『バウドリーノ』

ウンベルト・エーコ著 『バウドリーノ』




紀元1204年、第四回十字軍の侵攻にあったコンスタンティノープルで、コニアテスは危ういところをバウドリーノに救われる。バウドリーノは貧しい農民の息子から皇帝フリードリヒの息子となり、奇想天外な冒険をへてコンスタンティノープルにたどり着くまでを物語始める……


2000年に発表されたエーコの小説の第四作。
エーコが中世を扱うといえばどうしても『薔薇の名前』を想起せずにはいられない。
確かに共通項も多い。本書の多くはバウドリーノがコニアテス(実在の歴史学者)に話し聞かせるという入れ子構造であり、「私は人をひとり殺しました。それは十五年前に、私の養父、王の中の王、皇帝フリードリヒを殺した男なのです」(上 p.32)というミステリー風味。

しかし小説の印象としてはかなり異なる。
『薔薇の名前』は二重三重の入れ子構造となっていたが、この「入れ子」がしっかりしているともいえる。これに比べると『バウドリーノ』は一人称と三人称の語りの往還など、構造が「緩く」なっている。
『バウドリーノ』でも密室殺人(?)が起こるが、『薔薇の名前』でのそれと比べるとこちらも「緩い」。

といってもこれはエーコの作家としての能力の衰えなどではなく、初めから意図が異なっていると考えるべきであろう。
『薔薇の名前』は時間的にも地理的にも閉ざされた、限られた物語であり、濃縮されていくような求心力を働かせた作品であったが、『バウドリーノ』では時は約半世紀にも渡り、地理的にも司祭ヨハネ(プレスター・ジョンですね)の王国を目指す冒険譚となっており、拡散していく物語である。
そもそもこのバウドリーノなる人物、「おまえは生まれながらのほら吹きだな」(上p.59)と言われてしまうような人物なのであるが、この言葉もバウドリーノ自身が自らの思い出として語っているのである。

コニアテスは早い段階でバウドリーノに対し「(あなたは)まるでクレタ島の嘘つきだ」(上p.55)と言う。
「この本に書かれていることは全て嘘です」とその本に書いてあれば、この言葉も嘘。ということはこの本に書かれているのは全ては本当のこと、となると全て嘘ということで……
ということでなんといってもこの小説はバウドリーノの虚実入り混じったほら吹き譚として楽しむべきものであろう。

エーコの該博な知識とユーモアがたっぷりと堪能できるのだが、もちろんそれだけで片付けてしまうこともできない。
『薔薇の名前』は連続殺人の解決を目指すという探偵小説であると同時に、大量に駆使された文学的アリュージョンを読み解くという文学探偵小説でもあったが、当時のイタリアの政治状況を反映しているという指摘もある。
そしてこの『バウドリーノ』は……とかっこいい解釈を披露したいところなのだが、そういうのがパッと浮かばないのが教養のない人間の哀しいところなのでありますが。
宗教一般や信仰、あるいは聖と俗についてというのは誰にでも浮かぶのでしょうが。『美の歴史』『醜の歴史』には目を通していないのですが、訳者あとがきを読むとここらへんともつながりがありそうですし。読む人が読めばいろいろあるのでしょうが。

とにかくこの作品を読みながら何度も笑ってしまうと同時に、もう少し教養があればこの物語をもっと楽しめたのに、という後悔の念も覚えてしまったのであります。
まぁ堅苦しいこと言わずに楽しめる作品でもあるのですが、とりあえず当時の政治、宗教をめぐる状況をある程度は頭にいれたうえで読んだほうがいいかもしれないです。



訳と訳者あとがきを書く際に参考にしたとして挙げられている本。これ読んで勉強しますかね。
フリードリヒ・バルバロッサのイタリア遠征とオットーの著作については 佐藤眞典著 『中世イタリア都市国家成立史』




コニアテスの『歴史』については和田廣著『史料が語るビザンツ帝国』




「司祭ヨハネ」の手紙については訳文も収録されているという『西洋中世奇譚集成』




「ヴェローナの謎歌」については大黒俊二著『声と文字』









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