敵を見誤ることなかれ

民主党代表選挙の投票日がまもなくである。
「よほどのこと」がない限り小沢一郎が勝つことは
難しいと思っていたが今のところ管再選が有力との情報が多い。

僕は党員でもサポーターでもなくそもそも民主党の支持者ですらないので
こういう仮定は意味がないけど、もしどちらかに一票をと考えたなら
消極的理由から小沢に入れる。

まずあらかじめ言っておくと僕はいわゆる「小沢信者」ではない。
この手の人に戸惑わされるのは「小沢になれば全て解決!」的なことを
言う人が多いことだ(彼らの論理では「全て解決」させたくない勢力が
小沢を貶めているということになる)。

僕も検察の捜査、及びマスメディアの姿勢は異常であると考えており、
これらは厳しく批判されてしかるべきだ。
だからといってこれが小沢が有能であることの裏書にはならない。
検察にしろメディアにしろ裏から何か(例えばアメリカ)
に操られているという陰謀というより私怨という色彩が強いように思える。
(アメリカが小沢を快く思っていないことは事実だろうけど)。

おそらくは「小沢総理」が誕生しても
民主党の政権運営はガタガタであることには変わりないと思う。
また国会でブチ切れて辞任とか舌禍で国際問題を引き起こすなどということも
大いにありそうである。

結局のところ、政治、官僚、メディアそれぞれが
政権交代の準備ができていなかったということにつきるのであって、
仮に彼が有能であったところで小沢一人でどうこうなるような
問題ではないだろう。


だから政権交代が間違っていたというのではなく、
これは我々が遅かれ早かれいつかは払わなければならないツケなのである。

ではなぜ小沢に一票かというと、
それは管、もっといえば仙石・枝野・前原一派に退場して
もらいたいということだ(それが消極的ということ)。

今回の代表選をめぐる報道で一番奇妙なことは
現職の総理・代表である管がこの三ヶ月で何をしたか、しなかったかを
問うことなくひたすら小沢へのバッシングにあけくれていることだ。

そもそも管がまともな政権・党運営をしていたのなら
このような「ガチンコ」の争いは避けられたであろう。

「政局」でいえば仙石・枝野という超強硬な反小沢派をあそこまで
重用する必要があったのか。
そして選挙で惨敗を喫しながら幹事長が居座るなど
常識では有り得ないことである。
管がなぜあそこまで彼らに擦り寄るのかは全く理解に苦しむところであるが、
おそらくは小泉的な敵を作り出すことによって目くらましをするという
作戦を取ったのであろう。

では「政策」はどうであろうか。
僕が彼らに退場してもらいたい理由はもちろんこちらである。

管政権が誕生してから、一つ言い切れることは
財務省に完全に白旗をあげたということだ。
最終的には予算編成まで行うという「国家戦略局」については、
僕個人としてはもともと実現可能性に懐疑的であったが、
少なくとも民主党のマニフェストの「キモ」であり、
これを党内議論も経ずに「室」へ格下げするというのは
党内の一部の人々に小沢擁立の正当性を与えてしまった。

少し脱線するが、参院選挙後に枝野の首を切って、
マニフェストの修正に対してきちんとした姿勢を
示していれば(メディアが説明責任」を求めるのは
むしろこっちのほうだろうに。取調べの可視化が放棄されようと
していることになぜ「説明責任」を求めないのか)
仮に小沢が出馬したところで正当性がなく支持も
集まらなかったであろう。逆にいえば管体制が招いた
「ガチンコ」勝負なのである。勝算アリと踏んでいるのだろうが。

財務省に迎合する管政権が次に言い始めたのが消費税増税である。
もちろん一般論として税制のあり方を議論するのはいいだろう。
しかし現在の日本経済、とりわけ世界的に見て異常なデフレに
長期間苦しんでいるという状況を考えれば
消費税増などまさに「クレイジー」(byレスター・サロー)である。

僕は「負の所得税」は真剣に検討するに値する考え方だと思う。
しかし管が選挙中に突如言い始めた低所得者への還付など
納税者番号の導入なくしては有り得ないことだ。
この部分をふっとばしてこのような乱暴な議論をするというのは
財務省の手段を選ばない手に乗せられているだけであろう。

そして円高への無策、いや無関心ぶり。
ここには実は、財務省へのおもねりという以上のものが
隠されている。

仙石に対して「極左」だの「左翼政権はうんざり」だのという人がいるが、
僕からしてみると彼が左翼などとはとんでもない。
仙石にあるのはきわめて悪質な「清算主義」である。

ここでの「清算主義」とは、例えば「円高に対応できないような企業は
始めから生き残る資格がない」「財政再建のために消費税をあげるのは
当然でそれに耐えられなくば野垂れ死にもやむをえない」という考えだ。

思い出してほしいが小泉政権のころ、一部の勇ましかった自称エコノミストは
「日本は構造改革が必要である。その足を引っ張っているのは
本来は死ななければならないゾンビ企業が生き残っているためである」という
主張をしていた。
小泉政権を支えていたメンタリティとはまさにこの
「清算主義」、あるいは「社会ダーウィニズム」であり
「俗流ニーチェ主義」であった。

小泉政権発足直後、民主党は対抗策を持ち合わせていなかった。
なぜなら彼らも「清算主義」という病に罹患していたからだ。

ようやく民主党はその病から脱しかけたかに見えたが、
未だそのような「清算主義」を引きずっている人物の代表格が仙石である。
彼が「左翼」であるのなら、なぜ松下政経塾を中心とする前原一派と
盟友関係にあるのか。

きわめて残念なのは民主党内の左よりとみられている人たちに
このようなことへの危機感がまるで見られないことである。
「再分配政策」を重視する人間が失業率が高止まりすることを
容認できるのであろうか。

管は「雇用、雇用、雇用」などと言うが、彼らには雇用への
危機感などまるで感じられない。
そして本気で財政再建をしたいのなら、まず第一に行うべきは
景気の回復である。
ところが仙石的「清算主義」では「弱者」が生き残っているうちに
景気が回復してしまったら「構造改革」ができない、となってしまう。
もちろんはっきりそうは言わないが、過去の発言からは
そう解釈されても仕方ないであろう。

今、左翼が最も闘わなければならない敵とはこのような
精神主義であるはずだ。
求めるべきは理想を忘れず、かつプラグマティズムに
基づく政策を実行することである。

小沢一郎がまともなのではない。
しかし失業者が溢れ経済的理由で自殺者が増え
貧しさにあえぐ人が山をなすことを許容するような
人物が中心にいる政権など一刻も早く退場してもらいたい。

闘うべき敵を見誤まってはならない。














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佐藤太郎(仮)

Author:佐藤太郎(仮)
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