『ナチが愛した二重スパイ』

ベン・マッキンタイアー著 『ナチが愛した二重スパイ』




イギリスで生を受けたエディー・チャップマンはハンサムで頭が切れるが、また怠惰な人間でもあり、次第に犯罪に手を染めるようになる。ついにフランス近くのジャージー島の刑務所に服役することとなったが、そのジャージー島はナチス・ドイツの支配下に置かれる。チャップマンはドイツにスパイになることを志願し、訓練を積み、ついにパラシュートにてイギリスの地に降り立つ。彼が真っ先に行ったのは、イギリス当局への投降であった……


事実は小説より奇なり、なんて言葉があるが、このチャップマンをめぐる話などまさにそうであろう。
本書は機密情報が2001年についに公開されることがなければ書くことのできなかったノンフィクションである。このトンデモなく面白い話を前にしては凡百のスパイ小説などかすんでしまう。

ナチス・ドイツが実質的に支配するノルウェイに飛んだチャップマンはダグマールという女性を見初める。チャップマンはダグマールを単なるプレイガールだと思い、ダグマールはチャップマンを敵(ドイツ)の侵略者だと思う。しかし実はダグマールはノルウェイのレジスタンス組織の一員で、チャップマンはイギリスのスパイだったのである。「チャップマンと『美しく愛らしい』新しい恋人は、同じ側で戦っていたのである」(p.296)。いやはや、こんなことが現実にあったのですよ。

よく訓練されていたはずのスパイ組織が、思わぬミスからいとも簡単に瓦解してしまうことがある。これはスパイであるという精神的重圧が招いてしまうのであろう。それがまして、二重スパイとなったら……
そう考えると、チャップマンのようなつかみどころの無い人間にしかこのような任務は務まらないのかもしれない。

自己顕示欲や名誉欲が強く、愛国心も強いようであるが、とっぴょうしもない考えも抱く。頭は切れて行動力もあるが誇大妄想気味であり、行動に整合性が欠ける場合も多々ある。
妻や子どもに会いたがり、心配をすると同時に飽くなき女性への関心。イギリスのケース・オフィサーのロニー・リードとは深く信頼関係を結ぶが、またドイツでチャップマンを訓練したフォン・グレーニンを真の友人だと思い続けた。


チャップマンの一代記としても面白いが、イギリスとドイツとの比較としてもなかなか興味深かった。
開戦時には両国の諜報体制はどっこいどっこいという状態であった。
イギリスは早い段階で体制を確立し、有名なところでは「エニグマ」の解読など成果を挙げていく。一方ドイツは組織的に未整備の状態が続く。イギリスはチャップマン以外にも多数の二重スパイを抱えていたが、これはドイツ側の体制が整わなかったからこそ可能であったのだろう。イギリスのMI5にしろアメリカのCIAの前身組織にしろ、英米の諜報員の多くは家柄のいいエリートによって担われた。ドイツの諜報組織が不効率なままであったのは、貴族階級のうち少なからぬ人がナチやヒットラーから距離を置き続けたことにも原因があったのだろう。フォン・グレーニンもドイツの勝利を願いながら、同時にヒットラーを軽蔑してもいた。


チャップマンの「恋人」であったダグマールの生涯は感動的であると同時に一人の人間の人生が狂ってしまった悲劇でもある。ただ「面白い」と消費するだけではなく、その悲劇が何よってもたらされたのかということも忘れてはなない、なんて教科書的に自分を戒めたくなるほど、面白くも凄まじいお話でありました。

そういえば前に感想を書いた『エリーザベト・ニーチェ―ニーチェをナチスに売り渡した女』もこの人か。復刊されてたのね。



こちらもそのうち。




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