『ジョージ・ハリスン /リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』

『ジョージ・ハリスン /リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』

見てまいりました。映画の日に行ったのだけれど割引対象外だったのね。平日の昼なのに九割以上埋っていたのですが、みんなチケット買う時に「え?」と思ったんだろうなw

僕は78年生まれなのだけれど(ちなみにジョージの息子のダーニと同い歳。ところで腕のタトゥーはなんて彫ってあったのだろう)十代のころ一時ビートルズばかり聴いていた時期なんかもあって、マニアとまではいかないけど平均(というのがどれくらいかわからないけど)よりはややビートルズ知識があるほうかと思います。

本作のために撮られたインタビューもたくさんあるし、初公開のプライヴェート映像など貴重なものもあり、そこらへんは資料的価値も結構あるかと。ただ長尺なせいで(三時間半!途中休憩ありでした。『ノー・ディレクション・ホーム』もそうだったっけ)やや散漫な印象は否めなかった。あれがないこれがないは言い出したらキリがないのだろうけど、その割りにここ必要かな? みたいなとこもあったりして。ジョージの生涯を網羅的に描くというより精神面に焦点をあてようという意図が濃いのだけれど、それにしては中途半端なところもあるような。

またナレーションや人名を除く説明的字幕がないために最低限の予備知識がない人はチンプンカンプンなとこも多かったのではないかな。クラウス・フォアマンはいろいろ貴重な話をしてくれたのだけれど、ビートルズ・ファンからすれば説明不要な人だがそうでない人にとっては誰これ? って感じだったのでは。途中ジョージの手紙をダーニが読んだりはしているのだから、無理せずナレーション入れてもいいんじゃないかね、とも思ったのだけれど。スコセッシのような大物がこだわりを持って作るとそこらへんはいろいろ難しいのかもしれないけど。いずれにせよ本作を「入門編」として観ようという人がいたらあまりお勧めはできないかも。
マニアの人から観るとどうなのでしょうかね。こういう作品を映画単体として評価するのはなかなか難しいのだけれど、これは特にそういう感じかな。


以下うまくまとめられそうもないので思いつくままダラダラと。

『リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』というのはもちろんジョージのソロ・アルバムのタイトルから取られているのだが、これにはもう一つの意味もこめられているのだろう。
ポピュラー音楽をこれまでとは比較にならないほど巨大産業にしたビートルズの一員であるジョージが精神の高みを志向し、スピリチュアルなものにも傾倒する。すぐに離れたジョンとは違いジョージは生涯インド思想にはまり続けた。同時に「物質主義」から完全に離脱したわけではなく、資本と物質主義の祭典ともいえるF1にもはまったりする。矛盾といえば矛盾であるが、自分に正直といえばそうなのかもしれない。ただそこを強調しようとし過ぎているようにも思えてしまった。今回新しくインタビューに答えた人の多くがジョージの性格の「二面性」について言及していたのはインタビュアーの誘導なんじゃないのかな。だいたい「二面性」がない人間なんていないと思うんだけど。


エリック・クラプトンもいろいろ証言してくれている。ジョージとクラプトンといえばなんといってもパティ・ボイドをめぐる関係で、「レイラ」のことなども出てきます。ただなぜかジョージとパティの出会いなどにはふれられず、いつのまにやら結婚していたようになっています。パティもインタビューを受けているのだから触れられない話題というわけではないと思うんだけど。まさかオリヴィア(ジョージの再婚相手)が製作に加わっているからとかいうことではないんでしょうが。しかし現在のパティの姿を見ると……時の流れは残酷であります。「サムシング」のビデオを初めて見た時は「かわええ~」と思ったなぁ。




ダーニが角度によってちょっとぞっとするくらい父親に似ていたりすることはよく話題になりますが、ジョージのお兄さんもインタビューに登場。あまり似てないなぁ、なんて思ったのですがよーく見ると目がやっぱり似てるんですよね。あまり意識したことなかったけどハリスン家は目に特徴があるのかも。




ブライアン・エプスタインが死んだのって32歳だったんだよなぁ。ビートルズ関係の本は十代のころよく読んだせいでもっとおっさんのような印象があったけど今の僕より年下なのか……。
エプスタインについてもなんの説明もないままいきなり死の話題にいくんで、「この人誰?」くらいの人はやはりある程度予習してからのほうがいいですね。
それにしてもブライアンとジョージのエピソードって何もなかったのかなってくらい結構あっさり片付けられていた。


思わず爆笑しそうになったのがフィル・スペクターのインタビュー。ホスト崩れというかつんくのようなスーツを着て、アブナイ空気をビンビンに出しながらしゃがれ声でまくしたてる。これっていつ撮ったやつなんだろう。あの事件の前なんだろうけど。とにかく持っていかれました。
本作のエピソードはだいたい知ってたものが多かったのだけれど、初めて聞いたのがバングラデシュ・コンサートの際ボブ・ディランがなかなか現れず困りはてていたところで、フィル・スペクターが会場まで連れてきたんだとか。これってほんまかいなとも思うんだけど。

バングラデシュ・コンサートといえばこのころクラプトンはアルコールやドラッグでほとんど廃人状態みたいな噂が立っていて、ステージに立った時会場はすんげえ盛り上がったんじゃなかたっけ。そこらへんの話とか面白そうだし二人の友情の感動エピソードだと思うんだけどなぁ。なぜか触れられず。
まぁこのコンサートはいろいろ問題があったのだけれど、そこらへんもあまり触れられず。一瞬登場するアラン・クレインのあの場面はわかる人にはわかるようになってるけど。



そういえば「マイ・スウィート・ロード」の盗作裁判とかも触れられてなかったけど、これも微妙にそれを連想させるような発言の場面はあった。有名な話なので隠すとかいうことではないと思うんだけどなぁ。ここらへんのチョイスはどうもよくわからん。




フィル・スペクターには思わず爆笑しそうになったけど、ほんとに爆笑してしまったのがハンドメイド・フィルムス設立の件。『ライフ・オブ・ブライアン』の後、ジョージは「次回作の監督はテリー・ギリアムだが奴はイカれてる」って言ってたんだとか。まぁ確かにね。テリー・ギリアムも結構たくさん登場します。

エリック・アイドルが、ジョージは一方で「スピリチュアル」なものに傾倒しながらモンティ・パイソンも好きなことについて、「ジョージは笑えるものか心に響くものしか認めない」みたいな感じのことを言っていたが(ちゃんと憶えてないんで少し違うかもしれないけどそのようなニュアンス)これってジョージの本質をついているのかも。


その他にもいろいろ思うところはあるんだけれど、いい加減収拾がつかなくなってきたので最後に。
やっぱりバンドってやつは難しいものなんだよなぁ。
ビートルズ解散以降最初に成功を収めたのは実はジョージだったのですよね。ビートルズ時代はどうしてもレノン―マッカートニーの影に隠れてしまっていたのだけれど、じゃあ早い段階でジョージがビートルズを抜けていたらどうだったかというとこれもなぁ。レノン―マッカートニーの頚木から解放された結果の成功なのだけれど、この頚木がなければ才能を伸ばすことができたのだろうか。
ビートルズの末期はバンドとしてはほとんど機能不全に陥っていたのだけれど、しかしそれでも「バンド」でいることの意味というのはジョンにしろポールにしろソロになった後で痛感したのだろうなぁ。
70年代半ばのジョージのツアーが惨憺たるものに終わったことにも触れられているが、喉の不調などもあったのだけれど、やっぱりバンドとしての緊張感や苛立ちや嫉妬の喪失というのも影響したのだろう。これ以降ジョージはミュージシャンとしては精彩を欠くことになってしまうのですよね。

トラヴェリング・ウィルベリーズのレコーディング風景なんかも出てくるのだけれど、ボブ・ディランは全然楽しそうでない仏頂面のように見えなくもないんだけど、内心はウキウキしてたのかなぁ。やっぱりバンドを組むというのは特別なものなのだろうか。



ビートルズの中期あたりまでの四人がふざけあってる姿などはその手のモノが好きな人なら萌え死にしそうなくらい和気藹々としているのですが、それだけに『レット・イット・ビー』のポールとジョージの口論にそれを止めることもできずに見つめるリンゴの姿など胸が痛んでしまう。
はたしてバンドというのは精神衛生上どういうものなのでしょうか。う~ん、人間って難しいのう。


ソロだとこれが一番好きかも。










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佐藤太郎(仮)

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