『指紋論 ―心霊主義から生体認証まで』

橋本一径著『指紋論 ―心霊主義から生体認証まで』




第Ⅰ章は浅野和三郎が霊媒、ミナ・ライドンの交霊会に出席するためボストンへ向かうところから始まる。著名な霊媒であった彼女は呼び出した「物質化」した霊の指紋を採取し、さらに評判を高める。
皮肉なことに、このことによって彼女のインチキが暴かれ、あとはお決まりのパターン、「孤独とアルコールに身を沈めた不遇な晩年を送る」ことになる。

本書は指紋の歴史あると同時に、私が私であること、あなたがあなたであること、つまり同定をめぐる書でもある。
霊の存在を証明したはずの指紋が、他ならぬ霊の不在の証明となってしまうのである。

かつては事故や事件によって命を落とした人の身元を特定することは極めて難しい作業であった。また犯罪者は、累犯による刑の積み増しを避けるために身元を偽った。様々な方法がためされるなか開発されたのが指紋による識別である。これは科学的に保証された絶対的なものなのであろうか。

「心霊写真」の場合、人はそこに見たいものを見出す。本書でも、すでに撮影者当人がインチキだと認めているにも関わらずその写真に写りこんだある人物を見出してしまう人の例があげられている。
パスポートに貼られた写真をその当人のものだと誰がどのように証明できるのか。角度、髪型、体型の変化によっていかようにも見えてしまう可能性がある。「私が私であること」を証明するのはあくまで主観になってしまう可能性がある。

指紋の場合はそうでない、と考えられがちであるがどうであろうか。
終章で小酒井不木の『指紋研究家』が取り上げあれるが、少なからぬ人がこんな恐怖にかられたことがあるだろう。身に覚えのないある事件現場で発見された凶器から自分の指紋が発見されたとしたら……
「私が私であること」の動かぬ、科学的にして客観的な証拠をどう否定すればいいのか。

subject(主観)とobject(客観)の意味がもともとは逆であったということはよく取り上げられるが、ここでも主客の転倒が起こり、そして主客の転倒が起こっていることを証明することすらできないのかもしれない。
指紋、そして静脈や虹彩による身元特定。そこで行われたidentifyは真に「私」を、「あなた」を特定できるものなのか。そしてそこには主客の転倒は入りこむ余地はないのか。文字通りのアイデンティティ・クライシスが圧倒する世界、我々はそこへと足を踏み入れようとしているのだろうか。


本書は博士論文を加筆修正したものであるが一般の読者にとってもスリリングに読めるものになっている。ミステリー好きの人は特に必読!フィリップ・K・ディックあたりが好きな人も非常に楽しめること請け合いの一冊でありました。



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佐藤太郎(仮)

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