『短くて恐ろしいフィルの時代』

ジョージ・ソーンダーズ著 『短くて恐ろしいフィルの時代』




<内ホーナー国>の領土は国民が一度に一人しか入れないほど狭い。一人が中にいる間、他の六人の国民は周りを囲っている<外ホーナー国>の<一時滞在ゾーン>に小さくなって立ち、自分が国に住む順番を待っていた。外ホーナー人は内ホーナー人を快く思っておらず、緊張が続いていたがなんとか共存していた。しかし突然<内ホーナー国>の領土が縮んでしまい、領土問題をめぐって小競り合いが起こる。そこにフィルが<外ホーナー国>の領土にはみ出した内ホーナー人からその分税金を徴収すればいいと言い始める……


岸本佐知子さんが「訳者あとがき」でも触れているように、この作品の寓話としての性格からジョージ・オーウェルの『動物農場』が浮かんでくる人も多いだろう。『動物農場』は普遍的な物語であると同時にスターリン体制への直接的な揶揄であった。本作ではヒトラー、ナチスを連想させる部分が多い。
フィルは平凡な男と思われていたが、外ホーナー人を讃える熱烈な演説で心をつかむ。「民主的」に権力を掌握していき、最後には<全面同意書>まで手に入れる。年老いて無力な<外ホーナー国>の国王はからはヒンデンブルグも連想できる。

外ホーナー人のヴァンスとジミーはフィルが与えてくれる「社会的承認」に満たされ、ついには「親友隊」の制服にまで袖を通す。これはナチスの「親衛隊」との直接的な類似性のみならず、ファシズムに惹かれる人の典型的なイメージでもあろう。
その他にも<国民生活楽しさ指数>で政策を決定する<大ケラー国>はアメリカを思わせる。
内ホーナー人は知的な一方で「まずは、最重要議題を決めることが本当に最優先事項なのかを話し合うべきじゃないかしら」などとしているうちに状況はひたすら悪化していく。当然ここからはナチスを見誤って後手後手にまわってしまったユダヤ人の姿が浮かんでくる。そして終盤に内ホーナー人がいかなる行動に及ぶかというのも第二次大戦後の歴史と重ねずにはいられない。

こう書いているとなんだか歴史に上から物語の枠をはめ込んだような作品と思われるかもしれない。確かにそういう面もある。仮にこれを「普通」の小説として書いていたらひどく退屈なものになったかもしれない。この作品が成功しているのはあくまで寓話であるからだろう。『動物農場』が単なるスターリン批判のみにとどまっていたなら、現在では単なる資料的な価値しかない作品になっていたはずだ。この『短くて恐ろしいフィルの時代』も、具体的な出来事を連想させつつも普遍性も持っている。それは手法としての寓話という形がうまく機能しているからだろう。

本作を読んでいてもう一つ思い浮かぶのがルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』である。決して堅苦しい作品ではなく、interestingにしてfunnyな「面白さ」に溢れている。
フィルは興奮すると脳が文字通りにこぼれ落ちてしまう。こういう状態になるとトランス状態に入ったように演説は迫力を増すが、脳が落ちている時間が長引けばどんどんおかしくなり、高校時代にはこれがもとでさんざんからかわれたりもしている。ここにファシズムや独裁者の性格の分析を読み取ることも可能だが、なんてったって「面白い」情景ではありませんか。この作品に登場する「人間」がその造形からしてすっとんきょうであって、ハンプティ・ダンプティめいている。ぞっとさせる部分とある種残酷な楽しさとでも言うものが共存している。もしこの作品を映像化するようなことがあれば、それは実写ではなくアニメーションの方がふさわしいだろう。センスがある人が作ったらすごく面白いものができそうである。反面センスがな人が作ったらただのお説教になってしまいそうでもあるが。

チャップリンは『独裁者』でヒトラーを戯画化した。ヒトラーやナチスの登場とその蛮行は「文明」というものの価値を根本から揺さぶるような衝撃であったと同時に、現在にいたるまでヒトラーはカリカチュアの対象でもある。その卑小さに思わず笑ってしまうと同時に、笑ってしまっている自分に対しても恐ろしさを感じ、笑い事ではないのであるとも思ってしまう。

「訳者あとがき」にソーンダーズの次の言葉が引用されている。
「私はフィルというキャラクターを、自分たちの敵をモノに貶めておいてから大手を振って抹殺しようとする人類の習性の象徴として書きました」「この本は、世界を過度に単純化し、<他者>とみなしたものを根絶やしにしたがるエゴにまつわる物語なのです。私たち一人ひとりの中に、フィルはいます」


今の日本ではどうしてもある人物やそれに熱狂する人々が浮かんできてしまうのでありますが(税金払えに始まり、「長年にわたってわれわれの善良さ寛大さにつけこんできたお前らが、末永く存続する権利を失っていないわけがないのである!」だってさ。あ、これはフィルの演説ですけど)、具体的な人物はさておいても、「面白」くも恐く、遠いようで近いこの寓話は、人類にとって過去のものとなることがないようであります。




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佐藤太郎(仮)

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