『吸血鬼と精神分析』

笠井潔著 『吸血鬼と精神分析』





1970年代半ば過ぎのパリ。ミノタウロス島での事件から回復せず、精神的不調を抱えているナディア・モガールは鏡を見ることにすら困難を感じ始め、友人の勧めで精神科医にかかることになる。
要塞のようなアパートではルーマニアから亡命してきた高級将校が殺される。そして被害者が血液を抜き取られた姿で発見される連続殺人、〈ヴァンピール〉事件が起こり、ナディアの父モガール警部が捜査にあたる……



僕は矢吹駆シリーズが結構好きなのだが、本作も楽しませてもらった。
毎回現代思想の大物を模した人物が登場するが、今回はジャック・ラカンでありジュリア・クリステヴァである(ほのめかすというよりそのまんまという部分が多い)。
本作で展開される精神分析や神学や神話に関する議論がどこまで作品に溶け込んでいるか、やや疑問に思う向きもあるかもしれない。とはいえ、ただ事件の解決のみが探偵小説の「意味」だとすると、それなど1ページで終わってしまう。800ページに及ぶ本作は、枝葉とも思える部分にこそその魅力があるといってもいいだろう。最も現代思想なんかに興味のない人がこの部分を楽しめるかは保障の限りではないが、ただそこをすっ飛ばしたとしても、ミステリーとしての魅力も充分に持っている。

とりわけ後半で駆の展開するのたくるような思考はまさに現代思想のそれを身を持って表しているようでもあり、思わずにんまりとしてしまう。
個人的には探偵小説の魅力とは謎解きの完成度よりも、探偵のキャラクター造形にあると思っている。さらにワトソン役が色を添えてくれるなら、その魅力は倍増する。矢吹駆シリーズの駆&ナディアはまさにその期待に応えてくれるコンビだ。
一方で、実は僕は「思想戦」としての本作にあまり意義は感じていない。駆の最大の敵であるニコライ・イリイチは本作でも登場するが、正直に言ってこの作品単体でもシリーズ全体でも物語の推進力になっているかはいささか疑問に思える。これはホームズ・シリーズにおいてモリアーティ教授を必ずしも魅力的な悪役とは感じられないことにも似ているのかもしれないが。

確か木田元が駆シリーズでの現象学の説明を褒めていたと思うが、本作での精神分析に関する議論も手抜きなしの濃密なものとなっている。では、だからこそ評価するのかといえばそうという訳ではない。僕が矢吹駆シリーズを面白いと思うのは、文字通りの意味で面白いからであって、思想的に有意なものを引き出せるからではない。
僕は現代思想というものも嫌いではないのだが、こちらもまさに面白いからこそ好んでいるのである。こう考えると、駆シリーズは探偵小説と現代思想との幸福な結婚であり、またこれこそが現代思想の「正しい」使い方なのではないかという気もしてくる。


これまでのシリーズを未読で本作から読み始めると、過去の事件への言及などを含めてややとまどう部分もあるかもしれません。矢吹駆シリーズを未読の方はまず初期の作品から取り掛かるほうがお勧めかな。




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佐藤太郎(仮)

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