『狂信』

高木俊朗著 『狂信』

「勝組」と聞いて何をイメージするだろうか。経済的勝者? 現在の日本ではそうかもしれないが、60年ほど前のブラジルでは違う意味を持っていた。


「あんた、気をつけないと、あぶないですよ」
昭和二七年、映画製作の依頼を受けてブラジルに渡った「私」はこう警告を受ける。第二次大戦での日本の勝利を未だに信じている「勝組」の存在は耳にしたことがあった。ブラジルに来て判明したのは、現在でも「勝組」の日本人移民社会に対する影響力は強く、彼らは暗殺団を結成し、さらにはそれを実行に移し、凄惨な事件の数々を引き起こしていたのである。私は調査を開始するが、そこで浮かび上がってきたのは悪夢的な迷宮世界だった……

なんて書くとハードボイルド調の歴史改変ミステリーかと思われるかもしれないが、これは著者が実際に、昭和二十七年に八ヶ月間ブラジルに滞在した体験を描いたノンフィクションなのである。

日本の勝利を信じた「勝組」が生まれたのはブラジルに限ったことではないようだ。ではなぜブラジルでのみこのような凄惨にして奇怪な歴史を辿ることになったのだろうか。
「勝組」は引っ込みがつかなくなった人々ともいえるだろう。「神国日本が負けるはずがない」と言い続けてきた以上、そう簡単に負けを認められるはずもない。
しかしそれだけでは他国とて事情は同じはずだ。ブラジルではさらに「利欲」も絡んでいた。

例えば「円」だ。日本が戦争に負けたということが判明すれば円の価値は暴落する。円を保有している人にとっては、日本が戦争に勝っていると思わせる動機があった。
その他にも帰国船や土地をめぐる詐欺が横行することになるのだが、著者がこれらをなぜ取り締まらないのかと訪ねると、取り締まろうにも被害者が自分のことを被害者だと認識しないために立件することができないという答えが返ってくる。詐欺師にしてみれば最高の環境である。


石黒四郎総領事のこんな証言がある。
「在外事務所ができたら、すこしはおさまるかと思ったら、なお、めんどうになりました。日本から所員が来ても、勝組の連中は信用しないんです。お前らは、日本からきたなんていうが、ほんとうはアメリカからきたんだろう。お前らは、負けたアメリカのまわし者じゃないか、というんです。本気でね」

人々をここまで頑なにさせるのは「信念」のみによるのではない。様々な擬装工作も行われていた。
ミズーリ号での降伏調印式のニュース映画は弁士によって全く逆に改ざんされた。
マッカーサーは署名にあたり、万年筆を記念品とするために七本使用したのだが、これを手をふるわせたために次々と万年筆を折ってしまったのだと説明する。さらにミズーリ号に翻るのは日本の軍旗であるとする。そんな細かいところは確認できないのだが観客は盛り上がる。そして写真ではしっかりと修正がほどこされている。
このような偽造写真は数々出回り、高値で売買されるものもあった。
他にも日本の勝利を報じる「怪ニュース」が広く出回っていた。
このような様々な動きが自然発生的に多発するわけもなく、黒幕の存在が浮かび上がってくる。

一番驚いたのは、これがブラジルでの日本人移民社会のみではなく、日本国内でもそこにつけ入る人々がいたことである。それもただの山師ではなく、代議士がである。
中村嘉寿は昭和二七年に二度目のブラジル訪問を行っているが、ある「勝組」に言わせると、「本当にわれわれにに胸襟を開き、すべてを聞いてくれたのは、昨年来伯した相撲の笠置山一行と中村嘉寿代議士くらいのものである」。

「一番悪いのは、日本からくる政治家です。これが勝組の連中の気にいるようなことをいっては、金をもらって帰っていく」として名指しされている政治家の中には鶴見祐輔もいる。鶴見はもちろん「日本が勝った」とは言わないのだが、巧みに言葉を濁すことで、そのようにも解釈できるようなことを講演で述べていたのだという。
「鶴見の話は、全体が日本民族優秀論になっている。こういうことは、勝組をおだてて変な考えにさせるだけです。政治家が、こうした悪い影響を残して行くから、事件が解決しないのです」と宮腰千葉太という認識派(「負組」)は憤っている。

ついには「偽宮様」も登場とあらゆる詐欺のオンパレードという感じなのだが、これらは荒唐無稽な笑い話どころではなく、同時に身も凍るような凄惨な暗殺事件も頻発したのである。

少し長く「あとがき」を引用してみよう。

 ブラジルに日本の敗戦を信じない勝組がいた。実際には、勝組の間には異常な犯罪事件があった。このために日本人の百七十七名が、国外追放の重刑をうけた。これについて、ブラジルの裁判官は、次のように論告した。『同一の事件で、同時に、同じ民族から、これほど多数者が、最高の処刑をうけたことは、かつてない。日本人の犯罪は、ブラジル法制史上、最大の事件である』
 この事件には、いろいろの特徴がある。非常な長期にわたったこともその一つである。事件は太平洋戦争中にはじまり、日本の降伏後には、騒乱と暗殺がつづいた。その後は、愛国運動を擬装した詐欺事件となった。この主犯が逮捕されて、一応の落着を見せたのは、昭和三十年であった。この間、十二年もつづいていた。しかも、その後も、形を変えた騒乱や詐欺が昭和四十年ごろまで連続していた。
 この長期の間、首謀者の一味は、日本の戦勝を宣伝し、それを多くの人々に確信させた。首謀者は、勝組を踊らせ、多くの事件をおこし、あるいは巨額の財産をまきあげる詐欺を働いた。その宣伝、扇動の手段は、巧妙でもあり、奇怪でもあった。このようなことも、世界の犯罪史上に、まれに見ることに違いない。



「勝ち組」の中心的組織であった臣道連盟についてはウィキペディアのこちらを参照。
「ニッケイ新聞」の記事。「父は臣道連盟だった」=ジョルジ・オクバロ氏講演=2世が語る勝ち組の歴史


移民としての生活は楽ではなかったろう。さらに戦争の勃発により敵性外国人として自由も制限された。そのような過酷な環境下において、何かにすがりつくべく「信念」を捨てられず、さらにはそれを利用しようとする輩……という構図は、過去の特殊な例として切り捨てることはできないのかもしれないという気もしてしまった。

本書を読んでいると、カフカ的不条理というよりもディック的現実溶解感覚とでもいうものが浮かんでくる、まことに奇態な話でありました。

ちょっとしたきっかけ(というほどのこともないのですが)で昭和45年発行の単行本を図書館で借りてみました。文庫化や復刊もされたこともあるようですが現在は絶版のようですね。いろんな意味で考えさせられる本ですので、機会があればお手にとられてみては。




こっちもそのうち読んでみようかな。





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