『分解する』

リディア・デイヴィス著 『分解する』




原著は1986年に刊行された、デイヴィスの「実質的」なデビュー作である。いかにも短編小説といった形にまとめた作品もあれば、ほんの数行の、作品の構想メモではないかと思いたくようになるほどのそっけないもの、あるいは散文詩に近づいているような作品まで、多種多彩な短編集となっている。

その中で、本書収録の作品の多くが不安というものをモチーフにしている。「セラピー」や「情緒不安定の五つの兆候」といったタイトルにあるように、精神医学的な意味での不安もあれば、この世界や日常にぱっくり口を開けている、形容のできない不安に侵食されていくかのような作品もある。

この「不安」のヒントになっているのが、夫であったポール・オースターとの離婚をめぐる経過を描いたかのような作品であろう。気まずさや苛立ちと共に、過去のほのぼのとしたかのような回想風のものまであり、元夫の立場から書いたオースターの『孤独の発明』と読み比べてみるのもいいだろう。表題作の「分解する」は、女性と別れた男が彼女との過去を金銭的に計算して清算しようとして、かえって混乱していくことになるが、ここにデイヴィスの心理をつい見たくなってしまう。

とはいえ、もちろんデイヴィスは凡百の私小説作家などではない。「フランス語講座 その1 Le Meurtre」はフランス語の授業の模様を再録しているかのようで、血生臭い香りが漂ってくることとなる。「バイオリンのスズキ・メソードの創始者、鈴木鎮一の自伝をコラージュ」した「ある人生(抄)」や「W・H・オーデン、知人宅で一夜を過ごす」は伝記から適当に抜書きしたようでいて、並みの人間にはできない独特の雰囲気を醸しだすことに成功しており、デイヴィスの面目躍如といった作品になっている。デビュー作には全てがあるなんてことが言われるが、デイヴィスはやはりデイヴィスであり、その世界を堪能できる。


なお「訳者あとがき」で岸本佐知子は、「フランス文学のすぐれた翻訳家」としても知られていたデイヴィスが「フランス語の翻訳はひと区切り」として、「近ごろではさまざまな言語に関心の対象を広げている」ことに触れている。「ドイツ語、スペイン語はすでに習得し、現在はノルウェー語、オランダ語を独学中で、スペイン語で『トム・ソーヤー』を読んだり、オランダ作家A・L・スネイデルスやノルウェー作家ダーグ・ソールスターの小説を翻訳するなど、さまざまな試みに取り組んでいる」。

こちらにあるように、デイヴィスはノルウェー語を辞書を使わずに独習するという、なんとも凄まじいことをしているのであるが、これはフランス語をはじめとしてヨーロッパの複数の言語に通じているからこそできることで、良い子は真似をしないように!(というかできないが)。


またオースターは『内面からの報告書』で、かつてより直接的にデイヴィスとの過去について触れている。


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佐藤太郎(仮)

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