『イルストラード』

ミゲル・シフーコ著 『イルストラード』





ニューヨーク在住の亡命フィリピン人作家、クリスピン・サルバドールが溺死する。毀誉褒貶の激しい論争的だったその作家の死は、自殺であるとの噂も駆け巡る。サルバドールを師と仰ぐコロンビア大学の創作科で学ぶフィリピン人、ミゲル・シフーコは自殺であるなどとはとても信じられなかった。釈然としない思いを抱え続け、サルバドールの伝記を書くことを決意し、マニラへ向けて飛行機に乗り込む……


作者と登場人物が同じ名前を持ち、一族や国家の歴史を辿る旅に出るといえば、比較的最近でいうとジョナサン・サフラン・フォアの『エヴリシング・イズ・イルミネイテッド』が想起される。『エヴリシング』が2002年、『イルストラード』が2008年の発表であることを考えると、シフーコが影響を受けた可能性はあるだろう。ただ『イルストラード』の方が、パンチの手数というものは多い。

『エヴリシング』も複数の語りが導入され、それが相互に干渉しあいながら一つに流れ込んでいく。『イルストラード』も同様であるのだが、それがさらに多様になっている。引用元を示した(もちろん架空の)記事、個人ブログにそのコメント欄、サルバドールの様々な作品からの引用(そのうちの一つの自伝のタイトルは『自己剽窃者』だ)、そしてシフーコによる書きかけの伝記に個人的な回想、現在進行形で書かれるフィリピンでの出来事、さらには謎の三人称まで様々に繰り出される。

作品全体の性格というのもひと言で表すのは難しい。この設定からしてポストモダン的メタフィクションでもあり、フィリピンという国の近現代史を神話的に物語りに取り込むという点では南米のマジック・リアリズム的でもある(実際『百年の孤独』についての言及もあり、意識していたのは間違いないだろう)。また細かい断片に区切られていたり、「小噺」風の挿話が挟み込まれているところなどはヴォネガットからの影響というものも感じさせる。

(擬似)歴史小説であり、一族の歴史を辿る大河小説でもあり(それもサルバドールのものであり、シフーコのものでもある)、恋愛小説であり、青春小説であり、作家志望の若者の成長を描く教養小説でもある。
これだけ詰め込むと、「いいダシが出そう」ととるか「闇鍋」風ととるかは見方は分かれるかもしれないが、シフーコの書きたかったテーマをあえて一つに絞るなら、それはフィリピンとその文学の意識かもしれない。

フィリピン人作家が扱うべきテーマとは、どのようなものだ? 辺境の暮らし、過ぎ去りし日々の話、喪失、亡命、独りよがりの苦悩、ポストコロニアル的アイデンティティの収奪、エトセトラ、エトセトラだ。地方色を狙ってタガログ語を際限なくちりばめ、エキゾチックな雰囲気を出すために会話がイタリックで強調される。だらだらと続くセンテンスにマジック・リアリズムのまねごとが加わる。我々フィリピン人はラテン・アメリカの作家たちよりも先にこの手法を使用していたのです、という断り書きの上にいつまでもふんぞり返ったままなのだ。(p.305)

サルバドールは欧米をまたに駆ける亡命作家であり、シフーコは(著者も登場人物も)名門一家に生まれアメリカで教育を受けている。両者とも決して典型的なフィリピン人ではない。しかし「典型的なフィリピン人」が書く「フィリピン人らしい小説」などというものがあるのなら、それは一体どういうものなのだろうか。そのような「期待」に応えようとすることこそが、まさに先の引用のような事態を招くことになってしまうのかもしれない。
かといって、「フィリピン人」というアイデンティティを捨ててコスモポリタンになれと言いたいのでもないだろう。
この作品の中で描かれるフィリピンは、虚構性の高い普遍性を持った空間ではない。そこには間違いなく現実のフィリピンが刻印されている。しかしそこへの視線は西洋からのオリエンタリズムでもなければ、その裏返しとしてのオクシデンタリズムでもない。

ミステリーではないとはいえ、最後に明かされる謎については割と早い段階で想像がつく人も多いだろう。そういう点では「手数は多い」かもしれないが、パンチはやや弱い面もあるかもしれない。それでも新しい才能を祝福したいという気持ちにさせてくれる。


僕はフィリピンについての知識というのはまるでないのだが、それでもモデルとなった人物や出来事のいくつかはすぐに想像がついた。ここらへんはフィリピン近現代史に詳しい人が読むとさらに楽しめるのだろう。フィリピン近現代史といえばもちろん日本も重要な役割を果たしている。本作にも「弥太郎」という印象深いキャラクターも登場しております。






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佐藤太郎(仮)

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