『ザ・ヒッピー』

バートン・H・ウルフ著 『ザ・ヒッピー』




ティモシー・リアリーやグレイトフル・デッドなどこの時代を象徴するような大物の名もあるが、本書を貴重なものにしているのはむしろ、ウルフが潜入取材を行った「普通」のヒッピーたちの姿であろう。

原著の刊行は68年であり、ヒッピーの歴史や実態が体系的にまとめられているというよりは、同時代的な皮膚感覚によって描かれているといったほうがいいかもしれない。しかしそれだけに、今読むとかえって生々しさというものも感じとれる。

「ヒッピー」とは何かということを考えると、漠然としたイメージは湧くもののはっきりとした定義を与えるのは難しいかもしれない。しかしこの混乱こそがヒッピーなのではないかとも思える。

例えばビートニクとヒッピーとの関係はどうだろう。本書ではビートニクとヒッピーの連続性と断絶という矛盾したような関係についてきちんと整理されているとは言いがたい。あるビートニクはヒッピーを堕落した存在と毛嫌いしているが、またあるヒッピーに言わせれば自分たちこそが本物のヒッピーであり、偽者が横行している状況に閉口しているということにもなる。

そんな中で本書で浮かび上がってくるのは、ヒッピーの独特の政治意識かもしれない。
ヒッピーはケネディへの深い思い入れを抱いていた人が多い。彼らよりやや年長のウルフからするとこれはいささか奇異なことにも映る。反権威的であるはずのヒッピーが、権威中の権威である大統領を崇めるとはどういうことか。しかしヒッピーにとっては、ケネディの実像ではなく、若き理想主義者(に映った人物)が暗殺されたという事実の方が重要なのだろう。ヒッピーは社会を変えようという理想主義者というよりは、社会を変えることを諦め、社会が変わらないのなら別の社会を築こうという政治感覚を持っていたようである。

これは極端な「理想主義」にもなり得るが、同時に単なる社会からの逃避ともなる。ヒッピー達は一見「左翼的」に見えるが、「ヒッピーに熱中したアメリカ国民の中で、ラジカルな左翼主義者ほどヒッピーによって挫折感を味わった者はないだろう」(p.277)という結果に終わる。注目すべきは、ここらへんが後知恵ではなく、すでに60年代後半にある程度認識されていたということだろう。

もちろん「ヒッピー」を一括りにすることはできない。その象徴的エピソードとしてあるのが、社会的には比較的恵まれている彼らが、迫害され蔑まれているているマイノリティーの生活を模する部分であろう。好意的に見ればマイノリティーへのシンパシーであり、エスタブリッシュメントへの反抗であり、社会の規範の拒絶である。しかし彼らの中には単に怠惰で、生活としても精神的にも堕落しただけとしか映らないような人たちもいる。どちらかに真実があるというよりは、その境界線は曖昧模糊としていたのではないだろうか。

本書は『カッコーの巣の上で』のケン・キージーのエピソードが前半と最後に語られる。60年代カウンター・カルチャーを象徴するような人物であったキージーは、時代の寵児から服役囚となっている。彼のヒッピーに対する感情はアンビヴァレントなものに変化したように思えるし、また当時現役のヒッピーだった人たちにとってもキージーの存在は躓きの石となっていたのかもしれない。


時代的な限界というのもあって、ヘイト・アッシュベリーは象徴的な場所として大きく取り上げられているのだが、このころちょうど芽生え始めていたであろうゲイ・カルチャーへの言及はない。、別にウルフが偏見を持って黙殺したということではなく、当時は文字通りに超のつく少数派で、きちんと認識されていなかったということなのだろう。 ここらへんは後になって60年代後半のサンフランシスコを語るうえでは外せないトピックであろうが、語られないことによって後づけでない時代の雰囲気といものも映しているのかもしれない。そういえばパティ・スミスの『Just Kids』でも、パティとメイプルソープの間で意識の齟齬があったことが示唆されていた。

60年代の理想主義と楽観主義の終わりを告げたチャールズ・マンソンによるシャロン・テート事件と『イージー・ライダー』の公開が69年であることを考えると、68年刊行の本書の内容には何か予言的な響きも感じられる。
あの頃アメリカ(の一部)で何が起こっていたかを肌で感じさせてくれる貴重な資料にもなっている。

おそらくは、本書はアメリカでもすでに忘れられた存在になっているのであろうが、その本を日本で蘇らせてくれるきっかけを作ってくれた猫ちゃんのおしっこに感謝であります(訳者あとがきを読めば意味がわかります)。

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佐藤太郎(仮)

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