ぶすり!

村上春樹ファン失格かもしれませんがようやく今になってチャンドラーの『リトル・シスター』(『かわいいい女』)の新訳を読みました。




チャンドラーというのは僕にとって不思議な作家である。主要長編は昔に全て読んでいるし、ものによっては複数回読んでいる。しかしそのプロットというものがまるで頭に残らないのである。決して退屈して読み飛ばしたのではない。それなりにきちんとは読んだつもりなのだが、それでも頭に残らないのである。
そんなわけでこの『リトル・シスター』もまるでストーリーを憶えていなかった。

チャンドラーの作品のプロットが記憶に残らない原因はどこにあるのだろうか。チャンドラーはもちろんハードボイルドというジャンルの最重要作家の一人であり、つまり広い意味でのミステリー作家である。「広い意味で」というのは、ハードボイルドに対して、そのジャンルのファンがどこまで謎解きという部分を重視するか微妙なところがあるためだ。ハードボイルドは、謎解きこそが命であるいわゆる本格ミステリーとは求められるものが異なるだろう。とりわけチャンドラーにはその傾向が強いように思われる。

多くのファンが進んで認めるところだろうが、チャンドラーの作品は一分の隙もなく完璧に構成されたものであるどころか、隙間だらけである。それも意図的に多様な解釈を誘う「開かれた作品」にしようだとか、アンチ・ミステリー風味に仕立てようとしたということではなく、「天然」でそうなっていることが多い。あまりに有名なエピソードとして、ハワード・ホークスが『大いなる眠り』を原作に『三つ数えろ』を製作する際、チャンドラーに運転手を殺したのは誰なのかと問い合わせると、チャンドラー自身もわからなかったというものがある。

『リトル・シスター』は特にその傾向が強く、春樹も訳者あとがきにて「結局誰が誰を殺したのかと訊かれると、急には答えられない。「たぶんだいたいこういうことじゃないのかな」としか説明できない」としている。訳者(つまり何回も精読を重ねている)ですらこうなのだから、ストーリーを憶えてなくても仕方ないよね、なんて思っちゃったりして。

チャンドラーは本作の執筆時、心身ともにコンディションは冴えず、『リトル・シスター』を自ら酷評すらしていた。前述のようなプロット上の混乱なども考えると駄作なのだろうか。僕はそうは思わなかった。春樹は本作を「愛おしい」としているが、確かにミステリーとしては細かく詰めることなく放り出したようで苦しいのだが、その分チャンドラーの「文学風味」というものがよく出ているようにも思える。春樹曰く「チャンドラー節」を十分に堪能できる。

村上春樹はデビュー間もなくからチャンドラーからの影響を公言していたが、それが最も色濃く出ているのは独特の比喩表現だろう。もし春樹の作品を読んだあとでチャンドラー作品を知ったという人がいたとしたら、「あぁ、これすんげえハルキっぽい」という印象を受ける部分も多いだろう。
影響はそれだけに留まらず、『羊をめぐる冒険』は『ロング・グッドバイ』を下敷きにしたというのも有名な話である。

で、ここからがようやく本題なのだが、前述の通り僕は『リトル・シスター』のストーリーをあらかた忘れていたのだが、今になって読み返す形となるとはっとしてしまう部分があった。
アイスピックによる殺人が起こるのだが、こんな会話が交わされる場面がある。
「後頭部のくぼみの少し下で脊髄が貫かれているみたいだ」/「とても傷つきやすい部分です。その部位の見つけ方はちょっとむずかしいが、それくらいたぶんご存知でしょう」

これはもろに『1q84』のアレの元ネタではないですか。
正直に言うと、『1q84』についてはファンだからこそ過大評価はやめて欲しいという感情があって(『海辺のカフカ』や『1q84』を春樹の代表作のように語るのはそりゃ違うでしょ、と思う。一方で過少評価されたらされたでそれも違うでしょ、という感じにもなるのだが。ファンというのはそんなものです)批評とかにあまり目を通してなかったもので。ここらへんは「おいおい、何を今さら」というところなのでしょうけど。

さらにもう一つ、『リトル・シスター』には「トード(ひきがえる)」という人物が登場するのですが、これはもしかすると『ねじまき鳥』に登場し『1q84』にて華麗に(?)復活を遂げ、さらにゴニョゴニョとなる牛河の造形にヒントを与えているのかもとも思えました(「さあ、笑っていいぜ(中略)あたしは慣れている。なにしろこの名前をずっと背負って生きてきたわけだからな」なんていかにも牛河が言いそう)。

そういえば『1q84』文庫化されるのですね。さて、BOOK4は……



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佐藤太郎(仮)

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