『ナチを欺いた死体』

ベン・マッキンタイアー著 『ナチを欺いた死体  英国の奇策・ミンスミート作戦の真実』




北アフリカを押さえた連合国が次に狙うはシチリア島。しかしこれには大きな障害があった。連合国が地中海の要所であるシチリア島上陸作戦を練っていることなど、チャーチル曰く「よほどのバカでない限り誰にでもわかる」。ドイツ、イタリアは当然防御を固め、攻略には大きな犠牲が予想される。
ならば枢軸国側に、連合国の狙いはシチリア島ではないと思わせることができればいいのではないか。そこで立案されたのが「ミンスミート作戦」である。

作戦そのものはいたって単純。シチリア島上陸作戦はダミーで、実はサルデーニャ島へ、あるいはギリシャからバルカン半島へ侵攻するのだという偽の作戦を書いた手紙をイギリスの将校を装った死体に持たせスペインへ漂着させる。あとはその情報がナチスドイツへと流れ、シチリア島の防御を薄くさせるというものである。
すぐに思いつくと同時に、成功にはあまりにハードルが高すぎるように思えるこの作戦の顛末を描いたのが本書である。

ミンスミート作戦はイギリス人にはおなじみであるようだ。というのも、作戦の中心人物であったユーエン・モンタギューは自ら『実在しなかった男(The Man Who Never Was)』を書きベストセラーとなり、映画化もされているためである。とはいえこの本の出版時にはまだ機密指定されていた情報も多く、モンタギューは全てを書けたわけではなかった(しその意思もなかった)。またモンタギューが当時思ってもいなかったような事実も隠されていたのである。

マッキンタイアーの邦訳としては前著にあたる『ナチが愛した二重スパイ』も飛びっきりの面白さであったが(モンタギューは一時チャップマンに指示を出す立場であった)、本作はそれにさらに輪をかけての面白さである。二重スパイのチャップマンも相当な奇人変人であったが、本書に登場する人々を前にしてはチャップマンも真っ青であろう。


モンタギュー家は金融業で財を成し、政治家も輩出している名門一家であり、ユーエンは有能な弁護士となる。第二次大戦が勃発するころには現役の軍務につくには歳を取り過ぎていたが、海軍の義勇予備役に登録する。そして海軍情報部部長のジョン・ゴドフリー提督の目にとまり情報部に採用される。
ちなみにこのゴドフリーはジェームズ・ボンド・シリーズの「M」のモデルとなった人物であり、その作者のイアン・フレミングも本書に登場する。ユーエンはフレミングと仲が良く、彼をこう評している。「フレミングは、一緒にいて楽しいが、いざとなれば自分の祖国を売りかねないひどい奴だ。僕は大変気に入っている」(p.45))。

そのユーエンの相棒的存在となるのはチャールズ・チャムリー、Cholmondeleyという綴りである。長身痩躯で奇妙な歩き方をするこの男は、エキセントリックなアイデアを次々生み出すものの使い物になるものは少なかった。写真で見るとどことなくコメディアンがコントで軍人の扮装をしているように見えてしまう。
チャムリーはユーエンの本には「ジョージ」という偽名でほんのわずかしか登場していない。MI5の将校であったので名前を出されたくなかったこともあったのだろう。かつての相棒から本や映画から得た利益の25パーセントを取り分としてどうかという提案も断っている。遠慮深い性格であったようだが、はたしてそれだけなのであろうか。なぜか映画には「テクニカル・アドバイザー」として関わり(しかしそれは「ジョージ」としてであり、クレジットはされていない)、そして戦後は中東でイナゴの撲滅に取り組んだ。この頃に会った人の証言によると、「何かに取り憑かれているよう」にイナゴと相対していた。イエメンの奥地では乗っていたジープに村の女性が干草を食べさせようとしたなんてこともあったそうだ。
彼がイナゴの駆除に力を注いでいたことは間違いないが、また依然として情報部のためにも働いており、何らかの任務を担っていたようでもあるが、それが何なのかは不明である。
MI5退職後も守秘義務を守り続け、功績を公に認められることも拒み、あのミンスミート作戦の中心人物の一人であったことなどほとんど知られることなく亡くなった。
まず書き残していないのであろうが、もし自伝があればこれはまたとんでもなく面白いことになったのであろうが。

ユーエンの弟アイヴァーは22歳でイギリス卓球協会を作り、映画プロデューサーとしても活躍することになる。左傾化し、ソ連を旅行し、エイゼンシュタインやチャップリンとも親交を結ぶ。裕福なモンタギュー家を出て経済的には厳しい生活を送るが、それでも仲の良かったユーエンとの交遊は持ち続ける。
その政治見解はMI5やMI6の目を引くには十分であった。中でも怪しく思えたのが、卓球談義や卓球の道具を取り寄せたりといったことを手紙で頻繁にやり取りしていたことである。MI5やMI6にとっては趣味としては度を越しているように思えた。これは暗号を用いて情報のやり取りをしているのではとの疑いを招くが、実はこの手紙は本当に趣味のやり取りであったのである。
ではアイヴァーは潔白だったのかといえばさにあらず、卓球は趣味であったのだがソ連のスパイであったのもまた事実であった。ソ連はミンスミート作戦を早い段階で察知していたことは確実だが、それがアイヴァーの情報によるものかどうかはわからない。
アイヴァーはトロツキーにもシンパのフリをして近づき情報をソ連へ流していたが、トロツキーはその正体に気づいていたようだ。このように結構派手に動いていたようにも思えるが、アイヴァーがスパイだということを当局が確認できたのは60年代に入ってからのことで、その頃には裁こうにも秘密度も重要度も大きくなりすぎており手がだせなかった。

法医学者のバーナード・スピルズベリは「イングランドの現代版シャーロック・ホームズ」とも持ち上げられていたが、この頃にはすでに耄碌し始めていて何人もの無実の人を死刑台に送り込むようになっていた。作戦遂行にあたりこの人物を信用したというのは実は危険な橋を渡ることであったのである。そして スピルズベリは戦後……

北アフリカで欺瞞作戦にあたっていたはずのダドリー・ランゲル・クラーク陸軍中佐は、なぜかスペインで女装姿で逮捕される。スパイなんだから変装くらい当然だって? でもブラジャーまでする必要はあったのだろうか。そもそもなぜ彼がスペインにいたのかすら誰にもわからない。逮捕時の女装姿の写真は本書にも収められているが、この写真を見せられた時のチャーチルの反応は残念ながらわからないそうだ。

……と、このように書き出していくとキリがないほどあまりに個性的な人たちの「活躍」が繰り広げられる。
作戦は単純だがハードルが高過ぎると書いたが、少し考えれば欠点はいくらでも思いつく。将校を装う死体はどうやって手に入れるのか。死体にただ制服を着せるだけではすぐにバレるだろう。架空の人物をでっちあげる? でもナチス側もイギリスの将校の名簿などは手にしているはずだ。死体に持たせる手紙の内容はどうするのか?

ここらへんはもうほとんどスラップスティックであるかのような展開である。もし本書を映像化するなら、このあたりはシリアスなスパイものではなくコメディとしてしか考えられない。
だいたいモンタギューにしろチャムリーにしろ、この作業を明らかに楽しんでいる。「一流のスパイ小説家は、ほぼ全員が、執筆を始める前に情報部で働いていた」(p.83)として著者はフレミングの他にサマセット・モームやグレアム・グリーン、ジョン・ル・カレらの名前をあげているが、「ウィリアム・マーティン少佐」という「存在しない男」を作り上げる作業は、さながら小説を書くようなものであったのだろう。

「いい奴だけど少しルーズなマーティン」を作り上げるが、いささか調子に乗りすぎているように思える。練りに練っている割には粗雑なところもかなりあった。では彼らがなぜここまで調子に乗ってしまったのかといえば、それは情報戦でイギリスが圧倒的に優位に立っていたからであろう。
ドイツがイギリスに送り込んだスパイはほぼ捉えられ、そのまま二重スパイとなった者が多かった。スパイA(実在の二重スパイ)がスパイB(架空の人物)を雇い、スパイBがさらにスパイC(もちろん架空の人物)を雇い……というように見せかけ、ドイツにイギリスで一大情報網を築いていると思わせることに成功していた。架空のスパイはイギリス側にも都合がいい。無茶な要求をしてくることもなければへそを曲げることもない。そして何より、給料を払う必要がない。しかしこれを杜撰にやるとすぐにバレてしまう。一人ひとりの生い立ちから性格まで念入りに作り上げねばならない。このような経験を重ねていたのであった。


さて、死体を漂着させるのはなぜスペインであったのだろうか。
スペインは中立国であり、戦争に巻き込まれないというのが第一の外交目標になっていたが、同時にスペイン内戦ではドイツ、イタリアに借りがあり、心情的にもナチスに大いにシンパシーを抱いていた人が多かった。イギリス人将校の死体が流れ着き、大事な書類を持っているようだとなればナチスと通じている人間が連絡を取ることだろう。
また中立国であるため各国は外交官を駐在させることができた。イギリスは多数のスパイを送り込んでいたので、ドイツがどのような反応を示したのかを探ることができるのである。

スペインでは激しいスパイ合戦が繰り広げられていたが、これもまたイギリスの圧勝であった。
イギリスには、イギリス人からはイギリス人にしか見えずスペイン人からはスペイン人にしか見えないというドン・ゴメス=ビアのような有能なスパイがいた(彼はスペインで執り行われた「マーティン少佐」の葬式にも変装して紛れ込んでいる)。
一方のドイツはフアン・ブホル・ガルシアをスパイとして雇う。この男、イギリスに行くこともなく図書館などで調べて情報をでっちあげては報告していたにもかかわらず、ドイツはすっかり信用してしまう。
ガルシアは実はファシズムを憎み、イギリスにスパイになることを志願したものの相手にされず、ドイツに自分を雇うよう働きかけ、一人勝手に二重スパイとなり虚偽情報でドイツを攪乱していたのである。これに気づいたイギリスはガルシアを今度こそ採用し、ミンスミート作戦では大いに活躍するのだが、ドイツの方はガルシアの正体に最後まで気づくことはなかった。

ゴドフリーは、「ドイツ国防軍情報部には「希望的観測」と「追従癖」という二つの弱点があることを見抜いていた」(p.53)。上層部がせっつくと情報を捏造したり、矛盾する複数の情報があった場合は都合のいいものを信じてしまうという傾向があったのである。
ここらへんはかつての日本軍でも似たような状況であっただろうし、近年ではイラク戦争などまさにCIAの「希望的観測」と「追従癖」が要因の一つとなり引き起こされた。文化や政治体制の問題ではなく、情報機関とはこのような性格を宿命的に持つものなのかもしれない。

ドイツの情報戦での失態は、保身にあけくれヒトラーの顔色ばかりを窺っている人々のみによって起こったというわけではなかった。
アレクシス・フォン・レネ男爵は有能な情報将校と目され、「ヒトラーのお気に入り」であった。彼が気に入られたのはヒトラーが聞きたがっていたことを報告していたからであった。
しかしレネは内心ではナチやヒトラーに強い反感を抱いており、虚偽の報告を行うことでドイツの戦況を悪化させていたのである。レネの真意がどこにあったのかはわからないが、保守的な国防軍人である彼はヒトラーが許せないと同時にソ連を押さえ込みたいとも思っていたようだ。戦争を早く終結させヒトラーやその側近を権力の座から降ろし、西側に降伏することで共産化も防ぎたかったということだったのかもしれない。
レネはおそらくは手紙が偽物だということを見抜いていたが、それを裏書し疑念を抱いていたヒトラーを説き伏せるのに一役買った。
ドイツで最後まで手紙に真偽を疑っていたのはゲッベルスであった。この天才的嘘つきはまた、嘘を見抜くことにも長けていたようだ。

繰り返しになるがミンスミート作戦にはいくつもの欠点があった。
スペイン当局にドイツ側に確実に情報を提供させるには手紙が重要なものだという印象を与えなければならない。しかしあの手紙は重要だからすぐに返却してくれなどと訴えるとかえって怪しくなる。本当に重要な手紙ならばむしろそっけない態度を取って関心を引かないようにするはずではないか。しかしそっけなくし過ぎるとスペインはあっさりと手紙をイギリスに返してしまうかもしれない。
また手紙が戻された後も、イギリスはドイツが情報を入手したかを確認しなければならず、ドイツが情報を入手した後はそれをどう評価したのかを知らねばならず、そしてそのことに一切気づいていないふりをしなければならない。ドイツに情報が漏れずにほっとしたという虚偽の情報をドイツに与えなければならないのである。相手に騙されているふりをしながら相手を騙さなければならないのだ。

冷静に考えるとこんな綱渡りの作戦をチャーチルもアイゼンハウアーもよく了承したものだと思える。最も作戦の成功にはもともと期待をしておらず、いくら犠牲を払ってでもシチリア島へ上陸する決意を固めていただけなのかもしれない。しかしシチリア島での戦いを見ると、もしミンスミート作戦が失敗していたら極めて悲惨な結果がもたらされていたことだろう。もしそのような事態になっていれば、戦局の流れも大きく変わっていたのかもしれない。

戦争というものは、それが遠い過去のものに思えると「大局」にばかりに目がいってしまうが、そこで失われていくのはやはり一つひとつの命である。
「実在しなかった男」は天から降ってきたりどこからともなく現れたのではない。そこには現実の人間が存在していた。
ウィリアム・マーティン少佐にでっちあげられたのはグリーンドゥール・マイケル。廃れた炭鉱町で生まれ、精神を病んだ父が自らの喉を刺すのを目撃した。父の死により極貧生活に陥り、頼みの救貧施設も破産が迫り、仕事もなかなか見つからない。軍に志願するが、おそらくは精神面が問題とされ不適格とされる。唯一の精神的な拠り所であった母親が亡くなると、絶望からかあるいは事故なのか、殺鼠剤を口にし数日間苦しんで死亡する。
この哀れな男によって多くの命が救われる作戦が実行可能になったのである。


とにかく「面白い」ところがありすぎてついつい長く書いてしまったが、こんなのまだ序の口のエピソードが満載なのである。
『ナチが愛した二重スパイ』でも書いたが、「事実は小説よりも奇なり」とはまさにこういうお話のことを言うのだろう。フレミングのジェームズ・ボンド・シリーズといえば有り得ないフィクションの代名詞のように思われるかもしれないが(と言いつつ実は映画だけで原作小説は一作も読んだことがないのですが)、本書を読み、そのモデルとなった人物の姿を思い浮かべると、あながち荒唐無稽ではないのかもしれないと思えてくる。


BBCによってマッキンタイアー自らが案内人を務めたドキュメンタリーが製作されています。 「Operation Mincemeat BBC」なんかで検索すればたどり着けるでしょう。

ユーエンの The Man Who Never Wasは邦題は『ある死体の冒険』として『世界ノンフィクション全集26』に収録されているそうです。これも読んでましょうか。



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