『もうすぐ絶滅するという紙の本について』

ウンベルト・エーコ ジャン=クロード・カリエール著 『もうすぐ絶滅するという紙の本について』




劇作家、脚本家のカリエールと記号学者にして作家のご存知エーコの対談(著者としてクレジットされていないが進行役のジャン=フィリップ・ド・トナックも結構話に入ってきているので鼎談といってもいいかも)。

まず邦題だけど、いささかミスリードさせてしまうのでは。訳者あとがきによればフランス語の原題は「本から離れようたってそうはいかない」ということのようだが、これこそこの本のタイトルにぴったり。
邦題からはなにやら電子書籍やネットの状況へのコメントなどがメインのように思えてしまうが、その部分は分量としてはそれほど多くはない。

31年生まれのカリエールと32年生まれのエーコとあっては電子書籍など「文化の破壊行為だ」といった「反動的」なものか、はたまたは逆に「もう終わった紙の本に執着する哀れな人々」といったラディカルな物言いを期待する向きもあるかもしれないが、二人の電子書籍に対する態度はいたって穏健なものである。

本書の書評でおそらくは一番多く引用されたであろうエーコの「インターネットが存在していたら、ホロコーストは起こりえたでしょうか。私は、あやしいと思います」(p.314)という発言であるが、だからといってエーコはネットこそが素晴らしく、これですべてが丸く収まるという楽観論に立つのでもない。新しいテクノロジーの普及によって(問題も含めて)新たなものが生まれ、何かが失われるし、またその姿がどのような形をとるかは想像もつかないという立場であるとしていいだろう。

本書の魅力は「未来予言」的なものにあるのではなく、博覧強記にして稀代の本好きじいさん二人による知的雑談にある(少なくとも僕にとっては)。

本に対する個人的思い出や偏愛、シリアスなテーマから批評的なものへ、さらに風刺的ユーモアまでととにかく話は転がっていく。対談といういい意味でのルーズな構成から二人の楽しそうな雰囲気が伝わってくる。もし近所のじいさまがこんな調子の話に夜な夜な興じていたとしたら毎日でも聞きにいきたいのに!なんて気分にさせてくれる。
思わず声を出して笑ってしまうようなところからまさに華麗なる知性の本領発揮までとにかく盛りだくさんで非常に楽しめた。

いくつも抜き出したい話があるけどきりがないんでそれぞれ一つずつ。
まずはカリエール。80年代に映画学校で教えていた時、どうやって学生に映画を見せるかというのが深刻な課題だったとのこと。いちいちフィルムではやってられないしビデオだとすぐに劣化してしまう。そこで導入されたのがそう、電子カセット!……ってなんじゃらほい。その後CD-ROMが出て問題解決となったのだがもちろんそれもすでに過去のお話。ある映画監督は自宅に13台もコンピューターを持っているそうだが、それは過去の映像メディアを再生するためだけの目的なんだとか。レーザーディスクとか集めてた人って今どうしてるんでしょうか。ipadだのキンドルだのも二十年後の人たちの目にはどう映ることやら……

エーコがコンピューターを導入したのは83年のことだそうで、プログラミングに悪戦苦闘していたら息子さんがあっさり解決。昔は結構ゲームをやりこんだものなのに最近じゃ8歳の孫に完敗。新しいテクノロジーを使いこなすのはやっぱり若い人にはかなわないってあるんですが、孫とテレビゲームに興じて、かつ惨敗する世界的記号学者。エーコならそんな微笑ましき姿もなんとなく想像ついてしまうんだな。エーコが父親だったらと考えると偉大すぎてちとつらいが、祖父くらいならこんないいことはないような。

と、まあそんな感じで読み終えるのがおしいくらいだったんだけど、こんな二人の話がとにかく楽しいって感じられる人はきっと電子書籍なんかより紙の本でこういうのを読みたいんだろうなあ……というのは100パーセント個人的偏見でありまするが。

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佐藤太郎(仮)

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