政治についてダラダラと

民進党が希望の党への合流を決めた時は、自公希維で430議席超獲得、「小池首相」で大連立なんてのも最悪の展開として覚悟をしたのだが、小池百合子と前原誠司という無能政治家が自らこれを潰す事となった。

国会議員を20年以上やっている政治家が複数集まって新党を作り国政選挙に挑むにも関わらず幹事長すら決められかったというのは、「希望」に群がった政治家の無能さを何よりも雄弁に物語っている。見方を変えれば、小池が極右であるばかりか政治家としても無能であるということはとっくの昔にわかりきっていたにも関わらず、ここまでのさばらせてきたテレビを中心とするメディアの異様さというものを指摘せずにはいられない。

ということで以下は、投開票日にテレビなんぞを見る気になんてとてもなれないし、気がくさくさして何も手につかないしという中で思いつくままにダラダラと書き飛ばしたものなので、いろいろツッコミどころ満載でしょうが適当に読み飛ばしていただければ。


小池が何を考えてきたかというと、一貫して「自民党に自分をいかに高く売りつけるか」であったろう。そのために選挙後に邪魔になりそうであったり目障りになりそうな存在をあらかじめ「排除」しておこうとしたのだろうが、驕りからタイミングを見誤り自らの墓穴を掘った。

一般的には民進側が小池人気にすがろうとしたと見られているのだろうし、それは事実でもあるが、一方で「希望」の側も、ヒトがいない、カネがない、組織がないというないないづくしであり、民進及び連合のカネと組織を喉から手が出るほど欲していたが、民進の「リベラル派」をナメきっていたために自らこれをドブに捨てた。

前原の方はといえば、共産党との連携に気が進まなかったところに降って湧いたような小池旋風が起こり、これでもう共産党とおさらばできると飛びついたといったあたりだったのだろう。本来ならば持たれたイメージとは逆に相手の足元を見ることができる立場にありながら、「お人好し」にも(うさん臭さ全開の詐欺師にあっさり騙されるのが「人の好さ」なのだとすればこう呼ぼう)小池を信じて醜態をさらした。

ここで注意をしなくてはならないのが、民進党の代表選挙で前原を圧勝させ、小池との連携へと背中を押したのが連合だということだ。現連合執行部は反共意識が極めて強く、共産党と連携するくらいなら自民党と手を結んだ方がいいとすら考えているようにしか見えない(「高プロ」法において秘密裡に官邸と接触しこれに賛成しようとしていたことはその表れである)。前原を代表につけて連合がやろうとしたことは、要は民進党の民社党化であった。


日本の現在の政治を考えるうえで死に票の多い小選挙区制の弊害をふまえなければならないのは当然であるが、しかし今の政治状況がそれによってのみもたらされたのだと片づけることもできない。当初は深く考えられていなかった「バグ」とでもいうべき現象が起きている。それは自民党と公明党の一体化だ。

自公連立以降、自民党は小選挙区において常に数万票の下駄を履かせてもらっている。2009年のように高投票率で学会票を薄めることができない限り、自民対民主/民進であれば戦いは成立しても、自公対民主/民進では勝負にならない。
そこで学会票ほどではないが、ある程度の基礎票を持っている共産党との連携を模索せざるを得なくなったのであるが、反共意識の強い前原をはじめとする民進右派議員や連合執行部はこれに消極的であった。


20代の自民党支持率が高いことについて、雇用を中心とした経済情勢の影響とする見方があるが、それを全面的に否定するつもりはないものの、それだけに理由を帰してしまうのには、70年代後半生まれの人間として疑問を呈しておきたい。僕は就職氷河期ど真ん中であるが、では現在の40歳前後が当時の政権与党であった自民党への怨念渦巻く世代なのかといえばそうではなく、むしろ自民党への支持が非常に厚い世代として知られている(とりわけ男性)。第二次安倍政権誕生以前から、さらには民主党政権誕生以前から若年層の政治的保守化は指摘されているし、それがさらに強化された結果なのではないだろうか。経済情勢が悪化したら、現在の40代以下の世代が自民党支持をやめるのかといえば、それは疑わしく思える。

あくまで個人的体験に依るが、十数年前を振り返ると、周囲に左傾化した人間はほとんどおらず、かといってウヨ化した人間もごく少数で、ほとんどがノンポリであった。ただしこの「ノンポリ」が曲者で、「サヨク」っぽいものへの忌避感は非常に強い一方で、極右的なもの(とりわけ歴史修正主義)への拒否感はほとんどない。日の丸君が代の強制に反対しようものなら「頭のおかしいサヨク」扱いで嘲笑の対象であったが、小林よしのりを真に受ける人間がそれだけでイタい人扱いされることはない。あまりに露骨にウヨ性をむき出しにすると煙たがられるといった程度で、これが当時の「ノンポリ」であった。

僕らの世代の人文学系知的ヒーローといえば東浩紀であったが、ここ数年の彼の現実政治へのスタンスは、極右は我慢できるが共産党がでかい顔をするのには耐えられない、といったあたりだろう。やはり彼は70年代以降生まれの世代を象徴し、代表しているとすべきだろう。

枝野幸男は立憲民主党から「左翼臭」を消すことに傾注していたし、選挙戦略としてはそらくそれが「正しい」のであろう。何せ今や天下の大朝日新聞様に小林よしのりは「識者」として堂々と登場し、「リベラル政党」の応援にまで駆り出される時代になってしまったのであるから。

贅沢言わないからせめてロールズ-セン路線の政権を担いうる中道左派政党ができて欲しいと思っているし、立憲民主党にはその方向に進んで欲しいと願ってはいるが、この日本社会の状況を考えるとそう楽観的な気分にはなれない。この根は、ここ数年ではびこるようになったのではなく、それよりもはるか以前から地中深くに伸びていたのだから。


1980年代には、左翼は「サヨク」とされ、嘲笑の対象となっていった。島田雅彦の『優しいサヨクのための嬉遊曲』は「嗤われる」存在としての「サヨク」を自虐的に描いたものの嚆矢である。80年代中盤以降を支配したバブル的ユーフォリアにおいては、時代錯誤にも「生真面目」なサヨクなど、愚か極まりない存在にしか映らなかった。

80年代はサッチャー、レーガンといった「ネオリベ」の時代であった。クリントン、ブレア政権の誕生はその揺り戻しであると、当時は受け止められた(もっともその後、両政権はむしろネオリベの忠実なる後継者であったと評価が修正されることになるが)。日本にも80年代に中曽根政権があったが、しかし90年代に揺り戻しがくることはなかったどころか、逆の方向へと進み始めた。

80年代にすでに「嗤われる」存在であったサヨクは、90年代に入るとその受け止められ方は分裂したものとなる。

右翼は冷戦の終了によって高揚感に包まれるどころか、むしろこれまで以上に左翼への被害者妄想を募らせるようになる。おそらくこれは、冷戦期には同盟国として封印されてきた韓国への差別感情が「解禁」されたことや、日本の経済情勢の悪化という現実からの逃避願望などがシンクロしてしまったせいであろう。戦争体験者が政界、官界、メディアの一線から退場し始めたのも追い打ちをかけた。

また一方で、「サヨクはバカ。サヨクなんてもう誰も相手にしない」とさえ言っていれば「リアリスト」扱いされるという状況も生じた。80年代にデビューした浅田彰は左翼性というものをある程度は保持しているが(同時にそれに徹しきれないでもいるが)、浅田と年齢はあまり変わらないが論壇デビューは90年代の宮台真司はまさにこの「サヨクはバカ。サヨクをバカと言えちゃう俺はスゴイ」戦略を取ることになる。三浦瑠璃あたりはこの「サヨクを腐しておけばリアリスト」戦略のエピゴーネンであり劣化コピーであろう。また登場いただくが、朝日は三浦を「識者」として好んで起用しているが、「旧弊なイデオロギーに縛られない、時代の荒波を軽やかに乗りこなす新感覚のリアリスト」的なイメージが売りの「若手論客」は、「新人類」の頃からむしろ朝日の好物であったのではないだろうか。


細川護熙が日本新党を結党すると、これに熱狂したのは、時代遅れとなった社会党では自民党に勝つことはできないし、「サヨク」的なものを切り捨てて穏健保守にまでウィングを広げなければならないと考えた人たちだろう。細川が全面に掲げたのが規制緩和であったが、これは保守的な社会を改革するものだとしてかなり広い層から好意的に見なされたが、その内容が問われることはなく、気分の問題に留まり続けた。この「改革気分」は自己啓発セミナーの受講者的な野心家と相性がよく、維新や都民ファーストのように未だにその手の人間を政界に吸い寄せている。

現在から振り返れば日本新党は穏健保守どころか小池や松下政経塾系の右翼の巣窟であったのだが、当時の日本新党支持者(そのうち少なからぬ人がおそらくは中道左派志向であったろう)はそれに全くの鈍感であった。侵略戦争であったことを率直に認めるなど、自身としては穏健保守のつもりであったろう細川も極右に対する拒否感はなかったし、今でもないようだ。


90年代前半に自民党から離党者が相次いだのは、このままでは自民党はじり貧になるという分析からだった。金丸信が金の延べ板をため込んでいたのは保守新党結成のための資金であったといわれるように、自民党に代わる保守政党を作らねば持たないという意識は自民党内部に存在していた。

そしてこの分析は正しかったといえる。これまで自民党を支えてきた集票組織の衰えは隠せず、自民党員は減少し続けている。しかしそこに小泉純一郎が登場したことにより、自民党は右派ポピュリズム政党という顔も持つようになる。イデオロギーではなく「実利」的理由から自民党を支えていた層が後退し、青年会議所のような右派色の強い組織がその結果として発言力を増すようになったのも、小泉的変化にとって好都合であった。

政策的にいえば、90年代半ばに小沢一郎を中心とする右派色の強い保守、穏健保守と左派といったあたりに分かれていればある程度すっきりしたのであろうが、亀井静香のような自民党右派から社会党までが手を結んだ自社さ政権の誕生や、理念的には近いはずの加藤紘一と河野洋平が犬猿の仲であったり、はたまた新進党の結党と解党などのゴタゴタにより、棲み分けは混沌としたものとなっていく。


80年代以降日本社会全体が保守化していったが、政界の右傾化のスピードはこれを遥かにしのぐものとなった。そこに誕生したのが民主党であり、ここにはそもそもから「ねじれ」が生じていた。鳩山由紀夫と菅直人を中心に結党された民主党は小沢の新進党に対抗する政党として、中道左派から非自民穏健保守までを糾合する勢力として、中道左派的な意味でのリベラルからも期待を集めた。しかしそこにはまた、日本新党と同じような「改革気分」の小さな政府志向の勢力も含まれていた。支持者としては中道左派的なリベラルの方が多いが、国会議員においては自由主義的なリベラルですらないような小さな政府志向の方が多く、これが党の路線を迷走させていく。

社会党出身議員を多く抱え込んだことから、民主党は社会党とは違うのだということをアピールせねばという強迫観念にとらわれる。「護憲」は社会党っぽいので禁句。政府与党の法案に反対であってもただ反対するだけでは「なんでも反対の社会党と同じ」と見なされてしまうという恐怖感から対案路線をとり、審議拒否という国会戦術も社会党っぽいのでやりたくない。自民党からすればあまりにちょろい野党であり、弱体化したはずの自民党の小渕政権はこれを存分に利用して乗り切った……が、じり貧状態はやはり解消できず、結局「悪魔にひれふして」小沢と手を組み、池田大作を国会に呼ぶぞと息巻いた舌の根も乾かぬうちに公明党も取り込むことになる。しかも新進党の解党によってさらに右派議員の割合が増加したことで、民主党に対する中道左派的なリベラルの期待とその実態との「ねじれ」はますます深まった。

小泉政権が誕生すると、民主党代表であった鳩山は頓珍漢にもエールを送った。民主党議員からは小泉政権はこちらのやりたかったことをやっているだけだという恨み節がもれてきたが、これは当時の民主党主流派の性格をよく表すものだろう。さらには前原は代表として「メール問題」で民主党を崩壊させかける。

皮肉なことに、この状況を打開したのが「右」に居場所のなくなった小沢であった。
「民由」合併はポジティブなものというよりも、両者ともに追い詰められての結果であったし、さらに小沢が民主党の代表に収まることにはリベラルからの警戒感は強かった。
それでも、小泉政権時からくすぶる年金問題によって「生活保守」感覚が高まり、「ネオリベ」型社会への疑念や嫌悪感も広がり始めていたのを受けて、小沢は民主党を小さな政府志向から再分配重視へと転換させたのであった。ここで「ねじれ」がついに解消され、大きなうねりを巻き起こし、創価学会票をものともしない高投票率を記録した選挙によって政権を獲得する。


言うまでもなく、鳩山をはじめとする民主党の面々が政権運営を甘く見ていて準備不足であったことは間違いない。福田内閣時に小沢がやろうとして党内から猛反発をくらった大連立構想は、これを懸念したものだともされる。同時に、官僚を中心とするエスタブリッシュメント側の反発が想像を超えるものであったことも確かだ。とりわけ検察は、見込み捜査に失敗したにも関わらず執拗に小沢の首を狙い続けた。第二次安倍政権以降の検察と比較すると、当時の検察の動きがいかに異様なものであったのかがわかるだろう。

小沢という政治家をどう評価するにせよ、明らかな不当捜査に対して民主党は団結してこれに対抗せねばならなかったにも関わらず、小沢と距離を置く議員はむしろこれを奇貨として、小沢の追い落としばかりか小沢一派の追放まで図ることになる。

かつて「社会党とは違う」ということを必死にアピールしようとしていた民主党は、今度は「自民党と変わらない」ということをアピールしようとすることになった。そして悪い意味で自民党議員以上に自民党的政治家である野田佳彦がトップに立ち、リベラルの期待は完全に打ち砕かれた。中道左派的な民主党支持層は、共産党への消極的支持へと流れていった。

80年代以降「サヨク」への忌避感が植え付けられ、これにより「自民党以外が政権を取ると混乱が起きて大変な事態になる」という刷り込みが行われた。現在の二十歳前後であっても、第一次安倍政権から福田・麻生政権の自民党のグダグダっぷりを目の当たりにしているはずなのであるが、これが民主党政権の失敗によって上書きされ、なかったことにされている。

一般的にエンターテイメント産業はリベラルであったり左派的であったりする傾向が強いが、ここ30年ばかりの日本はその例外である。とりわけテレビの右傾化はここ十数年でおそろしいほど進んだし、若年層への影響も無視できないだろう。先日も池上彰が世界各国を「親日国」と「反日国」とに色分けして「解説」をするという番組があったそうだが、このようなパラノイアに冒された独裁国家のプロパガンダ放送のようなものが地上波のゴールデンタイムで放送され、しかも高い視聴率を取り、おそらくは「真面目」な番組として消費されているという惨状である。


第二次安倍政権を支える最大の心理がシニシズムであろう。世論調査では以前から一貫して安倍政権への政策的評価は低いし、安倍個人の人格への信頼度も低い。それでも高支持率を保っていたのは、「政治なんて自民党にまかせておけばいい」、「もう一度政権交代するくらいなら民主主義なんてやめたっていい」といった心理のなせる業であろう。安倍が未だに民主党政権の批判を繰り広げるのは、このシニシズムこそが生命線だと考えているからだろう。

現在の自民党は、「自民党に投票しない奴はアカだ」的なムラ社会的保守性の残滓、右翼ポピュリズム、そしてこのシニシズムに支えられ、選挙ではさらに創価学会からの票ももらえる。

このシニシズムを揺さぶったのがモリカケ問題というあからさまなネポティズムであったが、日本社会にこびりついたシニシズムの強力さは、国会で追及されたくないがために憲法を無視して国会を開かないでいたら支持率が上昇したという、普通では考えられないような状況に表れている。ネポティズムへの嫌悪をも上回るシニシズム支配こそが、野党の分裂以上に今回の自民党の「勝利」の最大の立役者であろう。

僕は安倍政権が一刻も早く終わってほしいと思っているが、その最大の理由は、ただでさえ脆弱だった日本の民主主義の土台が安倍政権によってさらに腐っていっているからだ。安倍政権が終わろうとも腐食した基礎は残り続けるし、これは後々まで禍根を残すことになるだろう。

そしてこれは狭義の政治に限らない。第二次安倍政権誕生以降、日本社会において「正義」や「正統性」を求める意識は大きく後退した。東芝が行ったことは粉飾決算以外の何物でもないが、お縄を頂戴した人間がいないばかりか、事実上税金での支援まで行われている。さらには日銀や年金などの資金で東芝の株価を買い支えたという疑いも濃い。またここにきて不正が発覚した神戸製鋼もやはり、これらの資金によって株が買われている可能性がある。不正を行った企業を救済するためにさらなる不正行為が行われていても、それがたいした騒ぎにならないのが日本社会の現状である。日産を含め、日本有数の大企業の不祥事が相次ぐ中、選挙期間中に一貫して株が上がり続けるというのは(利益確保のために一息つくことさえなかった)あまりに不自然であり、日銀等が安倍援護のために株高を演出した可能性が高いが、これにも無感覚である。

90年代以降の「リアリスト」志向は若年層をコンフォーミズムへと導いた。体制に逆らうのはアホのやること、強いものを利用してうまいことやり抜けるのが賢い振る舞いだという発想もまた、シニシズムとの相性は抜群だ。若年層は、おそらくはそこまで自覚的であるのはごく少数で、多くは権力、権威、体制といったものに従順であることが内面化されきってしまっているのであろう。


トランプという存在は結果であって原因ではないと書いてきたが、これは第二次安倍政権についてもあてはまる。僕の世代は阪神淡路大震災やオウム事件などと十代で出くわしているし、僕自身もそれらに衝撃を受けてはきたが、僕が心から「日本社会の底が抜けてしまった」と感じたのは、イラク人質事件であった。「自作自演説」がとびかったが、それを官邸が意図的に広めたことが明らかとなったときに、これでさすがに小泉も見限られるだろうと思った。ところが、相も変わらず高支持率を維持し続けたのであった。もともと小泉のことは嫌いであったが、ここまで下劣極まりない人間であったかと反吐の出るような気分にさせられたし、それ以上に、その下劣さを見せつけられても平気でこれを支持し続ける人がこれほどいることに、恐怖すら感じた。小泉はこれ以外にも、「自衛隊のいる所が非戦闘地域」をはじめ、国会を愚弄する発言を繰り返し行ったが、日本社会はこれを受け入れてしまった。小泉は選挙で退場させられたのではない。小泉は安倍晋三を「後継者」に仕立てたあげたが、安倍はまさに小泉の「後継者」にふさわしい政治家だ。


このように長い過程を経て形成されたのが第二次安倍政権とそれを取り巻く環境であり、この流れを決定的に変えるのは容易なことではない。だからといって、毒を以て毒を制すとばかりに世論の保守化を利用して、右翼ポピュリズムを倒すために右翼ポピュリズムの力を利用しようとするのは本末転倒である。また防衛反応として、負けないためにシニシズムに身を任せることは、それこそシニシズムへの屈服に外ならない。

枝野について嫌味っぽいことを書いてしまったが、一方で枝野を見ていると人は変わるのだとも思う。彼はもともとはどちらかといえば自由主義者という意味でのリベラルであろうし、その方面ではある程度信頼はしていたが、決して中道左派的な意味でのリベラルではないとも思ってもいた。かつてのその珍妙な経済政策は悪評高く、また再分配政策に熱心であったという印象もなかった。しかし少なくともこの間の代表選挙での主張を見る限りでは(当人はそういわれるのを望まないかもしれないが)、十分に中道左派という意味でのリベラルだとすることができる。できれば政権にいるうちにそちらの方向に舵を切ってほしかったが、それを言っても詮方ない。卵が先か鶏が先かはわからないが、保守化が進んだ日本社会においてリベラル派は小粒な政治家が多かっただけに、メディアにアピールできる貴重な存在となったことは間違いない。

もちろん枝野個人の胆力に期待して指をくわえてまっていればいいというのではない。ここ30年近くに渡って「リベラル」の犯した最大の過ちは、永田町の離合集散にばかり関心を奪われ、足元を固めるのをおろそかにしたことだろう。かつての民主党の足腰の弱さは地方議員の少なさにも表れていた。世論の保守化をはるかにしのぐ右傾化が政界で進行したのは、ウヨることが手っ取り早く知名度を上げ、票とカネに結び付くと認識されたせいもあるだろう。例の日本会議にしても、よくわからんがとりあえず名前を連ねておけば得しそうだということで加わった政治家も少なくない。

地方議会選挙で、首長選挙で、リベラルであることは損にならない、票に結び付くのだという流れを作り、それを広げていく努力を続けていかなくてはならない。シニシズムにとりつかれ保守化した若年層を嘆き、選挙に関心を持たない人々に悪罵を投げかけたところでどうにもならない。「われわれが政権を獲得すればあなたの生活はよりよくなるのだ」というメッセージを伝えることができなければリベラルの勝利は有り得ないし、政治家をより大胆にそちらへと向かわせるには、投票以外も含めた政治への継続的コミットメントが欠かせない……と、自戒の念を込めて自分に言い聞かせたところで、このへんでいい加減に。

レミングは集団自殺しないが

政治部とワイドショーがある限り日本の政治はどうにもならないと感じてきたが、そのグロテスクさをこれ以上なく見せつけられている。

両者に共通するのが、内輪の論理こそが絶対であるということだ。政治家が極右であることは内輪の禁忌には触れないのでスルーされる。それどころか、人種主義や歴史修正主義を正面から批判することは逆にタブー化されてしまっている。飛ぶ鳥を落とす勢いの政治家の過去の言動と現在の主張との間の整合性を問おうとすれば、空気の読めないイタい人扱いされるのがオチだろう。

近年このような内輪の論理は、問い直されるどころかむしろさらに幅を利かせるようになり、その結果日本は、厚顔無恥な極右にとっては天国のような状況となった。

2012年に石原慎太郎が都知事を辞職し衆議院議員への出馬表明記者会見を行うと、HNKは延々とこれを生中継し、記者会見では厳しい質問は一切なされず、スタジオに登場した政治部の記者はひたすら今後の政局の話をしていた。これはNHKに限ったことではなく、ほとんどのテレビ、新聞が、石原都政のまともな検証作業を行うことはなかった。オリンピック招致(「黒シール事件」の実行犯が鹿島の社員であったように、石原はゼネコンとはズブズブの関係にある)、築地市場の豊洲移転といった問題はこのときすでに出ていたわけで、ここでまともな検証作業がなされていれば、それは違った形になっていたことだろう。

石原は山のように差別発言を繰り返すのみでなく、「余人をもって代えがたい」道楽息子を税金で食わせようとしたように都政の私物化は甚だしく、さらには新銀行東京をはじめ都に直接の損害を与える(つまり税金を溶かす)失政も繰り返した。しかしこれらについて、正面から石原に切り込んだ記者はいなかった。

小池百合子が極右陰謀論を垂れ流していたことなど1分もかからずに調べられるし、政治部の記者やワイドショーのスタッフが知らないはずはないが(仮に知らなかったとすれば、それはそれで論外である)、「過去のあのツイートはあなた本人がしたものなのか」といった程度の質問をぶつけるのすら禁忌にされるのが、政治部とワイドショーの内輪の論理なのであろう。

そしてこれは、日本社会に遍く広まっていっている。ワイドショーを見て小池に期待している人の相当数は小池が極右であることを知らないであろうが、仮にそれを知ったところで、やはり相当数が支持をやめることなく引き続き期待し続けるであろう。石原慎太郎がいかなる人物か知らない都民はほとんどいなかっただろうが、左うちわで再選を重ねた。強いものにはひたすら平身低頭し、叩いても安心な相手は居丈高に踏みつける。小池が石原を叩けば、あれだけ沈黙していたワイドショーも石原を揶揄するようになる。それを嬉々として消費するのが、日本人のマジョリティなのである。


ネットが政治に与える影響は無視できないが、「無視できない」という程度だとすることもできる。地上波とそれに準ずる影響力を持つテレビさえまともであれば、極右はそれほど伸長しないし、逆にこれらが極右に親和的であれば、極右は瞬く間に広がると思っている。ドイツでAfDがあそこまで伸びたのは衝撃といえば衝撃であるが、一方で周辺諸国と比べるとあの程度で済んでいるといってもいい。もちろんこれはドイツ一人勝という経済状況の反映でもあるが、同時に、ドイツの地上波のテレビが極右によるデマを垂れ流しているという話は聞かないし、その影響もあろう。

先のアメリカ大統領選挙共和党予備選の序盤、CNNは狂ったようにトランプの一挙手一投足を無批判に垂れ流し続けた。報道に強いとされていた(と過去形にしてしまう)CBSの社長は、トランプ現象はアメリカにとっては悪いことだがCBSにとってはいいことだという趣旨の発言をする始末だ。

先日ふとテレビをつけたら、NHKの『ニュースウォッチ9』がやっていたのだが、スポーツコーナーとはいえ、VTR中に「ワイプ」で女性アナウンサーが必死の「顔芸」を披露しているのに出くわし、ついにここまできたかと嘆息してしまった。これは安倍や籾井などとは関係なく、「ワイドショー的論理」が浸透していることの表れだろう。ワイドショーといえば四六時中ワイプであり、平日夕方の自称ニュース番組もワイプであふれかえっている。ワイプは同調圧力による「踏み絵」だ。ワイプにケチをつけるようなスタッフはいらないし、ワイプで顔芸を披露できないような人間はスタジオに置いておけないし、ワイプという演出を受け付けない視聴者など相手にしない、そういうことなのだろう。

日本のテレビはといえば、NHKを含めて最早FOXニュースレベル(あるいはそれ以下)の番組がほとんどという暗澹たる惨状であり、大阪にいたっては地上波ですら極右トークラジオ並みのテレビ番組が平然と流されている。

トランプが大統領に当選すると、ニューヨーク・タイムズ等の新聞が腰砕けになるのは時間の問題だと考える人は少なくなかった。しかし、地上波のテレビ報道がほとんど存在感がない中、新聞や雑誌は気を吐き続けている。これはトランプ政権が想像を絶するほどひどすぎるということもあろうが、9・11後にNYTを含めほぼすべての大手メディアがブッシュ政権の提灯持ちと化し、アフガン侵攻、イラク戦争へ駆り立てたるのに大きな役割を果たしたという過去への反省もあろう。一方テレビは、とりわけ2004年にダン・ラザーと『60ミニッツ』が右派から袋叩きに合った後遺症からまだ抜けられていないし、それを克服しようとすらしていないかのようにも見えてしまう。

日本のメディアがこれを他山の石としているのかといえば、極めて疑わしい。アメリカなら、共和党でもかなり右寄りであるポール・ライアンあたりでも全力で批判するようなレベルの人間が、日本では新聞やニュース番組で「識者」や「コメンテーター」として登場してしまっている。その是非を議論することさえ社内で行われている形跡はない。

フェイクニュースが云々とされるが、「日本も他人事ではない」どころか、むしろ世界が日本化しているというほうが適切であろう。日本の主要メディアはフェイクニュースの話題を扱う際に日本の事例に触れないことがほとんどであるが、これと面と向き合えば、右翼政治家・文化人等を批判せねばならなくなるし、この連中の言動を垂れ流した自分たちと向き合わねばならなくなるが、そのようなことをする気概も意欲もない。


とりわけ満州事変以降、日本の新聞雑誌が戦争を煽り続けたのは、軍部の圧力もさることながら、経済的動機が大きかった。国連けしからん! 蔣介石を懲らしめろ! ニッポンスゴイ! ニッポン強い!とやれば、わんさかと売れたのである。

「潮目」が変わったら? 政治部やワイドショーの連中は、相変わらずしたり顔で政局解説を行い、薄ら笑いを浮かべて叩きやすいものだけを叩き続けるのだろう。


新聞やテレビにも、まともで優れた記者がいることはわかってはいるが、今の状況を前にしては、レミングは集団自殺をしないが、日本人は何度でも集団自殺をするのだろうという気分になってくる。

腹立ちまぎれに書いたのでとっちらかってしまったが、ほんとにこれどうすんのよと思うが、あいつらは責任取る気なんて一切ないんでしょうよ。

ヘレロ族の虐殺とその後

トマス・ピンチョンは『V.』、『重力の虹』の中で、1904年に起こったドイツによるヘレロ族虐殺を取り上げている。ナチスによる蛮行に先立つこと約30年、すでにドイツはある民族を絶滅させるという意図をもって大虐殺を行っていた。しかしドイツは当時激しい国際的な批判にさらされることはなかった。これがアフリカで起こったことで、被害者がアフリカ人であったためだろう。このことからわかるのは、ユダヤ人やロマ(ジプシー)、障害者、同性愛者などの大虐殺をナチスのせいにだけ帰することはできないし、またドイツ人のせいにだけすることもできないということだ。もしこの時ドイツがその行いによって国際社会から強く批判され、ジェノサイドを防ぐための国際法や条約が作られていたなら、その後の世界史は違ったものになっていたかもしれない。ピンチョンがこの虐殺に注目した理由は明らかだ。


EconomistにSalt in old wounds What Germany owes Namibiaという記事があり、ピンチョンのファンとしてもなかなか興味深かったので、その内容をざっと紹介する。

ドイツの政治家の中には罪を認め、とりわけ虐殺から100年目にあたる2004年には反省の気運も高まり、これを「ジェノサイド」だったとした政治家もいたほどだった。しかしドイツとナミビアとの間で謝罪と補償の交渉が始まると、複雑な展開を見せることになった。

ヘレロ族と、同じく虐殺・迫害の被害にあったナマ族の有力者の一部が、国を超えてジャノサイドなどの国際法違反を審理できるニューヨークのAlien Tort Statuteに、補償はヘレロ族とナマ族へ直接行うよう訴えたのだった。というのも、現在のナミビアで中心的存在となっているオヴァンボ族はこの蛮行の被害とは無縁であったためだ。ナミビアの友好的な交渉役であった人物はヘレロ族出身であったが、彼は裏切り者という批判を浴びることになった。こうした動きにナミビアの財務大臣は「部族主義が醜い首をもたげた」と非難するのであるが、彼はといえばドイツ系なのであった。

ドイツの官僚側では、補償交渉中に「G-word(ジェノサイド)」を避けようとする動きが支配的となった。ある高官は国連のジェノサイド条約が締結されたのは1948年のことで、それ以前に起こったことなのだからこれはジェノサイドにはあたらないとし、「倫理的には不満を感じる人がいるかもしれないが、法的にはそのような立場をとる」と語っていた。これに対しジェノサイドだという告発を支援するドイツ人歴史家は「たわごとだ」と憤る。「まるで弁護士のような言い草で、倫理や政治的責任について考えていないではないか」。

なおTelegraphのこちらの記事には、2016年にドイツはこれまでの方針を変え公式に「ジェノサイド」であったと認め、謝罪したとある。Economistのこの記事はどこまでが過去で、どこからが現在進行形なのか時系列がわかりづらい。


ナミビアではかつてほどではないとはいえ、依然としてドイツ系がビジネス、農業で優位な立場にある。ナミビアのドイツ系住民は、ジンバブエであったように、農場が補償という名目で没収されるのではないかと戦々恐々としているという。

ナミビアのドイツ語メディアにおいて「ジェノサイド」という表現は禁句であった。そしてナミビアのドイツ系住民の多くは、引退した農民で第二の人生として虐殺を否定する著述に手を染めるようになったある人物の意見に共鳴しているようだ。その人物によれば、ドイツ人もヘレロ族に襲われて被害に合っておりヘレロ族への殺害は一方的なものではなく、また絶滅指令はすぐにベルリンから取り消されたにもかかわらずヘレロ族の被害は実数以上に過大に見積もられており、そしてナミ族が収容所や砂漠へ追い立てられたのも意図的なものではないため、これらをジェノサイドとは呼べないというのだ。
ドイツの歴史家はこのような主張を「否認論者」によるものだと一刀両断切り捨てている。

ドイツ系住民が通うナミビアのルター派の監督は、ドイツ人に負うべき罪があることは認めるものの、「ホロコースト」と同一視されるべきではないと言い、過去を引きずりだしてこれを歴史的連関に架橋しようとする人に我々は非常にフラストレーションを感じている、とまでしている。

ある農夫は祖父のことを思い起こしている。プロイセンの男爵だった祖父は1913年にこの地にやってきて、1915年、第一次世界大戦中にイギリスに牛を没収されていた。「私もイギリスに補償を要求すべきなのかもな」とこの農夫は「冗談」を口にした、というところで記事は締めくくられている。


なるほど、確かにこの男爵は虐殺後の移住したのであって、直接手を下したわけではない。しかし彼がアフリカで農園を営むことができたのはドイツがここを植民地にしたからで、その植民地を維持するためにこの大虐殺は行われた。そして孫の世代が依然としてナミビアで特権的地位にあるのは、それだけ植民地時代の残滓が色濃いからである。こういった事実への反省的視線を一切欠き、相対化してはならない過去を相対化しようとする「冗談」が口にされるというのは、なんともグロテスクだ。植民地支配からの多大な「恩恵」を散々享受しながら、むしろ被害者意識にかられているというのは、あまりに身勝手な論理であろう。

そしてナミビアのドイツ系住民にはびこる否認論を見ると、史料の恣意的なつまみ食いという歴史修正主義者の手口はどこにおいても同じものだと嘆息してしまう。

歴史問題において日本は、とりわけ60年代以降の(西)ドイツにおける取組から学ぶべき点が多々ある。しかしまた、いたずらにドイツを理想化するのにも危ういところがあるのも事実だ。ドイツの官僚が交渉を優位に進めるために「ジェノサイド」という表現を避けようとしというのはその一端であろう。もしこれがヨーロッパの白人相手であれば同じ手法をとったのだろうかと考えると、ピンチョンがこの問題を取り上げたことの慧眼を改めて評価したくなる。

同時に「ドイツだって一皮むけばこうなのだから……」と日本に蔓延る歴史修正主義を相対化し、正当化するような動きには警戒しなければならない。むしろあのドイツですらこのような対応なのだから、日本の右派政治家や、とりわけ官僚(とりわけ外務官僚の右傾化は極めて深刻な状態にまで至っているが、主要メディアはこの問題にほぼ沈黙してしまっているためにそのことが多くの日本人には不可視化されてしまっている)が、国連をはじめとする国際社会でいかなる振る舞いに及んでいるのかを、一層注視しなければならないとすべきだろう。



『パディントン』と若年層の政治性

ようやく『パディントン』を。





ほぼ予備知識がなかったもので(原作の絵本も読んでいなかった)、「難民問題にもさりげなく目配せしたものらしい」みたいなイメージだったのが、実際に見てみるとそうではなかった。さりげなく目配せどころか、ど真ん中に直球を投げ込むかのような作品であった。

伯爵……じゃなくってパパの言う、関わり合いになるとロクなことにならない、同情を引こうとしてウソをついている、可哀そうに思うかもしれないが住む世界が違うんだ、といったことはそのまま今日の難民に浴びせられる視線そのものだ。

『パディントン』の素晴らしいところは、ストレートな正しいメッセージと、子ども向け作品という本分を踏み外さない良質なエンターテイメント性とが無理なく両立していることだ。「実は大人も楽しめる」という言い訳によって子どもを置き去りにすることもなく、また子ども向けなんだからこんなもんでいいだろうといった安易さとも無縁である。

動物擬人化はなんだかんだいってやはり可愛いし、セロハンテープぐるぐる巻きのパディントンといったスラップスティック調、耳垢たっぷりの歯ブラシのような子どもが大好きな「下ネタ」、複線とその回収もわかりやすいがあざといというほどではなく、『ミッション・インポッシブル』などの映画のパロディも、大人向けというよりは元ネタを知らなくても子どもでも楽しめるもので、様々な笑いに満ちたきらびやかなフルコースといった感じだ。

大まかに分けると同じカテゴリーに入れていいであろう『ズートピア』がアメリカでは作られたが、英米でのこのような流れをどう考えたらいいのだろうか。

イギリスのEU離脱を問う国民投票では、若年層は世論調査では残留派が圧倒的であったが、投票率は低かった。アメリカ大統領選では、白人に限定しても若年層はクリントン支持が上回っていたが、こちらも投票率は低かった。あるいは英米の若年層にとっては、多文化主義をはじめとする社会の変化の流れはすでに決したもので、積極的に守り、育んでいかねばならぬのだという感覚さえない自明なものであり、そのせいで逆に投票率が低かったということもあったのかもしれない。

このたびのイギリスの総選挙では、労働党は勝利したとはとてもいえないが、それでも事前の予想を覆し党勢のある程度の回復に成功した。その要因の一つが若年層の投票率が高く、その多くが労働党へと票を投じたことである。保守党(というかメイ個人)の自滅という要素も大きかったとはいえ、「ブリグジット」の衝撃が若者を動かしたという面もあったのかもしれない。来年の中間選挙、また次の大統領選挙でアメリカの若年層がどういった政治行動を取るのかは、こういった観点からも注目できるだろう。


『パディントン』の監督は僕と同世代であるが、残念ながら日本のこの世代のクリエーターに『パディントン』や『ズートピア』のような作品を作ろうという気概のある人がどれだけいるかといえば、胸を張れそうにはない(単なる僕の無知ゆえの偏見であって、実際にはそういう流れはすでに生じているということであればいいのだが)。

多くの国で右傾化が生じているが、その担い手は基本的には中高年(さらに付け加えると男性)である。韓国の大統領選挙を見ると、保守的な中高年層と進歩的な若年層のグラデーションは一目瞭然だ。ところが日本の場合、世界的に見てかなり稀どころか、一応は民主主義とされる国においては唯一無二かもしれないほど若年層に保守的な傾向が強い。「選択肢がない」というだけではこの現象に説明をつけることは難しいように思える。

この若年層の政治的傾向の違いは、正しさへの感覚に表れているだろう。日本では公正さや公平さ、普遍的正義への感覚が希薄で、最も強い「イデオロギー」(あえてこう言おう)は「長いものには巻かれよ」であるかのように映る。日本の若者はある角度から見ればすごく「いい子」であるが、また別の角度から見れば個性に乏しく、権威・権力に「従順」である。

学生運動というと大学と反射的に考えてしまうかもしれないが、『高校紛争』(小林哲夫著)にも描かれているように、60年代末から70年代初頭にかけては高校でも学園闘争が行われた。同書にあるように村上龍の『シックスティナイン』は、69年の龍自身の高校時代の経験を描いたものである。

一部の学校では学生の自治といった果実が実ったが、大方の高校の「解決策」が高校生の政治活動の禁止であった。政治への忌避感を植え付けることで、高校生の側でも政治に関心を持つのは変な人、権力に逆らうのは愚かな振る舞いという価値観が内面化されていったとも考えられるし、その過程を過小評価することはできないだろう。

先日話題になった都立高校の「地毛証明書」の提出であるが、これは黒髪直毛のみが「正しい」もので、それ以外は逸脱と見なしている点で管理教育云々という以前に明らかな差別であるが、どこかの高校の生徒会がこれに抗議したり問題化したという話は聞かない(表に出ていないだけであったのかもしれないが)。教育問題においても被害妄想にかられている日本の右派であるが、実態としては教育において右派は一方的な勝利を収めたし、これもその結果であろう。

社会を支配する「コード」を疑い、あるいはクリティカルに分析するのではなく、その「コード」があるのならとりあえず従っておけばいいし、それが正しいのか否かを問うなどというのは愚かしいことで、そこからはみ出る存在は社会から不可視化されてそれでおしまいとなる。どう振る舞えば自分が一番損をしないか、その「賢さ」こそが日本の若年層の「保守化」の正体かもしれない。

「近頃の若いのは」と言い出したら年を取った証拠とされるが、言い訳をさせてもらうと日本の若年層の政治的傾向の特異さはすでに書いたように主観に基づくものではなく、国際的なデータの比較をしてやはり突出したものだろう。とはいえ、若年層だけの問題なのかといえば、もちろんそうではない。

東芝の経営陣の不正行為に気づいていた人間は内部のみならず監査法人等の外部も含めて相当数に及ぶはずだが(もちろんほとんどが中高年)、ほぼ全員がこれと正面から対峙することなく、問題を放置し、取返しのつかないところにまで悪化させた。余計なことをして目をつけられるような真似はしたくないという、個人として「損をしない」選択を重なった結果、企業としてとてつもない損失を出し、会社自体が風前の灯火となりかけている。さらにいえば、東芝がここに至ってまだ「生き残って」いるのは、この巨額の損失と不正が「国策」である原発事業の結果であるためだろう。そもそもがこのレールを引いたのが経産省である疑いは濃厚であり、「国策」であるゆえに不正が看過されている疑いもまた濃厚である。

実体としての権力というよりも、抽象化された権力、権威の顔色を窺い、ご機嫌を損ねないよう振る舞うのが「賢い」ことだというのが、あらゆる層に浸透しているのが現在の日本社会であろう。

さらなる卑近な例を出せば、「プレミアムフライデー」なるものがある。うまくいかなかったことに驚いている人がいたら驚きであるほど、馬鹿らしいとしかいいようのない企画であるが、民間企業が勝手に始めたのなら「ご勝手に」というところであるが、音頭を取ったのは政府であり、おそらくは少なくない額の税金が広告代理店などに投入されているのであろうが、これが検証されることはないのだろう。どこぞの愚かな人間が政策に影響力を持ってしまい、その愚かな人間による馬鹿げた発案が現実化しようとしても誰もこれを止められず、大手民間企業も主要メディアもおそらくは本音では馬鹿らしいと思いながらもこれに唯々諾々と協力をした。

そんなに消費を増やしたいのであれば、行政がやるべきは違法な長時間労働等をきっちり取り締まることであり、民間企業がやるべきは有給の消化を妨げるような体質を改めることであり、政治がやるべきは最低賃金の引き上げや非正規労働者への賃金をはじめとする差別待遇を解消するなどして、誰もが尊厳ある暮らしができるようにすることであるが、この馬鹿げたイベントが決まった際に正面切って批判した主要メディアは皆無であったし、「王様は裸だ!」と叫ぶべきコメディアンが「プレミアムフライデー」にまともな「突っ込み」を入れたという例も寡聞にして知らない。現在の日本の「お笑い」は本来ならそれを揺さぶる役割であるはずが、むしろ抑圧のコードを内面化するのに貢献してしまっている。

「長いものには巻かれよ」と批評精神の欠如こそが日本のテレビ(とりわけバラエティ)の惨状をなによりも表すものであろうし、これが平然と受け入れられている限りは『パディントン』や『ズートピア』のような作品は若い世代からは生まれないのではないかとも思えてしまう。

もちろんこれは隣の芝が青く見えてしまっているだけなのであるが、それを承知しつつも、『パディントン』を大いに楽しんだからこそ、暗い気持ちにもさせられてしまったもので(酔った勢いで)与太をついダラダラと。




チャップリン演説再び

Soldiers! don’t give yourselves to brutes - men who despise you - enslave you - who regiment your lives - tell you what to do - what to think and what to feel!

兵士たちよ! 獣どもに身を委ねてはいけない。奴らはあなたを見下し、奴隷にし、生き方まで統制して、こうしろ、こう考えろ、こう感じろとまで命令するんだ!


ご存知チャップリンの『独裁者』のあの有名な演説より。




今これを聞くと、兵士たちへの呼びかけをアメリカ市民に、あるいは日本を含む多くの国の市民に置き換えてもそのまま通じるように思えてきてしまう。

「理性の基準に従わない世界の様々な動向を、主体的な努力によって制御することができる」と信じた啓蒙が、「過酷な現実が延々と広がる一様性」しか認めず、「勇気をかなぐり捨て、あらゆる積極性をはなから欺瞞と決めつけ、ひたすら無事に生きることに徹する頑なで曖昧な賢さ」となり、理想に対して侮蔑や嘲笑を浴びせかけるようになるまでに変質していく過程を描いたスローターダイクの『シニカル理性批判』を読んでふと思い出したのが、この演説だった。

『シニカル理性批判』の感想の中で、日本におけるシニシズムの一つの表れとして啓蒙を「口うるさい学級委員長」といった程度のものへと矮小化しようとする「80年代的感性」をあげたが、それは僕自身がまさにこの中で育ってきたからでもある。日本の「80年代感性」においては、チャップリンのこの演説に素直に感じ入ってしまうことほど恥ずかしいものはないだろう(「チャップリンなんてあんなものお涙頂戴じゃないか」となる)。

芸能人になんて説教されたくない、ましてやそれが「正しい」ものであればあるほどムカつく、という感性は、いつの時代にもどの地域にもあることだろう。『チャップリンとヒトラー』(大野裕之著)によると、公開当初はアメリカでも批評家筋にはこの最後の演説は圧倒的に不評であったようだ(これには内容そのものさることながら、あえて映画文法を逸脱させたその手法への冷ややかな視線も含まれているだろう)。

チャップリンのこの演説は啓蒙的というよりも、素朴なヒューマニズムに根差したものだとした方がいいだろう。それだけ率直にして切実な訴えであると受け止められると共に、その分だけ「恥ずかしい」ものと感じる人も出て来ることになる。

啓蒙によって懐疑精神を得た人間は、世界を変えていこうという理想をも懐疑するようになり、「人間的な文化が生んだ様々な理想に言及するにしても、嘲笑か無効宣告という形でないかぎり、もはや耐えら」れず、「過酷な現実」の前に「ひたすら無事に生きることに徹する頑なで曖昧な賢さ」によって身を守ろうとする誘惑にかられ続けることになる。

スローターダイクが書くように、これは近年になって突如生じたものではなく、長い年月に渡って繰り返されてきたことだ。しかしだからこそまた、チャップリンの素朴なヒューマニズムに基づくメッセージもまた普遍性を持つことともなる。


Then - in the name of democracy - let us use that power - let us all unite. Let us fight for a new world - a decent world that will give men a chance to work - that will give youth a future and old age a security. By the promise of these things, brutes have risen to power. But they lie! They do not fulfil that promise. They never will!

さあ、民主主義の名の下に、この力を使おう。みんな団結するんだ。新しい世界のために戦おう。人びとに働く機会を与えてくれる、若者には未来を、老人には安心を与えてくれるまともな世界のために。こういうことを約束して、獣どもも権力を持った。でも奴らは嘘つきだ!こんな約束など守ってくれはしない。奴らは決してやりはしない!


シニシズムにとり憑かれた人びとやそれに煽動される人びとに、啓蒙やヒューマニズムによって対抗できるのかは、近年の世界各地の動きを見ると心許ないというのが正直なところでもある。しかしチャップリンの演説が教えてくれるのは、働く機会が与えられ、若者が未来を夢見ることができ、老人が安心して暮らしていける社会こそが昔から多くの人が望んでいるものだということだ(貧困家庭出身のチャップリンは何よりもこのことを強く感じていたことだろう)。

アメリカでは1930年代にF・D・ルーズヴェルト政権によりニューディール政策が始まり、イギリスでは45年に労働党が保守党を破り福祉国家へと一気に舵を切った。アメリカでもイギリスでも共和党/保守党への政権交代はあったが、ニューディール体制、「揺りかごから墓場まで」の福祉国家は維持されていった。最大の理由は有権者がそれを望んだということだが、もう一つ重要なファクターは、共産主義の拡大を防ぐことであった。完全雇用と分厚い社会保障は、国民世論の左傾化への防波堤としても機能した。

多くの人が「革命」に希望を託すことができなくなると、右派は安心して福祉国家を破壊し、完全雇用と分厚い社会保障を葬り去ることに一切のためらいをもたなくなった。それがサッチャー/レーガン以降の英米であり、多くの国がそれに追従した。こうして破壊されたのは、左傾化への防波堤ではなく右傾化への防波堤であった。不安と猜疑心に支配された「過酷な現実」である世界は、歯止めなく右へ右へと落ちていくし、これこそが右派の狙いであった。

ここで行われるようになったことを右翼的グローバリゼーションとでも呼んでもいいのかもしれない。サッチャーやレーガンがまず血道をあげて取り組んだのが労働組合の弱体化であり、社会保障の削減だった。失業者や貧困者が社会保障を受け取ろうにも、19世紀に逆戻りしたかのような過酷なミーンズテストによって尊厳が傷つけられ、スティグマ性は高められた。失業しているということは、貧しいということは、同情ではなく再び蔑視の対象とされるようになってしまった。失業への恐怖心は高められ、仕事を失いたくなければ低賃金、劣悪な労働環境、不安定雇用を受け入れるよう迫られる。頼れる組合はもうなく、それどころか組合は雇用の敵だという考えすら植えつけられる。国境を越えて労働者を入れ、国境の外に仕事を出して企業は利益を出すが、経営者や富裕層は税金を払うことすら拒み、自らの手にその利益を抱え込むだけで、とりわけブルーカラーの労働者たちは国の指数でどれだけ景気が良くなろうともその恩恵をまるで感じることができない。政治家や経営者たちは矛先がこちらに向かわないように、「移民が仕事を奪った、外国人によって社会保障が食い荒らされている」という世論を作り出す。移民やアウトソーシングのおかげで自分たちは利益をあげ、労働者を締め上げて、労働者や貧しい人びとを反目させ合い、連帯を阻み、孤立化させ、わかりやすい「敵」をでっちあげることで政治的に吸い上げていく。サッチャーやレーガンをはじめとするいわゆる「ネオリベ」の政治家が総じてナショナリズムを煽りたて差別的政策を取るのは偶然ではない。

またこういった政治家は往々にして国家への奉仕を求め、「伝統的価値観」を擁護し、個人主義の「行き過ぎ」を批判するのであるが、実際にやっていることはといえば、中産階級以上の階層に「もうこれ以上社会保障を手厚くすることはできない、そんなことをしようとすれば税金が上って馬鹿を見るのはあなたたちだ、失業や貧困に陥るのは自己責任による自業自得であり、外国からあなたがたの税金にたかりに来る連中になぜカネを与えなければならないのか」と、失業者や貧困者、移民、さらには難民までをも蔑むよう誘導し、保身を第一に政治行動を取るよう促す。


右傾化への防波堤が何であるかは言うまでもない。とはいえ、確かにニューディール体制やイギリス型福祉国家を現代にそのまま蘇らせることは困難だろう。しばしばし指摘されるように、福祉国家は政治的には国境が閉じられていることが前提となっていることが多く、北欧諸国が高福祉を実現できたのもその影響が大であろう。北欧諸国も右派によって移民を制限するか福祉国家を放棄するかという選択が持ち出されるだろうし、すでにその兆候は表れてきている。

偏見に凝り固まり、差別に煽動されてしまう人の多くが被害者意識を抱いていることだろう。確かに慣れ親しんできたつもりの社会が大きな変化を迎えると、不安にかられるのは当然のことだ。しかしだからといって、不公正な社会を改善するためには啓蒙の理想に基づく社会を築く夢を放棄し、社会的不公正よりも経済的不公正に集中的に取り組むべきだという「戦略」をとることは極めて危うい。アメリカの「白人ブルーカラー層の声も聞け」という主張そのものは正しい。そして被害者意識によって差別や偏見を正当化する人びと(もちろん白人ブルーカラー層のすべてがそうだというのではないし、ミドルクラス以上の階層にもこういう人は大勢いる)にどう声を届けるかというのは左派にとって重要な課題であるが、しかしその答えは差別や偏見に目をつむれということではないはずだ。そこを転倒させて、「あれかこれか(社会的不公正と経済的不公正のどちらに優先的に取り組むか)」という「戦略」を取ることは、一見すると「現実的」なようで右派の罠に落ちているにすぎない。

「decent world 」を築くのだという意志と勇気を失い、強欲と憎しみと不寛容に屈しては、世界は「獣ども」の手にむざむざと落ちていくだけとなってしまう。


Dictators free themselves but they enslave the people! Now let us fight to fulfil that promise! Let us fight to free the world - to do away with national barriers - to do away with greed, with hate and intolerance. Let us fight for a world of reason, a world where science and progress will lead to all men’s happiness. Soldiers! in the name of democracy, let us all unite!

独裁者どもは自分たちは好き放題やり、大衆を奴隷にする! さあ、まともな世界を築くのだという約束を実現するために戦おう! 世界を解放するために戦うんだ。国を遮る障壁を取り払おう、強欲と憎しみと不寛容を払いのけよう。科学と進歩が全ての人間を幸せにする理性ある世界のために戦おう。兵士たちよ! 民主主義の名の下に、皆で団結しよう!


青臭い? 気恥ずかしい? まあね。でもそう言われ嘲笑われることを恐れるあまり「賢しら」になることこそが「獣ども」の望みであるのだから、むしろ今こそ堂々とヒューマニズムと啓蒙の旗を掲げ、カントが希望を抱いていた「みずみずしい性質の勇気」を再び持たなければならないのだと、久しぶりにこのチャップリンの演説を見て、自分自身にそう言い聞かせている。


プロフィール

佐藤太郎(仮)

Author:佐藤太郎(仮)
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