『そして、僕はOEDを読んだ』

アモン・シェイ著 『そして、僕はOEDを読んだ』




こんな話を聞いたことがある。ある英語学者は、新しい英語辞書が出るたびにその辞書を頭から読み始め、誤植等の間違いを発見してはそれを指摘する手紙を出版社や編者に送るのだそうだ。別に意地が悪くてそんなことをしているのではなく、また職業上の義務感からでもなく、ただ英語が好きなだけで、辞書を読むことが楽しく、間違いの発見はおまけみたいなものだそうだ。

「辞書を読む」と聞いてもどういうことかぴんとこない人もいるかもしれないが、世の中には間違いなくそのような嗜好を有する人がいる。この本の著者のアモン・シェイもそうだ。そのシェイが今回取り組んだのが英語辞書の最高峰である『オックスフォード英語辞典』、通称OEDである。
OEDがどのような辞書かを実感してもらうには直接引いてもらうのが一番だが、「今日の英語を作り出した「英語の歴史のすべて」を描きだそうとしている」(p.8)、全20巻、21730ページという質量ともに最強、あるいは最狂や最凶といったほうがいいかもしれないすさまじいものなのである。

本書は一年かけてOEDを読むという体験をふまえた読書エッセイと、OEDなどから著者がピックアップした単語集からなるAからZまでの26章という構成となっている。

ここで取り上げられる単語の多くは、おそらくは英語圏に生まれ育った人にも一生縁のないようなものである。
例えばGの項目。
Gastorophilanthropist (名詞) 「他人の欲求に対して慈愛の心に富んだ調達人」(OEDより)
シェイの解説がまた楽しい。「僕が最初にこの単語を目にした時、この単語は、きっと一九世紀における「ぽん引き」を表しているに違いないと思った。でも、実際は違っていた。かつては、「他人」、欲求」、「調達人」という三つの単語が組み合わさっても、決して悪い方向には理解されなかったようである」(p.99)

あるいはMの項目。
Mataeotechny (名詞) 無益な、 利便性のない科学、 技能
「僕が辞書を最初から最後まで読み通せること、そして、このmateotechnyのような単語を記憶していることは、世間からすると無益なことであr、たいていの人は利便性がないと考える。まして、誰もそれを技能だなんて考えてくれない」(p.157)

そしてUの項目にはこんなものも。
Unbepissed (形容詞) 尿がかけられていない、 尿で濡れていない
「一体全体どのような場面で、どのような目的で、こんな単語が必要だったのだろうか。ある時、尿がかけられたものの数が異常に増えて、その緊急措置として、かけられていないものと区別する必要があったとでも言うのだろうか」(p.257)

シェイは「辞書、類義語辞典、様々な分野の用語辞典を全部で一〇〇〇冊ほど持って」おり、日常的に辞書を愛読し、さらにはOEDだけでも版違いなど7種類も持っているというと、これはとっぴな変人のお話と思われるかもしれない。確かに一般的には著者の偏愛は受け入れられ難いかもしれないが、活字中毒者にとっては思わずにんまりしてしまう共感度十分のエピソード満載である。OEDが家に届けられた時の反応は本好きならきっとうなずいてしまうことだろう。
理想の読書環境を求めてニューヨークの公共図書館や大学図書館を渡り歩き、読書の邪魔をする不届きな利用者の追い払い方など、ニューヨーク在住の活字中毒者にとっては極めて実用的……ではないかもしれないけど。

それにしても「僕の知る限り、世界で唯一、ずっと辞書の売買だけで生計をたててきた」というマデリン!ある種の人にとっては彼女は究極の理想形かもしれない。
「驚くほど多くの辞書と驚くほどの博識」を持った彼女の家に寄ると、シェイはついつい散財してしまうのだが、「帰る時はいつも、「今日はいい買い物をしたぞ」という気分になる。実際、マデリンから教わる辞書についてのあれこれというのは、お金に換えがたいものがある。僕はマデリンと会う時、いつも前もって彼女に聞きたいことをリストアップしていく。でも、一回の訪問で、そのリストにあげたことを最後まで聞けたことなんて一度もない。というのも、マデリンは一冊の辞書について背t名するのに、ほかの十数冊の辞書を引き合いにだしながら説明するという癖があり、それがまたすごく面白いので、聞いている僕も、ほかの質問がたくさん残っていることを忘れてしまうのだ」(p.61)

さすがに辞書は厳しいが、これを古本に置き換えたなら、こんな人が近くにいたらと想像すると……危険すぎるな。


ただ本書には大きな欠点がある。まるで納得がいかず、読者感情移入を阻む重大な欠点が。
シェイは「この一〇年間、辞書を読んで単語を収集し、ニューヨークで家具運送の仕事をしていた」そうだが、こんな生活していてなぜにばっちしと彼女ができているんだ? 相手は元辞書編集者だったりする。
「僕は、アリックスと初めてデートをする前に、彼女からのメールにcatty-cornerd(斜めの)という単語が使われているのを目にした。僕は、その時ちょうどこの単語の語源を知ったばかりだったので(フランス語のquatre(四)に由来している)、彼女にメールを返す時に軽くその知識をひけらかした。そうしたら、彼女は、この単語について、メリアム・ウェブスター時代に書いた数ページにわたる自分の論文を送ってきたのだ。耐えきれない恥ずかしさと最高のうきうき感を一緒に感じるという経験は、この時が初めてだった」(pp.118-119)

こんな出会い方をしてしまうと幻滅も大きく、すぐに破局を迎える……と思いきや同棲まで開始し、OEDを読みふける毎日を送る著者にすごく理解があるようだ。「北アメリカ辞書学会」に「ファンの立場」で参加した三人のうち二人がこのカップルだったりして。こんなの妄想の世界なんじゃないのか。
OEDをようやく読み終え、さらにもう一度OEDに立ち返るという感動的な終わりのきっかけを与えてくれるのもこの彼女なのである。何かがおかしくないか。

ってな感じで著者の動画を見ると、予想してたのとイメージ違う!フィリップ・シーモア・ホフマンか、もしくはジャック・ブラックみたいなちびっこくて小太りで、少々脂ぎった髪をポニーテールにしてるような感じを想像してたのに!





ま、そこらへんは置いときまして、かつて結構真剣にOEDの購入を考えた身としては(もちろんCD-ROM版でも縮約版でもなくど~ん!としたのを)なかなか楽しめた一冊でありました。経済的地理的理由に加え、どうせ買ったところで使いこなす日が来そうもないので自重しましたが、この判断は多分間違っていなかったのでしょう。


OED関連の本ったらやっぱりこれですよね。




編集主幹だったジェイムズ・マレーの孫による本。




その他シェイがあげているOED関連の読書案内。




そして我らがOED



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佐藤太郎(仮)

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