The Black Book

地震があってからというもの、ぼちぼち本なども読んではいるのだけれど、どうにも集中できず頭に入ってこずという感じでして(というかその他にも個人的にいろいろあってそっちの方がダメージが大きい気もするが)。

どうせ頭に入ってこないんならこいつにしちまおう、ってことで前に紀伊国屋か丸善かの洋書セールの時に買ったままほっぽってあったオルハン・パムクのThe Black Book(もちろん英訳)を読んでみた。

もともと英語力がたいしてないうえにこういう状況ですのでどこまで読めてるんだか相当に怪しいものですが。





Galipの妻が突然行方不明になる。鍵を握っていそうな人気コラムニストである妻の前夫も同じく姿を消す。Galipは彼に成り代わってコラムを書き、電話などにも出るようになるが次第に……


まずこの作品のあらすじを見るとポール・オースターの「ニューヨーク三部作」を連想する人もいるかと思う。
実際に読んでみても、「私」や「あなた」、そして「私を私たらしめるもの」が揺らいでいく。ここらへんは両者に共通する点である。

ちなみにパムクは本作を85年から89年にかけて執筆、出版は90年なので両者はお互い影響を受けることなく同じ時期に似たようなテイストの作品を書いていたことになるのも興味深い。

各章ごとにエピグラフが引かれているのだが、ここでパムクはホーソーンやポーも引用しているが、これらはオースターの「ニューヨーク三部作」に色濃く影響を与えている。

エピグラフといえば19章にルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』から引かれている。
「今朝起きた時の私って前とおんなじ私なのかな?ちょっと違う気分のように思えるんだけど。でももし私がおんなじでないとしたら、また別の疑問がでてきちゃう。この世界にいる私って誰なの?」(訳は適当)
ここらへんはこの作品全体を暗示するものとなっている。

「ニューヨーク三部作」はもろに探偵小説の形式を流用したものであったが、こちらでも探偵小説への目配せというのもいろいろとある。
また両者の共通項として「(小説を)書く」ということも大きなテーマとなっていると考えられる。というか本作のほうはそれこそがテーマであるといえるようなエンディングを迎えるのである。

本作をほんとに読み込むためにはトルコの歴史や文化あたりもきちんと押さえておかなければいけないのだろうがそこまではとても手がまわらずですが。

いずれにせよ二度、三度読み返すべく書かれている小説であることは間違いないので、いつの日にか邦訳が出た時にはまた手にとってみたくなる作品でありました(出ますよね?!)。




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