『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』

ジュノ・ディアス著 『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』





1930年から61年までドミニカを支配した独裁者トルヒーヨ政権下で弾圧された人々と、そこからアメリカに逃れた人々の姿を、ドミニカ出身のジュノ・ディアスが描く。

プロローグとして「フク」とは何かについて説明がなされる。「アフリカから来た」ともされる「呪い」。コロンブスはなぜ梅毒に冒されたのだろうか。ケネディはなぜ暗殺され、息子のジョンジョンはなぜ事故死したのか。アメリカはなぜヴェトナムで負けたのだろうか。「フク」は「狙った獲物は逃さない」。

ラテンアメリカを舞台にこう物語が始まれば、そこにマジック・リアリズムの響きを想像しないほうが無理というものだろう。しかし、本作では意外なほど超常現象的な奇跡に対しては禁欲的であるようにも映る。
訳者あとがきで触れられているように、本作はトルヒーヨ政権末期を描いた『チボの狂宴』の著者のバルガス=リョサへの「対抗意識」という面も持っている。
本作には大量の原注が付されており、「著者」はそこから作品に介入したりもするのだが、その姿勢はあくまでも「著者」の生の声であり、登場人物や作中の出来事を意のままに操る超越的な神の視点ではない。
政治的には保守であるバルガス=リョサとは対極ともされるガルシア=マルケスであるが、彼も独裁者に対しては「惹かれる」ところがあることは作品に表れている。
ディアスがここで「対抗意識」を燃やしたのは、政治的姿勢というよりも、小説を構築するうえでの視点のあり方なのかもしれない。

「われらがヒーローは、いつも皆が噂しているようなドミニカ男とは違う」。
アメリカにて育ったオスカーは、アメコミ、日本の漫画・アニメ、SF、ファンタジーに耽溺する「オタク」である。醜く太り、当然女の子にもてることもなく、「ドミニカ男」でありながら一生を童貞のまま終えるのではないかという不安にかられる。
ここで主人公に「オタク」の属性を与えたのには複数の意味があるだろう。

オスカーは「スクールカースト」において最下層の人間であり、教師になってもそこから抜け出すことはできない。独裁政権の圧制に苦しむ人と同等の苦しみを味わっているとはいえないかもしれないが、オスカーは上から人を見下すことはできない。これは神の視線によって物語を進めず、「最下層」にある人に寄り添おうという姿勢の表れとも考えられ、バルガス=リョサやガルシア=マルケス的小説世界とは一線を画すものであることを示しているのかもしれない。

また、アメリカでのオスカーのみじめな生活のみならず、トルヒーヨ独裁政権下を描く際にもアメコミやファンタジーなどからの比喩やアナロジーを頻出させる。これについては訳者あとがきにて引用されているディアスのインタビューが答えになるだろう。
「ありきたりの政治小説を書くことでは、トルヒーヨの幻燈のような力を捉えることは誰にもできないでしょう。だからこそ、私は、ものすごくオタク的になる必要があったんです。呪いや宇宙から来たマングースやサウロンやダークサイド抜きではトルヒーヨの治世には近づけません。それは僕らの『近代的な』思考では捉えられないんですよ」。
「漫画的」といえば現実にはありえないことの比喩として用いられるが、想像を絶するような現実に迫るには、漫画的にならねばならなかったのである。

そしてもう一つが、著者と「著者」の趣味の問題でもあろう。厖大に言及されるサブカルチャーの数々は、ただ単に「手法」として選んだにしてはあまりに過剰であり、明らかに趣味が入り込んでいる。「ヤオハン」に通ってはチキンカレーを食べつつゲームや漫画をあさるオスカーはもちろんのこと、この物語の「著者」も一見マッチョであるようで、『AKIRA』を繰り返し魅せられることなんかも嫌いじゃなかったりする。「趣味の問題」は読者も同じことで、ここらで思わずニンマリしてしまう人も多いだろう(逆だという人もいるだろうけど)。

この過剰さというのは、一つ間違えば登場人物を類型化させてしまうことにもつながりかねないが、本作においては見事に昇華されているといえるだろう。
最後の奇跡の瞬間は、その過剰さの積み重ねと「禁欲」によってより感動的になり、それ故にまた切なさもいっそうのものとなる。これこそ、プロットにおいても手法においてもジュノ・ディアスの見事な勝利を示すものと言っていいだろう。




プロフィール

佐藤太郎(仮)

Author:佐藤太郎(仮)
shopliftersunionあっとhotmail.co.jp

最新記事
月別アーカイブ
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
カテゴリ
twitter
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR