『創られた「日本の心」神話』

輪島祐介著 『創られた「日本の心」神話』






タイトルからしてホブズボウムの『創られた伝統』が浮かぶ人も多いだろう。本書でもホブズボウムと「創られた伝統」への言及がある。
長きに渡って形成され、守られてきたと思われている「伝統」が実は歴史も浅い「創られた」ものであったというのは世界中どこにいっても見られる現象であろう。
日本でも(自称)伝統主義者が良しとする「伝統」の少なからぬものが、明治以降に人工的に創られたものであるケースがまま見られる。もちろんこれは政治的文脈に限らず、文化的領域でも多く見られる。その中で本書が注目するのが演歌である。

「本書で行ってきたのは、現在の意味での「演歌」とは、素朴な意味での「日本固有」で「伝統的」な(つまり過去から連綿と受け継がれている)表現ジャンルではなく、第一義的には戦後日本の大衆文化に関わる産業やメディア、言説の編制において成立したものである、ということを明らかにし、日本のレコード歌謡を、いつ、誰が、どのような視点から特徴づけ、いかにそれを「艶歌/演歌」として概念化したのか、またそれがどのように流用され、どのような効果を持ったのか、について検討を加えることでした」(p.348)

「演歌」がもともとは明治期の「演説の歌」が語源になっているという話は耳にしたことがある人も多いだろう。僕も、元々は自由民権運動と深く関わった政治的なものが次第に脱政治化していき……という程度の印象であった。しかし現在我々が認識するところの「演歌」は、「演説の歌」の文脈からは切り離されたものと考えた方がよく、さらにそれが確立したのはなんと一九六〇年代に入ってから、つまりたかだか40年程度のことにすぎないようなのである。

六〇年代に「演歌」を「演歌」たらしめるようになったのが当時の新左翼的メンタリティであったというところがなかなか面白い。
既存の左翼は「「俗悪で退廃的な大衆文化」を駆逐し、「真に民衆的な文化」獲得のために大衆を啓蒙・善導する良心的・進歩的な選良を自認してい」た(p.189)。そしてそれに反発する新左翼的な人々にとっては、「既成左翼エリートが「克服」することを目指した「草の根的」「土着的」「情念的」な方向へ深く沈潜し、いわば「下降」することによって、真正な民衆の文化を獲得しよう、という行き方が、六〇年安保以降の大衆文化に関する知的な語りの枠組みとなって」いったのである(p.203)。このような流れから「演歌」ができあがっていく。

「一九六〇年安保全学連における「アウトロー」や「任侠」の気分に彩られた「享楽性」への志向は、多くの論者が指摘しています」(p.201)とある。ここらへんは六八年の橋本治による駒場際の「とめてくれるなおっかさん」のポスターを思い起こせば理解できるだろう。
演歌歌手といえばヤクザとズブズブというイメージが強い。これは地方公演が多いせいでヤクザとのつながりが密接になるからだと思っていたが(もちろんそれもあるのだろうが)、このような背景も作用していたようだ。
川内康範について結構割かれているが、「民族主義者」の川内と「アナーキスト」の竹中労との深い親交など、「既成左翼への反発と土着的な民族主義を媒介項として新左翼と右翼が重なり合って」(p.151)いったことなども「演歌」の形成に一役買っている。

それにしても「演歌」が受け入れられていったスピードはすさまじく、また「演歌」も変質していった。
一九八一年には「演歌」を中心とする『NHK歌謡コンサート』がスタートする。ここに登場する「演歌」はすでに我々が現在イメージするところの「演歌」である。当時の朝日新聞に次のような番組案内が載ったという。「ヒット曲を中心とした”ベストテン番組”ではなく、古くから日本人に親しまれてきた”心の歌・歌謡曲”のスタンダードナンバーをたっぷり楽しんでもらう企画」(p.308)。
本書を読み進んできた読者にとっては「古くから親しまれ」ってたかが十数年なんですけど、という感じであるが、そのような言葉が違和感を与えないほど「演歌」はこの頃には完成していたのだろう。

北島三郎の「与作」(七八年)には「家父長的な男性中心主義」という批判が寄せられることになる。「もちろんジャンル形成時から「演歌/艶歌/怨歌」は強固な男性中心主義傾向を有しており、そのこと自体は批判されうるものであると思いますが、その男性中心主義は家父長的なそれというよりも「家」を放逐されたアウトローのそれ」(p.311)であったことを思えば、「演歌」というジャンルの変質とはそのまま団塊親父の成れの果てを表すようにも思えてきてしまう。


なんだか堅苦しい話ばかりのような印象を持たれた方もいらっしゃるかもしれませんが、そういったものばかりでなく、戦後文化史という点でなかなか楽しく読むことができます。
それにしても「演歌」歌手(やその周辺)、「演歌」ファンなんかが本書を読むとどういう感想を持たれるのでしょうか。最後に「昭和歌謡」ブームについても触れられているが、そこらへんが好きな人と「演歌」ファンが本書を読んだ場合の反応の対比なんかがあればこれもまたなかなか興味深いかも。




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