「正義」とリアリズムその2


今回の尖閣問題はどうも岡田、前原両氏が前のめりになった
結果だったようだ。
中国としてはこれまで通りにさっさと強制送還でもしてくれ、という
ところだったのだろうが、日本側の対応によって国内の
強硬派から突き上げをくらって、あるいは主導権そのものを
奪われてこのような事態に至ったのだろう。

もちろん中国の「過剰な反応」は批判されてしかるべきだろう。
一方でこの事態を政治家側(とりわけ前原前国交、現外相)は
どう考えていたのだろうか。

拿捕、逮捕、そして起訴ということになれば中国側が
これまでとは違う対応に出ることは予想できたはずだ
(していなかった気もするが……)。

中国が過剰反応に出るから起訴するな、ということではなく、
このような反応を想定した上で
逮捕、拘留の「政治判断」(間違いなくなされたであろう)がなされたかが
気がかりなのである。

若い政治家、とりわけ民主党にはこのように
政治をナイーブ(もちろんこれは「感受性豊か」ということではなく
「愚か」という意味で使っている)に考える傾向が増えているような
気がする。
その代表格とも言えるのが前原外相だけによけいに今回の件は引っかかる。

彼は国交相としても手をつけたはいいが何もできずにほっぽり出すということを
している(八ッ場ダム,JALなど)。
さらに深刻なのはそんな人物が外務大臣にまで「出世」してしまっていることだ。
もちろん実質的に内閣を仕切っている仙石官房長官の存在が大きいの
だろうがメディアも奇妙なほど前原バッシングを行わない。

一つには「前原御しやすし」ということで官僚やメディアの
エスタブリッシュメントからの反発というものが少ないことがあるのだろう。
もう一つには政治家、そして政治をとりまく人々自体が
ナイーブになっているということだ。

尖閣諸島に上陸した活動家などをさっさと強制送還するというのは
リアリズムに基ずく「知恵」と言ってもいいだろう。
ナイーブな政治家たちはこのような「知恵」を軽蔑して
我こそが真のリアリストでござい、という意識なのではないか。

僕はこのような政治家を「なんちゃってリアリスト」と呼んでいる。
彼らにとっては「普天間基地問題」はリアリズムの観点から
アメリカの意向の沿うべきであり、尖閣問題では
中国に強硬路線を取ることが「リアリズム」なのだろう。

彼らの大好きな言葉が「国益」である。
しかしここ数年の政治家の外交問題に関する言動を
見ると、一人の日本人としてとても国益を守ってくれている
ようには思えない。

一言で片付けてしまうと冷戦時代とはまた別種の
イデオロギーに毒された人々にしか見えないのだ。
プロフィール

佐藤太郎(仮)

Author:佐藤太郎(仮)
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