『デニーロ・ゲーム』

ラウィ・ハーリ著 『デニーロ・ゲーム』




75年に始まったレバノン内戦を背景にした作品。
「デニーロ」とは語り手の親友のあだ名である。他にも「ランボー」というあだ名で呼ばれる人物がいるなど「一万の砲弾が降り注ぐ街」にあってもどこか現実感を失わせるような、「滑稽」とすらいえるような雰囲気がある。

どことなく重なるのが90年代のユーゴ内戦である。『兵士はどうやってグラモフォンを修理するか』(感想はここ)もそうであったが、ユーゴ内戦を描いた作品はどこか神話めいた、あるいはファンタジーめいた雰囲気をまとったものも多い。
戦争、とりわけ内戦というものは究極の非日常ともいえるもので、その全体像を捉えようとすればそのような形になってしまうのかもしれない。

この作品におけるレバノン内戦の風景は近未来のディストピアのようにも思えてくるし、ユーゴ内戦にしてもその気配が漂ってしまうのは、過剰なほどの生々しさがかえって現実感を失わせてしまうということなのかもしれない。
ユーゴにおいては、それまで何十年も隣人としてごく普通に暮らしてきた人々が凄惨な戦いを繰り広げた。
「中東のパリ」とも評された風光明媚なベイルートは砲弾の雨によって血塗られていき、人々の精神は荒廃してゆく。

主人公はそんな中にあっても「普通」の若者だ。バイク、音楽、ドラッグそしてセックス。いや、そんな中にあっても「普通」であることこそがグロテスクなことなのかもしれない。
残酷な現実が追いかけてきて肩を掴む。「デニーロ」は民兵組織に深入りし始める。そして82年に起こったパレスチナ難民キャンプで起こったイスラエルによる大虐殺であるサブラー・シャティーラ事件にまで関与してしまう。

タイトルの「デニーロのゲーム」とは『ディア・ハンター』におけるロシアン・ルーレットのことだ。
ヴェトナム戦争の過酷な体験による精神的後遺症から抜け出せない人物を描いた映画の影響を、まさに現在戦争中の人々が受けてしまう。死の手触りなどそこいらじゅうにあふれているのに、その香りに自ら誘いこまれていく。

ここまでは第一部である。三部構成となっているのだが、レバノンからの脱出以降というのは少々話がねじれてくる。
これが個人における実存的不条理を扱ったものなら、カミュの『異邦人』への直接の言及というのはストレートすぎることだろう。
しかし一人称で語られ、ある衝撃の事実が明らかになっていく過程というのは、どこまで語り手を信用すればいいのだろうか。もちろん素直に読むことも可能なのだが、ここらへんを訝り始めるときりがなくなってくる。

この目がくらむような体験こそが、戦争中の人間が戦争映画に侵食されていくという倒錯であり、あまりに生々しい現実という世界が突きつける不条理の正体でもあろう。
戦争というものはそのような剥き出しの現実を突きつけるものであり、レバノンやユーゴ、あるいはヴェトナムという戦場に投げ出された人々にとっては、大儀が見出せないものであるからこそ寓話性を帯び、そのことによって戦争の真の姿を抉り出すということなのかもしれない。

それまでの戦争文学とヴェトナム以後のそれとは明らかに趣を異にしたものが目立つ。かつての戦争が「大儀」によってその現実を糊塗できていたのに対して、大儀なき、剥き出しの現実が突きつけられる。それを文学に昇華させるには「非現実」的ともとれるような寓話性、あるいはグロテスクなほどの「滑稽」さというものが必要とされているのだろうか。あるいはこれこそが、紛れもない事実だということなのかもしれない。

こう書いているとティム・オブライエンの『カチアートを追跡して』(ちなみにヴェトナム戦争を描いた作家で僕が一番好きなのがオブライエンだ。今小説書いているのだろうか……)のような作品と思わせてしまったかもしれないが、リアリズムで書かれた作品である。
こういう感想の書き方になったのは、読んでいて特に二部以降、これは実は『カチアート』のような構成(つまりある人物の妄想)なのではないかとも思ってしまったり、あるいは「叙述トリック」を使ったもの(語り手が入れ替わっている)というようなことを妄想してしまったせいなのだが、さすがにこれは僕が想像力を走らせすぎたのだろう。



作者のハージは64年ベイルート生まれ。アメリカを経て現在はカナダ在住。写真家でもある。本作はハージ自身の体験を基にしたということではないが、精神的にはリアルな肌触りによるものなのだろう。

訳者あとがきで触れられているジャン・ジュネの『シャティーラの四時間』はイスラエルによる西ベイルート包囲についての作品だとか。未読なのだが読んでみようかな。ああ、同じテーマをイスラエル側から描いた『戦場でワルツを』もまだ見てないや……


本作もそうだが最近藤井光さんの訳書がよく出てるなぁ。堅めの英語文学の翻訳においては期待の星というところか。年下の方なので老婆心ながら言い添えると訳者あとがきでの自分語りは少し控えめにしたほうがいいと思うがw

当時のレバノン情勢の解説もある











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