小説家として 1



完全に周回遅れだけど村上春樹のカタルーニャ国際賞のスピーチについて(全文はこちら)。

まず最初にいっておくと、僕にとって村上春樹は好きな作家などではない。特別な作家なのである。好きな作家なら交換可能であるかもしれないが、特別な作家はそうはいかない。ワンオブゼムではなく唯一無二の存在なのである。
ま、そういう人間が書くものですので。

田中康夫がツイッターで「新聞で要旨を読んだ程度」ながら「世論の表層に阿ね「文化人村」に逃げ込んだという印象」を受けたというツイートをわざわざRTしていて苦笑してしまった。あぁ、今日も春樹は憎まれているのだなぁ、と。

世の中には村上龍のことが嫌いな人というのがいるだろう。しかし、個人的に怨恨などがある人を除けば村上龍を憎悪している人というのがどれだけいるだろうか。
村上春樹は多くの読者を獲得する一方で彼を嫌悪するどころでなく憎悪する人々も大量に抱えている(もちろん海外でも春樹の作品を評価しないという声はあるだろうが、「憎悪」とまでとなると日本独特の現象といっていいのだろう)。

村上春樹を憎悪する人たちは必ずしも同じ理由からそうなるのではない。

まず「清く正しい左翼」について考えてみよう。
春樹は、とりわけ80年代までは「非」社会的(「反」ではない)作家とみなされることが多かった。現実に背を向け個人の小さな世界に閉じこもり、その行動は結果として現状肯定の微温的保守主義である、ということになるのだそうだ。

この点に関してはどうも先入観からの誤読に基づく批判というものがなされているのではないかとも思える。
加藤典洋は初期の短編の「ニューヨーク炭鉱の悲劇」や「パン屋再襲撃」が実は「政治的」作品であるという読みを提示したことがある。これに同意するかはともかくとして、春樹の作品を「政治的」に読むことはそう難しいことではない。

一番わかりやすいのが『羊をめぐる冒険』であろう(ネタバレありなので未読の方はご注意を)。
この作品に出てくる右翼の「先生」のモデルは児玉誉士夫だとされている。汚れた過去は不問に付され、市井の人々には窺い知ることのできない大きな影響力を現実政治に与え続けた児玉の存在は戦後が戦前と地続きであることを証明するものである。
またこの作品で語られるアイヌの物語や戦争を忌避し逃亡生活を送る「羊男」の存在は、日本という国が少数者や「異端者」を抑圧、排除することによって成立していることへの告発である解釈できる。
ではそのような国家、あるいは社会という巨大な存在への抵抗は可能なのだろうか。

「僕」は渋々ながらも自分で道を切り開いたかに思ったが、それは全て「先生」の後釜にすわることを目的としてきた黒服の男の手のひらの上で踊らされていたにすぎなかった。しかし「僕」は完全に無力なのではない。「羊」の野望を阻止することができる。しかしそれは所詮一匹の「羊」であって、「羊的」なものを全て打ち破ることはできないであろう。結局「僕」は全てを失い涙を流すしかないのかもしれない。
この結末は、逃げようもなく至るところに張り巡らされている「後期資本主義」への抵抗不可能性を描いたものともとれる(そこらへんが「清く正しい左翼」の方々にはお気に召さないのかもしれないが)。
一方で、「僕」はやれることを懸命にやりぬく。ニヒリズムに落ち込むのではない。春樹はチャンドラーからの影響を公言しいる。フィリップ・マーロウは自分が事件を解決したところでLAの街がきれいになるなどとは思ってはいない。それでも、ボロ雑巾のように扱われようとも投げ出すことなくベストを尽くすのである。村上春樹の作品はどれも極めてハードボイルド的である。

いずれにせよ、村上春樹の作品は「左翼」の批判者がイメージするようなミーイズムの固まりで、享楽的都市生活を謳歌する小説であるというのはかなり無理のある読み方であろうと思う。


「左翼」以外にも春樹に憎悪を燃やす人々がいる。先に田中康夫の名をあげたが、彼の対談での相方である浅田彰が中心的存在を占めた80年代における「ニューアカ」であり、90年代における「批評空間」勢であった(ここらへんのことはいろいろ思うところがあるけど長くなるので割愛)。
様々な人が村上春樹を憎むが、立場を超えて、ここには共通の傾向がある。

以前に大きな話題となった村上春樹のスピーチといえばなんといってもエルサレム賞受賞スピーチであろう。
もちろんこれも好意的なばかりでなく、それどころか手厳しい批判も多くあった。批判の最大の理由はスピーチそのものというよりも、そもそもあの時期にエルサレム賞を受けるという行為にあった。

僕は批判的な意見をいくつかネットで見たが、ある傾向を持った意見がかなり多かったことに興味を憶えた。
「村上春樹ってあの下らない小説書いてる奴だよね。どうりで下らない人間だと思った」あるいは「村上春樹って下らない人間だよな。どうせ小説も下らないんだろ、読む気ないけど」といった類である。

何が興味深いかといえば、ここでは作家の人間性と作品の質がイコールのものとされていることである。
繰り返し村上春樹は憎悪されていると書いてきたが、最大のポイントはここにある。
もう一度村上龍に登場願おう。龍について「あれだけ面白い小説を書ける人がどうしてあそこまで下らないエッセイを書けるのか」という人がいる。
僕も龍のエッセイというものを何度か読んでみようとしたが、一つとして読み通すことができず、今では手に取ってみようという気すら起こらない。しかし、だからといって龍の小説が下らないなどとは思わない。彼は小説家としての資質では春樹を凌駕するものを持っているとすら思っている(同時にその資質を少々無駄使いしているとも思うが)。退屈なエッセイを書く作家が素晴らしい小説をものにするというのはそう異様なことではない。

高潔な人間が優れた小説を書くとは限らない。優れた小説を書く人間が高潔であるとは限らない。名だたる文豪の伝記をまとめて読めばむしろ逆であることはすぐにわかるだろう。
作者(の人格)と作品とを切り離して考えるのは文学批評理論においてはしごく常識的なことであるが、日本においては、こと村上春樹に批判的な人の多くにはそれは通用しない。「下らない人間が下らない作品を書く」のであり、そのような人間の書く作品が多くの読者を獲得するなどというのは許してはならないことなのだ!となってしまうのである。

もちろん作家の人格と作品を本当に完全に切り離して考えられるのかというと微妙なこともある。
フランスの作家セリーヌは多くの作家に多大な影響を与えた。同時に彼はかばいようもないほどあからさまな反ユダヤ主義者にして親ナチであった。そのような作家の作品を認めていいものだろうか。フランスでは今もセリーヌはセンシティブな存在であるとも聞く。
とはいえ、である。確かに春樹は(恐らく意図的に)癇に障る言動を取ることがあるが、セリーヌのようにポレミカルな人格の持ち主であるとはとてもいえないだろう。むしろ作家としては常識人の部類に入るといっていい。

村上春樹はなぜエルサレム賞受賞をなぜ受けたのだろうか。
彼も別に浮世離れした世事に疎い人間ではないので、あのタイミングであの賞をもらえば袋叩きにあうということはわかっていただろう。授賞式をすっぽかしてガザ地区にでも現れ「私はパレスチナの人々と連帯します」という声明を発表するなどという芝居がかったことまでしなくとも、そもそも賞というのは発表の前に受賞の意思があるかが問い合わされるので、その時点で断ってしまえばどうということなかったのである。実際後のインタビューで受けるべきか迷ったことを告白している。しかし春樹は賞を受けることを選んだ。これは何を意味するのか。
僕はこれを「自分はあくまで小説家であり、今後も小説家として生きていく」という意思表示だと受け取った。
自分の行動が「政治的に正しい」振る舞いでないということはわかっていたが、それでも作家としてあえて非難の中に歩を進め、その宣言を公にしたいという決意の表れだったのでないかと思う。

一般的には春樹は阪神大震災とオウムによる地下鉄サリン事件のあった95年を境に社会にコミットするようになったと言われる。春樹自身もそれを認めている。とりわけ90年代初めからアメリカの大学に籍を置くようになり、海外メディアからのインタビューも増えるようになり、かつてのようにただ小説書いていたいんで政治的コメントはしません、という姿勢が通用しなくなったとしている。
少なからぬ人がそれを「いい変化」だと考えているようだ。しかし作家とは「政治的」になることこそが正しいのであろうか。

プロフィール

佐藤太郎(仮)

Author:佐藤太郎(仮)
shopliftersunionあっとhotmail.co.jp

最新記事
月別アーカイブ
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
カテゴリ
twitter
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR