くの都市部で起こったことでもあっただろう。

もちろん昔も喧嘩沙汰はあったし、それによってけがをすることもあった。でも「葬儀屋の世話になって讃美歌が流れるなんてことはめったになかった」。父が若かった頃はコミュニティの結束は固く、互いに支え合っていたが、「それが時間とともに僕たちは支援しなくなるどころか共食いするようになってしまった」。

「その時はわからなかったけれど、これが恥ずべき僕たちの始まりだった。マンデラ、ニカラグア、そしてレーガン政権に対する闘い――世間は重要な主張に基づく運動で盛りあがっていたのに、僕たちは、世界のどこかで奴隷のように働かされている人たちが縫ったスニーカー、白人が所有するスポーツチームを応援するジャケット、南部連合に参加した州の名前を刺繍した野球帽、そんなつまらないもののために殺し合っていた」。

この部分だけを読むと、コーツは荒廃したアメリカ都市部の黒人社会を嫌悪し、それを否定しようとしているかのように思えるかもしれない。むろんそう単純なものではなく、なぜ黒人社会がこうなってしまったのかを、かつてブラックパンサーの支部長であり、従軍したことで在郷軍人局から支給される小切手目当てで30歳から大学に通うようになり、修士号まで取り、大学図書館で初めて専門職に就き、黒人による古典の復刊に努めるようになった父の歩みをたどるなどして探ろうとしていく。

父の経歴を見ればわかるように、コーツ家は典型的、平均的な都市部の黒人家庭ではない。家庭環境もかなり複雑だ。
「ストリート出身だけれどストリートに属していない」とコーツは自分と父について書いている。豊ではなかったが誇りを持ち、子どもたちの可能性を伸ばそうとし続けた。コーツ自身何度も罠にからめとられるように道を踏み外しそうになるが、その度に引き戻されていったのは父と母のおかげであったろう。裏を返せば、このような父と母でなければ、ヤクの売人になりつまらないことで拳銃を振り回し、マイク一本を武器にラッパーとしてのしあがるかみじめで陰惨な生活に転落するかといった人生になっていたかもしれない。

コーツもやはりラップに夢中になり、自身でもリリックを書いていた。このようにアメリカ都市部の黒人文化を否定し、それを乗り越えようというのではなく、そこから多くのものを受け取り、それを肯定してもいる。まずプロレスに関するエピソードから始められるように、現代アメリカの黒人文化の一部はファンタジーやアニメ(本書には『マクロス』のリン・ミンメイの名前も出てくる)など、ある意味ではごった煮的なサブカルチャーの中から紡がれていったという面もあり、コーツもまたその中で育ち、それに積極的に意義を見いだしているようにも見える。

訳者解説で触れられているように、本書のタイトルからしてタリブ・クウェリの曲から取られたものであり、「各章のタイトルもさまざまなラップのリリックからの引用となっている」。コーツのヒップホップに寄せる思いはここからも明らかだ。

このように、80年代から90年代前半のヒップホップをリアルに体験した世代からの回想ともなっており、ヒップホップファンにとっては『世界と僕のあいだに』にも増して必読であろう(なお『世界と僕のあいだに』には訳注が付されていなかったが、本書にはちゃんと注があり、引用元などが確認できる)。

僕自身はヒップホップには明るくないもので、コーツのその時々のシーンへの反応が平均的なものか特異なものであったのかはよくわからないが、80年代後半に勃興したパブリック・エネミーのようなシリアスなアティチュードがギャングスタ・ラップに取って代わられていくのを苦々しく書いている。

「パブリック・エネミーのチャックDフレイヴァー・フレイヴは彼らにできるかぎりのところまで僕たちを導いてくれたけれど、新しい音楽はすでに殺人を礼賛する集団に乗っ取られていた。つい先週マルコムXにシャウトアウト(尊敬している人物にささげる)していたラッパーたちが、スタジオのギャングスタに変わり、目に入る黒人をすべて殺してしまう。僕にだってそういった力で支配するストリートの世界で、街角に立って大金を設けたい気持ちが部分的にあった。でも、大人になる入口にいた僕は、こういったラッパーたちに影響されなかった。彼らは、いちばん大事でないことに力をこめ――女性すべてを批判し、ストリートを経済的に支配していると主張し、そして白人に続いてストリートから逃げたのだ」。

当時のシーンをこのように振り返るコーツに異論があるヒップホップファンは少なくないだろうが、コーツにとって重要な問いの一つが、父の世代である60年代から70年代にかけて盛りあがったはずの黒人たちによるムーヴメントがなぜコミュニテイの崩壊、社会の荒廃という形になってしまったのかであり、それを80年代から90年代にかけての自らの世代の経験に重ね合わせているところからきているのかもしれない。


本書を読んでいると、これは映像化にぴったりではないかという気分になってくる。家族の物語であり、また友情や淡い恋といった少年の成長物語であり、そして現代アメリカ文化史でもある。近年は映像作品でもヒップホップの歴史を描くことが積極的に行われるようになってきたが、本書を連続ドラマ化でもすれば、そこにまた新たな視点が加わることだろう。


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佐藤太郎(仮)

Author:佐藤太郎(仮)
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