『キッズ・オールライト』

『キッズ・オールライト』



18歳のジョニと15歳のレイザー姉弟にはママが二人いる。レズビアンのカップルであるニックとジュールズは、精子バンクを通して同じ人物の精子を用い人工授精をし、それぞれ子どもをもうけていた。
精子バンクが精子提供者の身元を明かすのは子どもが18歳以上になってから。レイザーは姉に頼み、生物学上の父親の身元を調べてもらい、二人で会いに行く。そこで出会ったポールの存在によって、家族4人の関係に変化が……

こうあらすじを書くと、なにか「特殊」な環境にある人々の「特別」な体験を描いた作品のように思われるかもしれない。しかし見終わって感じる印象はそうではない。

この作品は親子の物語である。
生真面目な優等生のジョニは、大学進学を間近に控えながらも子ども扱いされることに次第に苛立ちがつのってくる。一方、弟のレイザーはワルい友だちとつるみ始め、親から心配される。
レイザーと悪友との関係は友人としてのそれとは違うのではないかと誤解されるスラップスティック的一幕を含め、このように子どもの成長に伴って親子関係に緊張が生じるというのはごくありふれたことである。

この作品はまたカップルの物語でもある。
医者であるニックは自分を確立しているようだが、その完璧主義から他人に対し厳しく当たりすぎることがある。一方のジュールズは学生時代に建築を学びながらも今ひとつ腰が定まらず、自分が「承認」されていないという不満を抱えている。
これもまたよくある話である。

この作品の最大の価値とはこの「普通」さであろう。
力みまくった「シリアスな社会派ドラマ」でもなく、「社会の周縁に置かれた人々の心情を詩的に描く」などというアート志向でもなく、また当事者を嘲笑うかのような無神経なコメディでもない。一つの家族の物語を、家族の物語として描いている。

本作が映画的に大傑作かと言われれば、そうではないだろう。
いかにもヤリチン風自由人であるポールは、地元産の有機野菜を使ったオーガニック・レストランなんぞを経営し経済的にも成功しており、ぱっと見は人当たりもよさそうなのだが……なんてとこまで、登場人物の造形の多くは類型的な印象が強く、ストーリー展開もありきたりといえばそうで、説明的なカットなども多かった。
だがそういうところも込みで、奇をてらうのではなく、家族の普通の物語をウェル・メイドなエンターテイメントに仕上げているところには好感を抱いてしまう。


最後に二つのことに触れなくてはならないだろう。
この作品は日本では映倫からクレームがついて編集されたうえでの劇場公開であったとのことである。日本での劇場公開ヴァージョンは未見だが、DVDでの「オリジナルヴァージョン」を見た感想は、「どこが問題なの?」というものである。
確かにそれなりに激しいセックス描写もあるにはあるが、そこがカットされたシーンだとすると、2011年において公開をためらわせるほどのものとはとても思えなかった。その他に問題視されるようなシーンはなかったし、いったいなんなんでしょう。多分レーティングの問題なんだろうけど、カットまでするかぁって感じである。

なんなんでしょうと言えばこの邦題である。原題はThe Kids Are All Right。なぜ「Are」を削るのかまったく意味不明だ(定冠詞が削られていることには違和感を覚えていない程度の英語感覚なのですが)。
「昔のようにきちんと邦題を付けろ」という考えの方もいるだろうが、僕はどちらかというと下手な邦題を付けられるくらいなら原題をカタカナにしただけでいいやと思ってしまう方である。ただもちろん、このような誰のために、何のためにやっているのか理解不能な「改竄」は論外だろう。単純に目的がわからないのですよね。いったいこれは何を狙ってのことなんでしょうか。

褒め言葉として「普通にいい映画」なのですから、きちんと普通に見せてもらいたいものです。




プロフィール

佐藤太郎(仮)

Author:佐藤太郎(仮)
shopliftersunionあっとhotmail.co.jp

最新記事
月別アーカイブ
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
カテゴリ
twitter
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR