『ヒアアフター』


クリント・イーストウッド監督最新作、見てきました。
若干のネタバレありなのであしからず。

タイで休暇を過ごしていたフランス人ジャーナリスト、マリーは津波に巻き込まれ臨死体験をする。ロンドンでは双子の兄を事故で亡くしたマーカスはその現実を受け入れられずにいた。サンフランシスコでは霊能力者のジョージは、自らの才能を呪われたものだと嫌悪し、そこから逃れようとしている。死に直面した人々が運命の糸に導かれるように……

ってなふうにあらすじをまとめると、イーストウッドの作品でなければまず見に行かなかっただろう。
見た後もどうこれを消化したものやらというところでして。

イーストウッドの作品選びというのは独特のものがある。大量に送られてくる企画や脚本の中から気に入ったものを選ぶというのはまあ普通なのだが、たまにこの選定基準というのがはたから見ているとどうにも理解に苦しむようなことがある。本作もその一つであろう。

80歳を越えた老監督が「死」をテーマに選ぶというとなにやら重々しいものに感じるかもしれないが、本作ははっきり言っちゃって重厚さというものを感じ取ることはできないだろう。むしろイーストウッドがなぜこの作品を撮ることを決めたのかというほうに興味を持ってしまう。なにせ脚本はかなり稚拙であるように思えたのだから。

ジョージはディケンズの大ファンなのだが、これは「ご都合主義」ともとれる台本、偶然が多すぎること(あ、霊が導いてくれてるのかいな)への「言い訳」のように見えてしまう。「19世紀的な大団円」であって細かい突っ込みは野暮でございよ、とでもいうような。
一番わかりやすい欠点はジョージが料理教室で知り合うメラニーの存在である(見てない人には意味不明すぎるが、霊能力者による料理バトルというお話ではありません)。いかにも意味深に登場するがふっと消えてそれっきりである。
それ以外にもあまりに都合よすぎという展開が多々ある。

フィクションから「嘘臭さ」を過剰に追放しようという動きに異議がある人は多い。
ジョン・アーヴィングは現代にあえてディケンズ的小説のあり方を蘇らせようとした。お涙頂戴上等。偶然の何が悪い?
ポール・オースターも「偶然」を擁護し、ついには嘘のようなほんとの話をまとめるプロジェクトにも関わることとなる。
僕はこういう姿勢を支持するものであるが、ただこの作品の脚本から感じたのはそういった「あえて」の力強さというよりもある種の安易さでもあった。「死後の世界」や「霊能力」も、おそらくは「マクガフィン(物語を駆動させる動力)」としてということなのだろうが、成功してるとはいい難い。

もちろん張られた伏線は全て回収しなければならないというのではない。
例えば予算や時間の都合でカットされたために前後の辻褄が合わなくなってしまっただけなのに、これがかえって深読みを誘発するということがある。ここらへんは映画というものが持つ欠点というよりも強みですらあると思う。
だからといってなんでもかんでも安易にすませればいいものではないはずだ。

では見るに耐えない作品だったかというとそんなこともなかった。
冒頭の津波シーンは確かに圧巻ではあるが、ここらへんの手柄はイーストウッドではなく視覚効果チームに与えられるべきだろう。
イーストウッドの近年の作品の魅力の一つは、画面からはみ出してしまうような違和感が溢れ出てくるところにある。
本作でもある種の「不気味さ」というものもあり、やっぱりイーストウッドの作品だなあ、なんて思うところもあった。

一方で、これってもしかしてイーストウッドの作品だからってことでこっちが過剰に構えてしまった結果なのかもしれないとも思ってしまう。
まさかわざとこんな作品を撮って観客を試しているんじゃ……

まあ、とにかくなんとも座りの悪い作品でありました。イーストウッド監督作品というバイアスがどうしても働いてしまうのでどう評価したらいいものやら。

ただ一つだけはっきり言えるのは、「目隠しテイスティング」は異様にエロかった!
絶対あれ趣味で撮ったろ、じっちゃん!




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佐藤太郎(仮)

Author:佐藤太郎(仮)
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