『私は生まれなおしている  日記とノート 1947-1963』

『私は生まれなおしている  日記とノート 1947-1963』





2004年に亡くなったスーザン・ソンタグの1947年(14歳)から63年(30歳)までの日記。

サブタイトルが「日記とノート」となっている。まずソンタグは必ずしも日記を丹念につけ続けていくタイプではなかったようだ。時期によって書く頻度はまちまちである。またいわゆる日記としてイメージされる通りの部分も多いが、一方で思索メモや創作の構想、本、映画、演劇について無機的なメモなども一緒に綴られているし、
それに意図的に書かれていない出来事もあるようだが、これは当人の純粋な忘備録なのか誰かの目に触れることを前提に書かれたのかという日記というジャンルにつきものの問題であろう。

僕のような下世話な人間にはやはりそのプライヴェートな部分に注目してしまう。
とはいっても、実はソンタグの伝記的なことにはそれほど予備知識がなかったもので、ここらへんは有名な話なのかもしれないがE・H・カーやH・L・A・ハートとなんかとつながりがあったというのは初めて知った。その他にもいかにもな人から結構意外な人も登場したりもする。

日記としての「面白さ」ではやはり若いころのほうに目がいく。
非常に知的に早熟ではあるのだけれど、ここらへんは予想通りといえばそうで、あまり驚きはない。
両親(特に母親)との葛藤や将来への迷いなどはソンタグといえどもやはり十代なんだなあ、と思わせてくれる。もっともその悩みは大学教授にでもなってモノを書いて生きていきたいと思う一方でそんな世界に安住していいものかというものなんだけど。

そしてやはりこの部分に触れなければならないのがセクシャリティについてだろう。
本書の編者はデイヴィッド・リーフであるが、彼はソンタグの息子である。ソンタグといえば同性愛者であることも有名であるが、息子を設けた結婚生活について、あるいはそもそもなぜ結婚したのかということが気になる。
日記の記述を読む限りではかなり早い段階で自らの性的嗜好を認めていたようであるし、男性とのセックスを嫌悪するところなどを読むとバイセクシャルというよりは同性愛であったのかなあとも思える。
しかし結婚に至る過程や結婚生活が破綻する過程への心理というのはそれほど詳しい記述があるわけではない。特に後者は妊娠・出産という大きな時期がすっぽり抜けてしまっている。もちろん編者が抜いたわけではないだろう。ただなんとなく書かれなかったのか、書きたくもなかったのか、書いたがソンタグ自身が廃棄したのか、たまたま散逸してしまっただけなのかはわからない。

しかしセクシャリティの問題を避けていたというのでもない。全体として結構意外に感じたのが、ソンタグが性について生の感情をかなり赤裸々に綴っていたことだ。そこらへんはクールな感じなのかと勝手に想像していたりもしたのだが、当然ながらこれは大きなことなのである。
ソンタグの評論にもこのような生の感情というものが反映しているのかも、ということを頭に入れれつつまた読み返してみようかな。

日本人としては唐突に「……コンブ――日本の海藻(食べられる/乾燥)、北日本産……」(p.196)と出てくるのがおかしかった。あちらでは海藻食べないからかね。

日記はこの後もあと二冊刊行予定とのこと。

あと、ふと思ったのだがソンタグって『ライ麦畑』のホールデン・コールフィールド君と同年代ってことになるんだな。ふと思ってみただけだけど。
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