『アルゴ』

『アルゴ』



ベン・アフレックの監督としては前作である『ザ・タウン』は好きな作品である。プロットが斬新であったり衝撃のラストが待っていたりするのではない。キャラクター造形も人間関係もとりたてて目新しいものではなかった。クライム・アクションとしては「ありがち」とすらいっていい設定であったかもしれない。しかしそれでも、『ザ・タウン』は非常に魅力的な作品であった。監督・脚本であるベン・アフレックはじめあらゆる人々が十分に役割を果たし、「きっちり」と作られていたためだろう。
『ザ・タウン』を見て、ベン・アフレックの監督としての資質は天才肌や芸術家肌といったものではなく、職人的なものではないかという印象を持った。

そしてこの『アルゴ』においても、その職人気質というものが遺憾なく発揮されているのではないだろうか。
偽映画の製作をでっちあげて人質を救出するという突飛な作戦が描かれているのであるが、これを過剰に描くことによってエキセントリックな風味をまぶし、コメディとすらいってもいいものに仕立てることもできたのだろうが、若干コミカルなシーンはあるものの、あくまで人質救出作戦という本筋は外さない。
実際の事件を基にしているので観客にはすでにその結末が見えているのであるが、それでも、とりわけ後半の展開というのはまさに「手に汗握るはらはらドキドキの冒険」というあまりにも平凡な言葉で語りたくなるほどの正攻法であり、またそれが成功している。


『アルゴ』について、イラン人の描き方が一方的であるということに留保をつける人もいる。
冒頭において、少々雑ではあるがイラン現代史を語り、イランの人々がなぜアメリカにあそこまで敵意を抱くのかが一応は紹介されている。そしてアメリカ人による在米イラン人への暴力を描くなど、イラン人のみを一方的に暴力的な「野蛮人」として描いているわけではないので相殺されている、と擁護することもできるだろう。とはいえ、確かにこの映画に登場する「暴徒」は、かつての西部劇における「インディアン」や、ヴェトナム戦争を描いた映画多くにおけるヴェトコンのように、「顔」のない不気味な存在としか見えないことは否定できないだろう。

イラン革命は宗教運動として始まったわけでは必ずしもなかった。イランという国には西洋で教育を受けるなどして近代的価値観を奉じるリベラル(自由主義)な人たちもたくさんいた。当初はこのようなリベラルによる反独裁運動が、宗教運動に「乗っ取られ」てしまったという側面も持つ(イランのリベラルたちの視点からこの革命を描いた作品にマルジャン・サトラピによる『ペルセポリス』がある)。つまり国中が「熱狂的」に燃え上がったのではなく、憤りや恐怖、とまどいを感じていた人も相当数いたはずなのだが、そのような「顔」を持ったイランの市井の人々は一人を除けば登場しない。

その人物はカナダ大使公邸で家政婦を勤めているサハルである。『アルゴ』はアフレック演じるトニー・メンデスの一人称映画ではない。メンデスが知りえないこと(まさにこのサハルによるある行為)も描かれている。ここで「政治的正しさ」へのエクスキューズを(もう少し身も蓋もない言い方をすると作品に「深み」を与えるために欲をかく)なら、サハルの両親は信仰心篤くこの状況に熱狂しているがが兄は世俗的リベラルでありサハル自身は信仰心に篤いが現状には疑問を憶え始めている、といったようにイランの人々の揺れる姿をサハルの家族を登場させるなどして描くこともそう難しくはなかっただろう。
もちろんヴェトナム戦争映画において、オリヴァー・ストーンの『天と地』のようにアメリカ人がヴェトナム人の心理を描くなどということが許されるのかという問題もあるのだが、そういった倫理的観点から禁欲的になったというよりは、むしろいさぎよく政治を脱臭化し、娯楽活劇に徹底したと考えたほうがいいのかもしれない(最後にカーターが語っている内容は非常に皮肉なものなのだが、それを知らなくても成立するものでもある)。

冷静になって後から振り返ると、アメリカ国旗が翻るのを背景に抱き合うなどいい気なもんだな、CIAが何をしてきたか振り返ってみろよ、という気にならないわけではないのだけれど、実際に見ている時はいささか過剰なくらいのサービス満載の脱出劇にすっかり酔いしれていた。
こういった割り切り方も含めて、やはりこれは「職人技」が発揮されたものと考えるべきであろう。ベン・アフレックという人は近年屈指のハリウッドにおける正統的な監督なのではないかという気にまでなってくる。
メンデスが覚悟を決める場面なんて、あれほどベタなショットもないんだけど、それでもしびれてしまいますものね。


ベン・アフレックは『ガーディアン』のインタビュー「Ben Affleck on Argo: 'Probably Hollywood is full of CIA agents …' 」で自らがCIAのエージェントであることを認めている(!)のであるが、このようなネタとしてのCIAとこの業界との関係ではジョージ・クルーニーの監督デビュー作である『コンフェッション』がある。有名テレビプロデューサーが実はCIAのエージェントで各国で秘密工作を行っていたという自伝(!)の映画化であるが、これを「真実の暴露」と受け取った人はほとんどいなかっただろう。しかしアカデミー賞受賞者に現実にCIAの協力が広く知れ渡った後でまた『コンフェッション』を思い返すと……やっぱりネタにしか思えないけど。
とはいえいかにもスパイというスパイなんてスパイ失格なのですから、もしかするともしかして……





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Author:佐藤太郎(仮)
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