『トマス・ピンチョン 無政府主義的奇跡の宇宙』

木原善彦著『トマス・ピンチョン 無政府主義的奇跡の宇宙』




ほんとは「ピンチョン全小説」が出始める前に読み返そうと思っていたのだけれど、長らく行方不明になっていたのであったのをこないだ救出したので再読。
入手困難なようですが図書館にあたるかいろいろ頑張るかしてみて下さい。

どうもアメリカにはトマス・ピンチョンなるすごい作家がいるようだ。なんでもその代表作は『重力の虹』とかいうらしい。ってなことで手にとってみたら「なんじゃこりゃ、まったくついていけないよ~(泣)」なんて体験をして「ああ、ピンチョンね。読んだよ、一応はね」なんて言いながらひきつった笑いを浮かべてしまうという人も少なからずいることだろう(というか僕自身がそうだった)。

どこかで読んだが『重力の虹』はアメリカの大学生が「読んだフリ」をしている本(つまり読むべきだと思ってはいるものの読まない/読めない)ランキングで堂々の一位になったとか。
本書でもピンチョンの小説は「読まれるものではなく、教えられるべき」ものという引用がされているが(p.147)、『重力の虹』までのピンチョンはそれほど難解とされてきたのである。

そんなこんなでピンチョンを前に足がすくんでしまっているような人にとって心強い味方となってくれるのが、後に『逆光』を訳すことにもなる著者の手による本書である。

デビュー長編の『V.』から刊行時の最新作であった『メイソン&ディクソン』までを取り上げる。
「あらすじ」付きなので「読んだフリ」をしたい人にもいいかもしれないが、そんな不届きな人も本書を読めば実際にピンチョンにチャレンジしてみたくなることだろう。

ピンチョンについて書くとこれは繰り返しになってしまうが、理系から文転したとか百科全書的きらびやかな知の結晶だとかいうことになるとある種に冷たさ、理が勝って暖かさがないような先入観を抱いてしまう人がいるかもしれないが、決してそんなことはない。ピンチョンは暖かくも優しい作家なのである、なんてしたり顔で書いてしまったが、実はそんな感覚をようやく得られたのは本書を読んだ後だったように思う。
事前に知識を仕入れたうえで小説を読むといのを好まない人もいるだろうが、放り出すリスクを考えると実際にとりかかる前に目を通しておいたほうがいいかも。
もちろんすでに読んでる人も多くを得られることだろう。

例えば『V.』におけるこの文章。

「人を愛せ、余計なことを言わずに。人助けをしろ、無理はせず、言い触らしたりせずに。いつもクールに、でも思いやりを持て」

これは皮肉なのか本音なのか、論者によって意見が分かれるが木原氏は「本書(『V.』)の中で最も肯定的で優しさの感じられる瞬間の一つ」という評価に賛同している(p.36)。
もちろんピンチョンはそう簡単に片付けられるものではなく、(とりわけ『重力の虹』までの作品では)常に両義性、多義性、曖昧さというものがついてまわるのであるが、それでも彼が「社会や自然の中で捨てられたもの、見捨てられたものに味方する」(p.171)メンタリティの持ち主で、それが作品に強くこだましていることは間違いない。

また個人的には、アメリカの作家を読むときには、その「アメリカ」という存在(現実に存在しているアメリカ合衆国であると同時に象徴的であり、輝ける、あったかもしれない可能性と、あまりにひどい汚辱とを同時に抱え込んだ存在)を意識せざるを得ないのだが、おそらくピンチョン自身もその問題意識というものを持ち続けているであろうことも本書で大きく扱われている。

本書のサブタイトルの「無政府主義的奇跡」とは『競売ナンバー49』からとられている。
エディパは聾唖者のダンス・パーティーで、言葉を話せず耳も聞こえないうえに酔っている人たちがぶつかりあうことなく踊り、合図もなしに一斉に休憩にはいるのを目撃する。
「ヘズーツ・アラバル(作中の無政府主義者)なら、これを無政府主義的奇跡と呼ぶだろう」
「「内部」と「外部」の区別とは無縁の社会形態」(p.60)であり、「文字どおり、言葉を越えた、そしてエディパの知るような論理を超えた、無政府主義的(無)秩序を具体化している」(p.61)光景!

ということでもうすぐ『V.』の新訳である。合言葉はもちろん「さあ、みんなで―」







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