『ニーチェの妹』

恒吉 良隆著『ニーチェの妹 エリーザベト―その実像』




哲学史上において有名な悪女(悪妻か)といえば
ソクラテスの妻、クサンティッペであるが、
彼女については真偽のほどはよく分からない。

実質的にダントツ一位に評判が悪いのは
ニーチェの妹であるエリーザベトであろう。

兄妹関係としてはある時期までは「ブラザー・コンプレックス」と言ってもいい
ようないささか近すぎるものであった。
(ルー・ザロメとパウル・レーとの
奇妙な「三位一体」関係への介入など)

しかし徐々に兄との距離ができてくる。
まず第一に出てきたのがニーチェの無神論的傾向と
反キリスト教姿勢である。
このようなものはエリーザベトには容認しがたいものであった。
そしてエリーザベトは
ベルンハルト・フェルスターと付き合いを深め結婚する。
このフェルスターは反ユダヤ思想の持ち主であり、
当然エリーザベトもこの思想を共有していた。

本書から二人の手紙を引いてみよう。

「兄の目標は、私の目標ではありません。
兄の哲学全体が私の性に合いません。
私は、それに対してある種の抵抗を覚えるのです。」
(1883年9月15日付のフェルスターへの手紙)


「呪うべき反ユダヤ主義運動こそが、(中略)
僕と妹のあいだの根源的な決裂の原因だ」
(1884年4月2日付のオーヴァーベックへの手紙)

 
ニーチェといえば「ナチの公認哲学者」というイメージが
強いだろうが、実際には、少なくとも反ユダヤ主義者ではなかった。
一方で彼の思想の中には危ういものが内包されているのも事実である。
この「危うさ」を広めたのがほかならぬエリーザベトであった。

フェルスターとパラグアイへ移住、殖民を試みるが失敗。
フェルスターは自殺をする(ちなみにこの死因を病死と偽る。
エリーザベトはこのような「改竄」に手染め続ける)。
その間にニーチェは発狂。
そしてエリーザベトは後見人の座を母親から譲り受け、猛烈な勢いで
ニーチェ思想の普及(いや、「布教」といった方がいいかもしれない)を
開始する。

恣意的な遺稿の管理、独占。挙句の果てには手紙の捏造まで行う。
前述したようにこの兄妹、思想が近かったわけではない。
いったい何が彼女をそうさせたのだろうか。

おそらくは野心の高さと彼女のそこそこの才能とがつりあわなかった、
その結果を埋めるものだと思えたのだろう。
実際ノーベル文学賞の候補にまでなるなど
自尊心はさぞ満足したことだろう。

罪の重さといえばなんと言っても『力への意思』を
「作り上げた」ことだろう。
後々まで大きな影を投げることになる
この本が生まれた背景には彼女の政治信念がある。
徐々に右傾化を強め、ムッソリーニ、そしてヒトラーへの礼賛へ至る。
(291ページのヒトラーを迎える写真の顔!)

エリーザベトは病身の兄を「見世物」のように扱うなど
彼を心から尊敬していたかは極めてあやしい。
しかし少なからぬ才能とおそるべき情熱をもって
「ニーチェの思想」を広めた。

ニーチェの生涯や思想、そしてニーチェ受容の局面などを
考察しようとするとき、エリーザベト・フォルスター=ニーチェを
抜きにして語ることはできない。

                   (p.8)

確かにこの醜悪とも言える人物を
ただ切り捨てるだけでは済ませられない。
時代背景も含めて、この人物とその周りにあったものを
見つめなければならないのだろう。

こちらも読むか。







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佐藤太郎(仮)

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