『極北』

マーセル・セロー著 村上春樹訳 『極北』




「私」はこの街に残るただ一人の警察官。いや、それどころかただ一人の生き残り……

アメリカ人がシベリアに移住してきて開拓を行う、カタストロフィが襲い人類は破滅的な状況に……このような設定からわかるように、あえてジャンル分けを行うなら近未来ディストピア小説であるが、同時に手法はリアリズム的でもある。
空飛ぶ車が行き交ったり虹彩認証により全てが管理されているのではなく、ミュータントによるサイキック・ウォーが繰り広げられているのでもない。また物質的に極めて困難な状況にあるが、かといって人類が文明の記憶を全て無くしてしまったのでもない(「私」は飛行機を飛行機だと認識できる)。一部の例外を除けば「いかにもSF」というガジェットの類は登場しない。


「翻訳家」村上春樹は最近は「準古典」の新訳に力を注ぐことが多い。
かつて春樹はポール・セローの『ワールズ・エンド』を訳したが、マーセル・セローはその息子である。今になってなぜ、春樹当人にとっても息子の世代に近いマーセル(68年生まれ)の2009年の作品を訳そうと思ったのだろうか。そして邪道だとは思いつつ、ついそれは「小説家」村上春樹にとってどのような意味を持つのだろうかと考えてしまう。

「Sf的設定」と「リアリズム」の混合といえば春樹もそうであるが、80年代の『羊をめぐる冒険』や『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』が非常にきっかりとした作りだったのと比べると、近年の『海辺のカフカ』や『1Q84』などはよく言えば「奔放な想像力」を駆使した、悪く言えばかなりルーズな作品になっている(『ねじまき鳥クロニクル』はその中間をなしている)。
『極北』は春樹の80年代の作品のようなミステリー的要素は薄めだが(SF色の方が強い)、「奔放さ」よりもリアリズムを活かしている。もしかすると、この作品に若き日の自分の姿を重ねたのかもしれない。

ディストピア小説は未来を舞台に「現在」の社会、政治状況を描くというのが基本であろうが、この作品はもう少し射程が広い。シベリアの厳しい環境、そして移民社会の濃密な宗教意識はアメリカに渡ったピューリタンを想起させる。その他にもディアスポラや強制収容所など人類の歴史を辿るかのようなエピソードがいくつもある。ユダヤとイスラムの関係という点も、示唆的なところもある。

春樹は「訳者あとがき」にて、この作品の魅力として「意外感」をあげている。「僕は思うのだけど、小説において意外感というのは、とても大事なものだ。「面白いことは面白いけど、こういうの、前にもどこかで読んだことあるよな」と読者に思われてしまうと、小説はそれだけ力をそがれてしまうことになる」(p.372)。

言葉を返すようなことをしてしまうが、「ゾーン」という設定からしてストルガツキー兄弟、そしてタルコフスキーにより映画化された『ストーカー』からの強い影響を感じさせるし、その世界観においてはコーマック・マッカーシーの『ザ・ロード』も連想させる。また『風の谷のナウシカ』、あるいは少々の『天空の城ラピュタ』のような宮崎駿色もなくはない。そして、最も強い影響を与えているのは(旧約を含んだ)聖書ではないかとも思える。

マーセル・セローはなぜ舞台をロシアにしたのか。一つには、彼が学生時代に「ソヴィエトと東ヨーロッパを中心とした国際関係を研究した」ということもあるのだろう(ロシア語もできるようだ)。しかし一番大きな理由は、チェルノブイリである。「訳者あとがき」ではマーセル自身によるイントロダクションからの引用があるが(これかな)、『極北』においてなぜこのような世界を構築したのかのきっかけが述べられている。

「チェルノブイリ」と聞けば、現在では当然ながら「福島」を思わずにはいられない。原著の発表は2009年であるので本作が福島第一原発の事故をうけて執筆されたのではない。また春樹が本作を訳すのを決めたのは10年夏なのだそうで、これも偶然のなせる業である。
ここに予言性を読み取ることもできるが、また春樹がなぜこの作品を「これは僕が訳さなくっちゃな」と思わせたのかということの答えもあるのかもしれない。
個別の事象から普遍的物語を紡ぎ、普遍的物語を語りながら個人にずしりとくる物語としても消化できる。確かにそのような「ぐっと腹に堪える」「重量感」のある作品である。


最後に「訳者あとがき」からセロー家の面々について。
父親はご存知旅行作家にして小説家のポール。次男がこの作品の著者マーセルで、三男は「イギリスのマイケル・ムーア」のようなテレビ・ジャーナリスト、著述家のルイ。ルイの『ヘンテコピープル USA』は邦訳もされていて村上春樹が解説を書いている。まだ未読なものでそのうちに。
ついでにマーセルの叔父のアレクサンダー・セローも「高名な現役作家」、従兄弟のジャスティン・セローは俳優にして脚本家。
と、まぁこんな家系に生まれるのは幸せなのか不幸なのかは微妙なところだが、マーセルもテレビの仕事をしていたが(チェルノブイリを訪れたのもその仕事)、弟と比べると「影が薄」かったようで、父親からすると少々心配でもあったようだが、「この長編小説『極北』で見事にブレーク」。
春樹が本作を手に取ったのは、ポールが「個人的に推薦してくれた」からだとか。親父さんとしても鼻高々だったことでしょう。


「マーセル・セロー、メイドカフェを訪れる」って、むむむ……




ロシアを行くマーセル・セロー




ついでに弟






プロフィール

佐藤太郎(仮)

Author:佐藤太郎(仮)
shopliftersunionあっとhotmail.co.jp

最新記事
月別アーカイブ
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
カテゴリ
twitter
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR