『超大国アメリカの文化力』

フレデリック・マルテル著『超大国アメリカの文化力』




アメリカには文化省はないが、文化システムはたしかに存在する。それはオリジナルだが複雑で、地方分権的だがバランスを失しており、ダイナミックだが非合理的で、多元的でありながらさらに分裂しており、しかもたくさんの問題解決の切り札も、夥しい逆効果も兼ね備えている、国の歴史の、広大な国土の、あらゆる国々からの移民の、あらゆる文化の、所産なのである。だからこのシステムには、矛盾にみちた世界が秘められている。改良主義的な国アメリカそのもののように、このシステムは絶えず自己を再発見し続け、この五〇年来めざましく発展してきた。(p.569)

「アメリカ文化」について、などといえば粗野で浅薄な商業主義への批判が思い浮かぶかもしれない。ましてやそれをヨーロッパの、それもフランス人が語るのだとしたら……

著者はフランス人の作家、ジャーナリストにして社会学博士。
2001年から05年にかけてフランス大使館文化外交官としてボストンに在住し、その間に調査執筆を行った。

原題の直訳は『アメリカの文化いついて』。トクヴィルの『アメリカのデモクラシー』を模したものである。
トクヴィルの本が現在でも一級のアメリカ研究本として読まれているのは、アメリカへの手放しの礼賛でもなく欠点をあげつらうのでもなく、その美点と可能性を認めながらも、同時に限界や危うさをも見てとっているためである。
そのような姿勢を本書も有しているといえるだろう。

第1部ではF・D ルーズヴェルト政権以降、とりわけケネディ政権以降、アメリカ政治が文化とどう関わってしたのかを概観する。
政治と文化の関わりというのはどの国でも微妙なものであろう。イデオロギー的な要素がからむし、何よりもつまるところ税金を投入するか否かを決定するために激しい対立をも呼び起こしがちだ。
アメリカにおけるそれは、ありふれているものであると同時に極端であり、その解決策も混乱も矛盾もなんともアメリカ的である。

第2部ではアメリカ独特の文化政策やそれを可能にする状況を見ていく。
「フィランソロピー」に独特の非営利団体のあり方、大学がはたす大きな役割、侵食する商業主義。やはりここでもアメリカというのは一筋縄ではいかない。
アメリカ文化の利点やそれを可能にするポジティブな状況であると同時に、アメリカ文化の限界を示すものでもある。どちらが真のアメリカか、というのではなく、この矛盾にみちたあり方こそがアメリカ的であるといえるのであろう。

本書はアメリカ文化、及びそれをそれたらしめる状況を描いたものであるが、同時にアメリカという国の「エートス」をも描いたものとなっている。
アメリカ文化や文化史について興味ある人はもちろんであるが、良くも悪くもアメリカをアメリカたらしめるものについて知りたいという人にとっても極めて有用となるであろう。



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佐藤太郎(仮)

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