『高橋是清  日本のケインズ その生涯と思想』

リチャード・スメサースト著 『高橋是清  日本のケインズ その生涯と思想』





不勉強を先に告白しておくが、僕は是清の自伝すら読んでないような人間ですのであしからず。

著者はアメリカ人の経済史家。これまであまり使われてこなかった是清の英語での手紙等の資料も参照しながらその生涯と思想を描く。

まずなんといっても是清のあまりの個性に圧倒される。
10歳からヘボンの元で英語を学び始め13歳で渡米するのだが、その船上で持ち金を全て飲み代に使ってしまう(13歳ですよ!)。もともと素行が不安視されていたこともあってあやうくそのまま帰国となりかける。。
この最初のアメリカ生活でのエピソードの数々もあたかもスラップスティックのようで(実際には結構深刻なのだが)、NHKにでもぜひドラマ化してもらいたい。

是清は実地を通じて卓越した英語能力を身につける。著者は特にその会話能力に秀でていたところが当時の他の知識人と比べ際立っていると評価する。
一方でムラっ気でクセのある性格も災いし職を転々とし、辛酸もなめる。
紆余曲折を経て日銀入りし、ついにその本領を発揮し始める。

注目すべきは是清はほとんど正規の教育を受けず、独学でその思想を作り上げていったことであろう。
その思想とは何か。一言でまとめるとプラグマティズムであろう。数々の濃密な(濃すぎるくらいの)体験によってその感覚は磨かれていった。
是清にとって経済政策とはあくまで国民の生活を向上させるためにある。当然といえば当然のことであるが、主客が転倒してしまうことがしばしある。

対照的な例として井上準之助があげられるだろう。
井上は高い教育を受け、経済学にも通じ経験も豊富であったが、浜口内閣において日本経済をどん底にまで落とすことに加担してしまう。
もともとは是清と同じく緩和政策志向であると見なされていたが、一転して金本位制への旧平価での復帰のための緊縮政策をとる。
スメサーストはその理由について、一つは井上の政治的野心、もう一つには日本は列強の一員であらねばという面子の問題が作用したのではないかという説を紹介している。
いずれにせよここには市井の人々の生活という観点がすっぽり抜けている。

贅沢を戒め、困窮に耐え、血を流してでも列強にふさわしい地位を得るための改革を断行する、なんとも気持ちのいいことではないか。小説のネタにもなることだろう(『男子の本懐』)。しかしこのような政策を行って苦しむのは誰なのか、為政者はそのことにまで想像力を働かせなくてはならないはずだ。是清にはその想像力があり、井上には欠けていた。

是清は放漫財政政策を取り、軍事費の莫大な増加を招いて軍部暴走というパンドラの箱を開けてしまったと非難されることがある。
是清は野放図な財政を放置したのではなく、むしろ財政を立て直すには経済成長こそが必要であることを認識していた。
是清は普通選挙制度の導入を訴えたり中国への軍事的介入を戒めていたが、理想主義者ではなかった。むしろ徹底したリアリストであった。それなりの軍備を認めていたし、今日的観点では帝国主義者といってもいいくらいだ。
一方で尻尾が犬を振り回すかのような状況には断固として抵抗した。是清がとった国債の日銀引き受け政策などにより軍事費も増加したのは確かであるが、これは当時の政治状況を思えば、政策実現のためのやむを得ない妥協であったともいえるだろう。
なにより是清がどれほど軍から憎まれていたかはその最後を見れば明らかである。
現在「是清の罪」とされるものの多くは後任が軍などに抗し切れなかったことによる部分が大きいのであろう。

部下の名前を覚える気がなかったとのことだが、蔵相時代に主税局長を「税」、銀行局長を「銀行」と呼ぶ是清!
経済政策においてはリアリストであっても政治的には結構「空気が読めない」ところがあったが、このエピソードもそれを表すものでもあるのだろう。
逆にいうとそこが労働者の権利を擁護したり再配分政策を進めようとしたり軍の肥大化に抵抗したりと現在から見ても「進歩的」にも写る政策を唱えられたというところなのだろう。
もちろん政友会の右傾化に抗うなど信念の人であることも間違いないのだろうが。


それにしても本書を読んでいて奇妙な思いというものが拭えない。
現在政治家や政治記者に「尊敬する政治家は誰か」というアンケートを取れば、高橋是清と石橋湛山は上位にくいこむことだろう。

本書にはインフレを過度に警戒する一方でデフレのリスクをほとんど無視する人々が出てくるが、現在に至ってもそのような人がいるばかりか、なぜかそういう人までもが是清や湛山を尊敬してると言う。いったいどこをどう見ればそうなるのか、という感じである。
本書に描かれるデフレに陥ると経済的弱者からまずダメージを被っていくというのは1930年前後に体験しただけでなく、今まさに我々が体験していることでもある。そしてそこから脱する知恵を授けてくれているのが是清ではないか。

是清の伝記なんですから、是清を尊敬しているという政治周りの人は当然読んでいるんですよね、ここから学んでいるんですよね、と思いたいところであるが、どうもそこらへんは極めて怪しいというのが哀しき現状であるのだが。



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