『兵士はどうやってグラモフォンを修理するか』

サーシャ・スタニシチ著 『兵士はどうやってグラモフォンを修理するか』





著者のスタニシチは1978年旧ユーゴスラヴィアのヴィシェグラードで生まれ、14歳で戦火を逃れるためドイツに移住し、ドイツ語で執筆している。

旧ユーゴ崩壊から内戦、ドイツへの移住に帰国と、著者の生い立ちをなぞるような人物が語り手であるが、正攻法のリアリズム小説ではない。
とりわけ前半の文体は、大仰さというユーモア、牧歌的でありながら非日常的でもあり、どこか神話的ですらある。

歴史をこういった形で語りなおすというと中南米のマジック・リアリズムを連想されるかもしれない。ドイツ語で書かれた小説といえばどこか『ブリキの太鼓』などギュンター・グラスを思わせるところもある。
僕が想起したのはジョン・アーヴィングの自伝的エッセイ「ピギー・スニードを救う話」であった。

基本的にはアレクサンダル・クマノヴィチによる一人称であるのだが、メタ的構造にもなっている。
そのような小説が当然持っているものとして、語るということ、あるいは書くということが一つのモチーフでもある。

人はなぜ物語をつむぐのであろうか。楽しみのため、哀しみを癒すため、世界の成り立ちを説明するために。あるいはピギー・スニードを救うために。
アーヴィングのエッセイはこう結ばれる。「作家の仕事は、ピギー・スニードに火をつけて、それから救おうとすることだ。何度も何度も。いつまでも。」
イノセンスともいえる世界に忍び込む暴力。世界はもう後戻りできない。しかし作家には、こうであったかもしれない世界を、あるいは過去の過ちに気づき、悔恨を通じてやりなおされた世界をつむぐことができるのかもしれない。

欧州の火薬庫ともいわれ、モザイク状に複雑に民族、宗教が絡み合うバルカン半島。
ティトーの築いた旧ユーゴは束の間の夢だったのかもしれない。それはただ表面上問題を糊塗していただけなのかもしれない。しかし平和な時代というものがある時期には確かにあり、そして隣近所同士が殺しあうという凄惨な現実が待ち構えている。主人公が少年時代に熱心なティトーの崇拝者であったことは示唆的である。そしてティトーは、象徴的に何度も殺されることになる。

中盤から終盤にかけて、物語は重苦しくなっていく。
わずかに交差した(と思われる)少女の影を追い求めていくがどこにも行き着かない。回想はただの逃避なのだろうか。
帰国してみると、すっかり傷ついた街は決定的に損なわれているようだ。

圧倒的現実の前では、最早物語は無力なのか。
そうではないはずだ。ただの忘却でも記憶の捏造でもなく、物語りによってしか語れない救いというものがあるはずだ。読み終えると、これは物語の力を信じようとする物語なのかもしれないと思えてくる。


そういえばアーヴィングといえば僕は処女作である『熊を放つ』が非常に好きなのだけれど、あそこにもユーゴは出てくる。「ウスタシャ」のこととか知ったのはこの小説を読んでだったような気がする。『熊を放つ』は68年発表であるが、ユーゴがこんな運命を辿るとは当時は想像できたのだろうか。


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佐藤太郎(仮)

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