『メイスン&ディクスン』

『逆光』発売記念!ということで『メイスン&ディクスン』の感想。




ジョン・レノンの「イマジン」ではないが、
僕らは国境のない世界を想像することができる。
そしていつの日にか、そんな世界が実現するかもしれない。
僕らは私有財産のない世界を想像できる。
そしていつの日にか……無理かもしれないが、
でも想像ならななんでもできる……のか?

僕らは測量のない世界を想像できるだろうか。
もちろん太古の昔は人類も測量なんてなしにやっていた。
そのころは国境もなく私有財産……はやっぱりあったのだろうか。

まぁいい。とにかく測量というものが一度確立した以上、
僕らはそこから逃れることはできない。
測量、それは見えないものに線を引くこと。
自然界には存在しない線を。

もちろん測量士を責めることはできない。
いや、それ以前に責める必要がない。
彼らは善意であり、僕らの生活の役に立っている。
しかし、やはりそこには暴力の影か潜んでいる。
線を引くことは、暴力でもあり得るのだ。

メイスンディクスンは実在の人物である。
メイスンは天文学者、ディクスンは測量士。彼らの名がなぜ今も
残っているのかと言うと有名な「メイスンーディクスンライン」を
測ったためである。

このラインによってアメリカは北部と南部とに分けられた。
つまり自由州と奴隷州とに。
もちろん二人はこんなことになるなど思ってもみなかったことだろう。
彼らは暴力に手を貸そうとしたのではない。
しかし暴力に触れてしまわざるを得ないのだ。

ピンチョンは二人に旅をさせる。
そしていたるところで奴隷制という暴力を
目の当たりにするのである。

人間が作り出した最も忌まわしい暴力の一つである奴隷制。
人間が作り出した線を引くためにはるばるアメリカへ向かう二人。
そこにはアイロニーがあるのかもしれないが、シニシズムではない。
クエーカー教徒でもあるディクスンは「反撃」にも出る。

人間が作り出した「暴力」、「悪」。
これはまた人工国家アメリカのメタファーでもある。
理想によって作られたアメリカは、また莫大な暴力の
製造者でもあった。
 
これがこの小説の最大のテーマであろう。
というとなんだかしかつめらしい作品のように思えてしまうが
そればかりではない。

もちろんあのピンチョンであるので決して
「読みやすい」ものではない。
正直言って僕も途中かなり道に迷い、相当なエピソードが
頭からこぼれ落ちてしまっている。

一方で、これまでのピンチョンの作品とは
いささか手触りが異なっているようにも感じた。
訳者あとがきの柴田元幸さんを引用すると

ピンチョンがここまで人物に寄り添う形で物語を書き進めたのは、
やはり初めてではないか
。(下p.553)

とあるがなるほど、という感じである。

『生半可版 英米小説演習』を引っ張り出してくると
柴田さんはこうも書いている。
(ちなみにこの本では「こんなもの誰が訳すんだろう」とあるけど
柴田さんが訳しましたよ!本の出版は98年)

すでにこれを僕より先に読み終えたSY氏が、
「要するに『東海道中膝栗毛』だよ、読んだことないけど」と言っていたが、
その通りだと思う。
メイソンとディクソンとは弥次さん喜多さんである、僕も読んだことないけど。

                                (p.143)

読み終えてみるとまさにそう!僕も読んだことないけど。
(SY氏はもちろん佐藤良明さんのことだろう)

ウィキペディア情報で恐縮だけど
ピンチョンは『M&D』を75年から書き始めたらしい。
つまり『ヴァインランド』よりも前から。

『ヴァインランド』はピンチョン自身の作品といより
ピンチョンのフォローワーが書いたのかというような印象も
受ける小説であった。

これは完全に僕の妄想だけれど、ピンチョンは『M&D』を書くために
『ヴァインランド』のようないささか「軽い」作品を
あえて通過しようとしたのではないだろうか。

ピンチョンといえばインタビューはおろか写真すら
公開しない作家である。
代わりと言ってはなんだけどピンチョンの「後継者」の一人である
リチャード・パワーズに登場願おう。

パワーズ 僕にとって〈心〉と〈頭〉は対極ではありません。
心の知と頭の知とどちらかを選ぶ、なんて必要は感じない。
僕にしてみればどちらも、我々が世界を翻訳するために使う
実に多くの技術の混合体なんです。
 「この本は理念に入れ込んでいるから、冷淡だ」
「心がない」「情に訴えるところがない」などと言う読者は理解できません。
知的情熱っだって、心の情熱とまったく同じように熱いものだと僕には思える。
両者を対極とは見ないだけでなく、両者とも同じ必死の思い、
世界にあるものを知りたいという同じ欲望につながっていると思う。

柴田 日本の読者はあなたの作品を冷たいとか、心がないとかいうふうには捉えていないと思いますよ。

パワーズ それはよかった。

                『ナイン・インタビューズ』(p.155)

僕が『メイスン&ディクスン』から感じたのは
温もりでもあった。これは見当違いの読みでもないと思う。

とか偉そうなこと言わんでも「博学英国犬(しゃべる犬!)ええわぁ」
「私メイスン萌え!」「私はディクスン萌えだもん!」なんて
読み方でもOK?!

柴田さんのインタビューはここ


『シンプソンズ』に出た(声だけだけど)ピンチョン!




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