『たまたま、この世界に生まれて』

鶴見俊輔著 『たまたま、この世界に生まれて 半世紀後の『アメリカ哲学』講義』

ルイ・メナンドの『メタフィジカル・クラブ』を読んだが(感想はここ)、訳者あとがきにてこの本に触れていたので手に取ってみた。
本書は2006年に行われたセミナーをまとめたもので、これに『メタフィジカル・クラブ』の訳者も出席している。

「はじめに」でこう語られている。「私の最初の本、『アメリカ哲学』は、半世紀のあいだ出版社を何度もかえて生きのび、ついに息絶えた。/それでもなお、八四歳に達した自分の中に生きている、その本に光をあてて、話した記録が、この本である」(p.3)

「一〇代だったら、引用の典拠をもっとしっかり参照できただろう」(p.3)ともあるように、かっちりとした講義というよりは、自伝的回想や脱線なども含みつつ進められるのだが、そこもまたいい。それでいてプラグマティズムの入門講義にもなっている。

いろいろ注目すべき点が多すぎてまとめることは断念。以下個人的メモもかねて。

鶴見は本書において、「アメリカ」と「USA」を区別している。「USA」は主権国家としてのアメリカ合衆国であり、ここにはもはや希望はないとしている。一方の「アメリカ」は、南北のアメリカ大陸のことであり、「もし未来にUSAの再生があるとおしたら、この「アメリカ」からだろう」(p.14)としている。

「一九世紀ニューイングランドについて書かれた二つの本を、私はアメリカ思想史の名著と思う」(p.76)としてF・O・マシースンの『アメリカン・ルネッサンス』とメナンドの『メタフィジカル・クラブ』をあげている(『メタフィジカル・クラブ』は2001年に坪内祐三がおみやげとして送ってくれたのだとか)。
『メタフィジカル・クラブ』について、「南北戦争の直接体験が、世界恐慌の直接体験と結びつく、そういう円環をなしているんですよ。一〇〇年に近いUSAの民衆の経験と相渉る、少数のアマチュアの交渉の場としてのプラグマティズム。こういう意味で、私はメナンドの本を名著だと思いますね。しかも二〇世紀の後半から二一世紀に向かって、米国の哲学にとって、それが崩れつつあるという直感をもって、この本は終わる」(p.90)としており、これはメナンドの本の簡潔にして要を得た解説になっている。


鶴見俊輔といえばご存知の通り鶴見佑輔の息子であり後藤新平の孫である(佑輔は後藤の娘と結婚した)。鶴見は過去の本でもたびたび「「一番病」の典型として父親の駄目さ加減について語り、祖父との比較を行っているが、本書においてもいろいろな例をあげながら「私は自分の体験のなかでじいさんと親父と、二人の人間を見ていて、ああこれだと思った。親父には悪いけど、ものさしとして、違いがあるね」(p.138)としている。

そういえば先日感想を書いたブラジルの「勝組」を扱った『狂信』(感想はここ)にて、「勝組」を煽る駄目な政治家として鶴見佑輔の名があがっていた。息子俊輔はこのころ精神的危機を迎えていたことが本書で語られているが、息子は父親がブラジルで何をしていたのか、父親は息子がどういう状態だったのかということをお互いにわかっていたのだろうか。

メタフィジカル・クラブの中心にはオリヴァー・ウェンデル・ホウムズがいる。鶴見は「私は、自分の父親のことを、戦争中、もうだめだと思っていて、しかもその人物から世話になっているわけだね。子どものときから金をもらっている」(p.108)と言い、ホウムズの親子関係も似たところがあるとしている。鶴見もホウムズも共に父親を通してエマソン全集に出会っているところも同じなら、「親父に対する強い強い不信感」も似ている。

精神的危機を迎えた鶴見を診断するにあたって、精神科医の井村恒郎との間に「これは分裂症(統合失調症)じゃないと思う。鬱病だと思って治療しますよ、それでいいですか?」(p.243)というやりとりがあったそうだが、鶴見はこれをパースの言うところの「アブダクション」だとしている。
1951年には鶴見は親との家を出て、そのまま精神病院に入る。そして京大の助教授を辞めようとすると、当時上司だった桑原武夫から「君は病気だ。いま君が京大助教授をやめると、すぐに暮らしに困るぞ、稼げないから。だから学校に来ないで給料だけもらっておけ」と言われたという。これを鶴見は、桑原は「私を上回るプラグマティストだった」(p.p。249)としている。
まぁ、たとえ理解あるいい上司がいたとしても、現在ではなかなかこうはいかないのですが。

「狂気」がらみでいえば、「「私は政治においてはプラグマティストだ」と言った丸山眞男でさえ、狂気をもっている。向こうはこっちを気が狂っていると思っているけど」(p.128)というところは思わず笑ってしまった。
「ジェイムズ、パース。そうとうみんな狂っている」というのは確かにそうだな、と思うのだが、僕自身も政治的にプラグマティストでありたいと思っていることを考えると、ここで笑っていていいものなのだろうか。
「プラグマティズムは、穏健な、常識的な思想で、きわめて妥協的、そして折衷主義なんだ。そのことを私は否定していない。にもかかわらず、「形而上学クラブ」というのは、そうとう変わった人間の集まりだね」(p.129)ということなのであります。

この話の流れから、日本の大学では「折衷主義はいいっていう立場は、少数派だったわけだね」(p.130)と振り返っている。「共同研究をやっていても、ホッブスはそうとう反動的思想で、ホッブスより高いものとしてルソーがあって、その上にレーニンというふうに、こう、進歩していくものだって、日本の大学育ちは堅く信じているんだ」なんていう話はとっくに過去のものというふうに感じられるかもしれないが、はたしてどうだろうか。
「私はホッブスを読んだことがある。ホッブスのほうがルソーよりずっと近代的なところがありますよ。つまり政府の思想弾圧で殺されるのはやりきれないっていう恐怖感が、『リヴァイアサン』のはじめから終わりまで、みなぎっているんだよ。丸山眞男のなかの恐怖感と似ている。丸山眞男も、そのことが貫いているんだ。だから山崎闇斎を書いていると吐き気を催すんだ。ルソーはちょっと違う。ルソーは自分自身がファシズムになりそうなやつなんだよ」なんてところは今現在、極めてアクチュアルに感じてしまう。


漱石がウィリアム・ジェイムズをどう読んだかとか、日本においてのプラグマティズムの受容は大学の哲学科ではなく、石橋湛山や池田成彬、渋沢敬三といった経済人などのほうが親和性があったというようなところもなかなか面白かったのだが、きりがないのであと少しだけ。

以下完全に個人的メモ。

「ホウムズは学生のときパースにそれほど感心しているわけじゃないけれども、パースは、非常に早くからfalliblism(マチガイ主義)という考え方を持っていた。間違いを切り捨てるのではなく、間違え方から常に学んでいくような考え方。間違いの意味を大切に考えているわけ。流動している社会のなかでは、違うアイディアとアイディアがぶつかって、アイディアのマーケットのなかで、より優勢なものがわかってくる。そういう考え方をわりあいに早くからホウムズも持っていた。ファリブルな考え方を、アイディアの違う競争のなかで見極める。そういう考え方はプルーラリスティック・コンペティション(多元競争)なんじゃないかな」(p.118)

「結論だけれども、プラグマティズムは、言葉の意味を行動の形に戻してとらえる方法です」(p.177)
「プラグマティストはいずれも、神になりかわって人間の活動を見るということを避けています。神の眼から見れば、あらゆる活動を必然性があるように見ることができるかもしれない。だけど、そこに自分を置くことを、プラグマティズムはひかえる。これは渡辺慧が言ったことに近いんだけど、マルクス共産主義は、神の眼から見ているから賛成できない、という考え方ですね。神の眼から見れば、あらゆる活動を必然の相のもとに見ることができるかもしれない。しかし、過去から得られたある程度の確実性を心に置き、つねに新しく出会う偶然性のひらく未来への賭けとして、思索をつづける心構えをもちたい。これがプラグマティズムの核心にあるものです」(pp.178-179)

同時に、これには「弱点はある」。
「プラグマティックな思想を受け入れる人は妥協しやすいし、立場を売るっていうことを非常にしやすい。それは確かだ。自分の立場を撤回して向こう側に行きます、そういう人に対してプラグマティズムは道を開いている。だから、それに対する自制心がなきゃいけないんじゃないかな。逆風が吹いているとき、プラグマティズムの側は、それに対する抵抗を貫くことが相当にむずかしい。それは確かだ。それが弱点なんだ」(pp.235-236)



鶴見俊輔の回想などを読むと、こりゃとんでもないわいと思わされることがしばしあるが、本書ではこんなことが。
鶴見は戦争中ジャワで『太平洋上の擬装用植物について』というパンフレットを刊行したと言っているのだが、軍事機密だったゆえ現在それを確かめることができない。そのパンフレットを指導してくれたのは中井猛之進という植物学者であった。この人はあの『虚無への供物』の中井英夫の父親、というだけでも、おお!というところだが、「中井英夫は、私の小学校での同級生なんだけど、このとき、中井猛之進はそんなこと知らないんだよ。私も、気づいたのは、戦後になってから」(p.66)って! いろんな意味で凄すぎ。ウィキペディアには同級生だったとちゃんとあるので、これって有名な話だったのかな。なぜに今まで見落としていたのか。

ま、「偶然、私のハーヴァードのテューターが数学者のクワインだった」(p.115)なんて言われた日には、もう参りましたというしかないのですが。


図書館に行った時に、「あぁ、そういえば」とふと思い出して検索してみたらあったので、そのまま借りて読んだのだが、入手にはちょっと注意が必要。一般の書店には流通しておらず(アマゾンにもありません)こちらのサイトでのみ購入できるようです。



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佐藤太郎(仮)

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