『エイズを弄ぶ人々』

セス・C・カリッチマン著 『エイズを弄ぶ人々 擬似科学と陰謀説が招いた人類の悲劇』




エイズの原因はHIVではない。エイズの治療薬と称されるものは実は毒であり、その背後には巨大な陰謀が隠れている……

こんなことを言う人がいたらどうだろうか。80年代ならともかく現在なら誰も相手にしない? いや、さにあらず。それどころか2000年代に入ってから悲惨な状況がもたらされることとなる。

本書はこのようなエイズ否認主義についての本である。
「まだいるのですか?」という言葉から始まられるように、決して大きなうねりとなっているわけではないが、それでも未だにそれなりの影響力を持っている。

高名な学者が提唱し始め、(怪しげな)ジャーナリストなどが乗っかり、「意識が高い」(と当人は思っている)人々の間に広がっていく。ここらへんはその他の擬似科学や陰謀論と同じ構造である。
自分達が無視されるのはまさに真実を語っているがゆえであり、助成金などが得られないのは不都合な事実を明らかにしてしまうためである。こんな発想をされるともう何を言っても無駄に思えてしまう。
かたや国や巨大製薬会社による利益の確保や黒人の人口を抑制しようという人種差別の陰謀であり、かたやこれは生活環境(つまり同性愛や麻薬の使用)が原因であるとする。
前者は左がかっている陰謀論者に多く、後者は右側からの偏見であるが、このような考えが共存してしまう。このご都合主義を指摘したところで聞く耳は持つまい。
同性愛への差別感情をむき出しにするかと思えばエイズ治療薬の開発者や啓蒙運動をナチ扱いする。もうなにがなにやらというのはおなじみの陰謀論者の行き着く末である。

実際そう思って無視を決め込む専門家も多かったのだが、エイズ否認主義は南アフリカの当時の大統領ムベキに受け入れられてしまう。
これには不幸な過去も関係している。アパルトヘイトの最中、白人が黒人向けの生物兵器の開発を行っていたのは事実であり、アメリカにおいて黒人に対して非人道的な人体実験が行われていたのも事実である。このような歴史がムベキに陰謀論を信じさせる要因の一つであったのだろう。
しかしそれだけではない。「裏づけ」となる考えを支える欧米の学者等は南アでの「エイズ諮問会議」においてトンデモ理論を展開し、政権に受け入れられてしまう。
ムベキは大統領を退いたが、その後就任したズマもエイズに対して差別的な言動で知られ、この問題は現在進行形なのである。

もちろん南アフリカだけの問題ではない。
アメリカにおいては当時の大統領レーガンは社会問題化していたにも関わらずエイズについて六年もの間沈黙し続けた。本書に書かれていないがブッシュ・ジュニアはアフリカ諸国に援助と性的禁欲教育とを結びつける政策を取り批判を浴びた。2008年の大統領選挙においてもオバマと親しかったライト牧師はエイズ陰謀論に乗る言動を取り、マケインは共和党候補らしく(?)やはり禁欲を旨とする政策をとった(より正確にいえば無関心であったのだが、無関心は間違った政策を進めてしまう動力ともなる)。
アメリカにおいても、あるいは他の地域においてもエイズ否認論は現在進行形であり、決して軽視はできない問題なのである。

この手の運動には「セレブ」の協力も欠かせない。U2のボノなどがエイズの感染予防や治療薬の普及運動に取り組む一方で否認主義に肩入れするのもいる。
不勉強にも本書で初めて知ったのだが、フー・ファイターズはその代表格として名前があげられていた。どうもベースのメンデルが熱心なようだが(ここ参照)う~む、デイヴ・グロールもこれを支持してるのかな? これにはちょっとショックだった。


何でもかんでも「現在の日本では」という方向に寄せてしまうのは良くないのだろうが、それでもやはり日本の現状を考えるうえでも示唆的なことも多い。

「否認主義者が書いたものを読み、何人かの否認主義者と直接話しをしてきて思うのは、彼らのうちどれだけの人が、エイズとエイズ患者のことを本当に心配しているのかということだ」(p.259)とある。
「放射能から子どもたちを守れ」と言っている人が平気な顔をして優生思想的差別発言をしているのを見てぞっとしたものだが、まさにいったい誰のために何をしているのかということを見つめ直すことをやめると単にエゴを満たすためだけの運動となってしまう。

本書においてなんとも痛ましかったのは、HIVに感染している人がすがるように否認主義に走り、適切な治療を受けずにそのまま亡くなったり、防げたはずの母子感染によって幼い命が失われたりした例である。
ホメオパシーだのEM菌だの米のとぎ汁だのといったのを苦笑して通り過ぎるわけにはいかないのはこのためである。不安にかられている人につけこむというのは適切な処置から遠ざけるという点で文字通りの意味での暴力ともなる。

少し長くなるがさらに引用してみよう。

覚えておいてほしいのは、科学は常に、主流とは異なる考え方をする人の力によって大きな進歩を遂げてきたということだ。異論を唱えるということは、すべての意見に耳を傾け、証拠を重んじることを意味する。異なる意見が道理に合っていると思えるときは、それを歓迎しよう。それを調べよう。そして、確かな証拠があるのなら、それを受け入れよう。エイズに関して異論を唱え、それでも信頼され続けた人は、HIVがエイズの原因だという証拠を受け入れ、さらに先へ進んで新しい貢献をした。先へ進むことを拒んだ人が、否認主義にはまり込んだのだ。(p.277)

これまでの苦い経験からわかったのは、無視していても否認主義は消えていかないということだ。(中略)否認主義の背後にある科学と医学への不信は、教育キャンペーンを展開したり、わかりやすい小冊子を配ったりするくらいで払拭できるものではない。エイズ学者は、仲間の科学者だけでなく、世間としっかりコミュニケーションを取るべきだ。また、安易な未来予測は控えたほうがいい。実現しなければ、信頼を損なうだけなのだから
。(p.280)

ここらへんは今まさに日本で問われていることでもあろう。


最後にこの話題といえばこれも触れておかねばならないのだろうが、日本では近年、先進国の中では例外的にHIV感染者の数が増え続けているという。その割には危機感が薄く、教育がどう取り組むかなどの議論も極めて不十分に思える。性教育の話となると「寝てる子を起こすな」的反応や、とにかく子どもに性的な事柄に触れさせること自体を嫌悪しているような人が幅をきかせているという点ではとてもじゃないがアメリカを笑えまい。
日本においては本書の文脈とはまた違う意味での「否認主義」(問題を無視していればその問題はないことにできる)が広がっているのかもしれない。


著者のブログはこれかな。

そういえばあともう一つどうでもいいことを。本書には著者と否認主義者のツーショット写真なども収められているのだけれど、なぜか著者は笑顔で写っているのですよね。取材時のカモフラージュだったのか、どんな人にも礼儀を失するまいということなのか、単にカメラの前では反射的に笑顔になってしまうのかはわからないけれど、怒りに満ちた本文のことを考えると結構シュールに見えたりするのでありました。


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佐藤太郎(仮)

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