『ウィトゲンシュタイン家の人びと ―闘う家族』

アレグサンダー・ウォー著『ウィトゲンシュタイン家の人びと ―闘う家族』




二十世紀において最も重要な哲学者は誰か、そんなアンケートをとれば間違いなく三本の指に入るのがルートウィヒ・ウィトゲンシュタイン(表記はいろいろだが今回はこちらでいく)である。

ルートウィヒは謎めいていて独創的な発想もさることながら、その逸話に事欠かないエキセントリックなキャラクターによっても興味を引き続けている。

ちなみに僕は昔『論理哲学論考』を手にとってみた時、これを真面目に読もうとすれば気が狂うのではないかという恐怖に襲われて(まぁすでに狂ってるのかもしれないけれど)、もっぱら解説書と伝記を読んできたような人間でありますが。

著者のアレグサンダー・ウォーは、名前でピンときた方もいるかもしれないがイギリスの文豪イヴリン・ウォーの孫である。父親もコラムニストで、当人は作曲家兼音楽評論家。
そのせいか、本書の主人公ともいえるのはルートウィヒの兄である隻腕のピアニスト、パウルである。
ルートウィヒのことが知りたくて本書を手にとった人は少々物足りなく思えるかもしれないが(あぁ、あのエピソード面白いのになんで書かないかなぁ、というのがいくつもある)まぁそこらへんはルートウィヒの伝記をあたればいいのであって、この圧倒的な一族の物語のすさまじさというのは十分に描かれている。

ルートウィヒ・ウィトゲンシュタインも神話的人物であるが,ルートウィヒに限らずウィトゲンシュタイン家自体が神話的な、現実に存在したとは思えないような存在である。

父親カールは若いころは放浪癖などもありながら、鉄鋼業で大成功を収めオーストリア屈指の富豪となる。同時に彼は音楽愛好家であり、その大邸宅ではブラームスやマーラーなどを招いての音楽会も開かれた。音楽好きは子どもたちにも受け継がれ、幾人かは優れた才能を持つ存在に育つが、一方でカールは息子たちには実業に入るように強制する暴君でもあった。
一族には自殺者が多く、カールの矛盾した傾向のせいもあってか、9人の子どもの中の5人の息子のうち3人は自殺(正確には一人は行方不明だが自殺したものと推定されている)生き残ったパウルとルートウィヒも自殺願望にさいなまれ、戦時中は英雄的という名の自殺的行為にも走っている。

また時代も「神話」に彩りを添える。
かつて栄華を誇ったハプスブルグ帝国が傾くのと反比例するようにウィトゲンシュタイン家は繁栄を迎える。そしてオーストラリアが第一次大戦での敗北とそれに続く経済的混乱はウィトゲンシュタイン家にものしかかり、さらにドイツからはナチスの足音が近づいてくる。ウィトゲンシュタイン家は「ユダヤ人」の家系なのか……

とにかくパウルとルートウィヒだけでなく、姉妹陣も個性豊かというか浮世離れした存在であり、これもまたあたかも神話の挿話の一つのようでもある。

繰り返しになるがルートウィヒといえば奇矯な振る舞いで知られるが、その点ではパウルも負けていない。
「正面玄関の鍵を使ってエレベーターを操作しようとして、なぜそれが動かないかをまったく理解しようろしなかった」「入っていた箱をくっつけたままの帽子を、そうと気づかずかぶって街に出たりした」(p.46)。またアメリカに逃れて、新しい秘書の面接をする際、ホテルの部屋で寝巻き姿でシーツにくるまって気落ちしていた。洗濯してくれるものと思って部屋の外にスーツとシャツを出していたら丸ごと盗まれてしまったのだ。秘書候補は新しい服を買ったらどうか、と言ってみた。パウルはそんなことを思いつきもしなかった!この秘書候補はそのまま採用され、生涯頼りっきりになったのである。(p.333)


この時代の鉄鋼一族の衰亡を描いたものといえばルキノ・ヴィスコンティの『地獄に堕ちた勇者ども』が浮かぶが、これはクルップ一族の実話をモチーフに描かれたものだという。
仮にこのウィトゲンシュタイン家の物語を映像化するとすれば、とても一本には収まりきらないような大河ドラマとなることであろう。
いやはや、ほんとにすんごいんですから。

ルートウィヒの伝記といえばやっぱりこれかな。





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佐藤太郎(仮)

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