『「核」論 鉄腕アトムと原発事故のあいだ』

武田徹著『「核」論 鉄腕アトムと原発事故のあいだ』 

今回僕が読んだのは2002年刊行の単行本版。この度再版された増補版は未読なのであしからず。





本書に勇ましい反原発のメッセージを、あるいは日本に原発がいかに必要不可欠な存在であるかを説くものを期待すると肩透かしをくらうことだろう。
武田はここでは「スイシン派」「ハンタイ派」とカタカナ書きしていることからも想像がつくように、両者に対して「非共感的」(吉岡斉の著書から取られた言葉)である。

今となっては「スイシン派」への「非共感的」部分は説明するまでもないだろうが、では「ハンタイ派」へのそれはどういうことか。「科学的な思考を手放すリリースポイントが早すぎる」(p.253)としている。ここらへんは僕も同感で、このような姿勢が反原発派がこれまでトンデモ扱いされてきた原因の一つであろう。個人的には本書での高木仁三郎への評価はいささか厳しすぎる気もするが、一方で高木仁三郎にも、いや高木ほどの人であってもある種の危うさを内包していたということも、今だからこそ考えるべきかもしれない。

それにしても、なぜ被爆国である日本において、これほどまでに原発は推進されてきたのだろうか。
もちろん資源への強迫観念というものがある。究極的にいえば先の戦争の原因もそこに帰結するのかもしれない。しかしそれだけではうまく説明できないこともある。本書はそれに一刀両断答えを与えるのではなく、むしろそのモヤモヤした感覚を見つめることこそを目的として書かれているといえるだろう。

日本の原発推進の歴史はグロテスクなものである。
「日本の原子力の父」ともされる正力松太郎が実際には原子力には無知であったことはよく指摘されている。国会で「核燃料」を「ガイ燃料」と発言したのは有名であり、その正力を補佐すべく初代原子力局長についた佐々木義武も「ハラコリョク局長とは何かね」と発言したとされる(p.54-55)。また原発導入に大きな役割を果たしたとされている中曽根康弘の真意がどこにあったのかもいまひとつ定かではない(核武装への準備という位置づけだったのかアメリカの意向を汲んでのことだったのか、など)。また原発導入後に、原発が「麻薬」とも言われるようになる要因となった電源三法は田中角栄による過疎対策であった。
これらからわかるのは、原発導入が必要から避け難い選択としてあったのではなく、専門家すら置き去りにされた中決められ、立ち止まることなく押し進められてきたということである。

オッペンハイマーについてさかれた章があるが、これは脱線ではない。そもそも核兵器と原発とは似て非なるものどころか表裏一体の存在であるといえる。しかしこれを区別しよう、いや被爆国日本であるからこそ区別できるのだという考えすらあったのである。本書では大江健三郎の『核の時代の想像力』からそのような考えの一端が引かれているが(p.48)、反核意識が強いとされる大江ですらこうであるということは他は押して知るべしともいえるだろう。

もちろん人々の考え方というのは時代によって規定される。「ウラン爺」にまつわる章で描かれる「放射能ブーム」は本書の中で最もクレイジーなエピソードであるが、これをどうかしているとわかるようになったのも、放射能に対する知識が得られるようになったからであって、これに酔っていた人々がとりわけ無知蒙昧であったのではないだろう。

原発推進の歴史、あるいはそれを許してきたものは忘却と書き換えの歴史だったのかもしれない。
サブタイトルにあるように、本書にはサブカルチャーへの言及もある。
ゴジラは当初の設定を置いてきぼりにされ、子ども向けの怪獣映画になってしまった。「アトム」はどこからやってきてどこへ行ったのだろうか。

本書は「原子力的な日光の中でひなたぼっこをしていましたよ」というホイットニー准将の発言(とされるもの)を引用した加藤典洋の『敗戦後論』から始まる。
加藤といえばやはり『アメリカの影』であり、話は江藤淳へと向かう。その江藤は田中康夫の『なんとなく、クリスタル』を絶賛したが、これはどういうことだったのだろうか。
大塚英二は江藤の「なんクリ」への評価を巡って小島信夫の『抱擁家族』との比較をする。『抱擁家族』において妻を寝取るのはアメリカであったが、では「なんクリ」における淳一のペニスはどこからくるのか。

『なんとなく、クリスタル』は現在でこそ評価は落ち着いた感があるが、発表当時はまさに真っ二つに割れた。評価しない側は「本文」のあまりの薄っぺらな退屈さにげんなりし、評価する側はこの小説の価値は「本文」にではなく註の存在にあるとした。今振り返ると、この作品は小説的な小説というより、高い批評的意識を持ち、それを前景化させたものだと考えたほうがいいだろう。その後田中は小説家としてはお世辞にも成功したとはいえず、むしろ批評家的活動に重点を置いたことからも田中の資質というものが窺える(当時はまさかああいうタイプの政治家になると思った人はさすがにいなかっただろうが)。
江藤が評価したのは田中の批評意識であり、タイトルにつけられた「、」にそれが表れているとした。この評価自体が妥当なものかは置いといて、武田はこの「、」によるためらいに注目する。

必要から原発を推進するのではなく、原発推進そのものが目的と化してしまった「スイシン派」にしろ、運動そのものが目的化してしまった「ハンタイ派」にしろ、このためらいを忘れてしまったからこそ原発が現在のような状況を迎えてしまったのかもしれない。


武田の推進、反対両者への「非共感的」な違和感というのは僕もかなり共有するものであるのだけれど、「立っている位置は同じでも向いている方向が違う」という感じなのかな、とも思えた。
例えば、今回の原発事故の後でも「反対派が騒ぎすぎるので、原発の新規増設が進まず、すでにあるものも改良などをしようものならやっぱり危険なものだったのか! となってしまうために電力会社はかえって安全対策に力を注ぐことができなかった」という論法をとる人がいた。本書にもそれに類する部分があるが、これには同意しかねるんだな。どうも都合のいいとこだけ反対派の存在を大きくしてしまっているように思える。
また武田はより安全性の高い小型炉などに切り替えていくことなどを提言しているのだが、これだけ取材したのに放射性廃棄物の問題などは考慮にいれていないのだろうか、という疑問が湧く。
ここらへんは新版ではどうなっているのかは未確認。

最後に、99年のJOC臨界事故というのは本来なら日本の原発の状況にとってターニング・ポイントになっていなければならかったんだろうなあということを改めて思う。事故の破壊力はもちろんながら、あまりに杜撰な体制(ひしゃくとバケツはあまりに衝撃的だったはずだ)、二つの意味でのその「すさまじさ」が目の前にあったはずだ(人命も失われた)。ここで立ち止まることができなかったことが今回のとてつもない事故へとつながってしまったのだろう。

「ものを怖がらな過ぎたり、怖がり過ぎたりするのはやさしいが、正当に怖がることは、なかなかむつかしい」

本書にも引用される寺田寅彦の言葉である。



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佐藤太郎(仮)

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