100歳になったら

夏目漱石の『三四郎』のジェイ・ルービン訳に
村上春樹が序文を寄せている(しかしこの表紙は……)。




まず春樹の個人史の部分は彼のエッセイ(特に「村上朝日堂シリーズ」)を
読んでいる人ならだいたい知っていることが多いのではないかなぁ。
学生結婚、貧乏暮らし、線路の横の家など。
目新しいと思われるところは奥さんが校正係として働いていたこと、
そして奥さんが(陽子さんばかりだな)
卒論に当初は宮沢賢治を考えていたが途中で夏目漱石に変えたこと
(どっかで書いていたかな)かね。
そのおかげで家に宮沢賢治全集と夏目漱石全集があり……というところは
実際読んでみて下さい。

『三四郎』への評価としては、三四郎が
「成熟なき成長」をしているということ。
これは(今に至るまで)日本人は西洋的「成熟した市民」という
部分が欠落しているのではないか。などなど。
まぁここらへんはありきたりかなぁ、というところでもあるんだけど。

なんといっても日当たりのいいベランダで読むのは気持ちいいよね!

それより僕が気になってしまったのは
xxixページだ。
三四郎が上京したのが1908年。
春樹が上京したのが1968年。
ちょうど60年違う。
ここではこの間にだいぶ日本も変わったよ、という
文脈なのだが、僕はむしろたった60年なんだ!と思えた。

三四郎は数えで23歳で上京。
つまり1968年には83歳で、生きていても
不思議ではないのだ!

僕の感覚では『三四郎』なんて
はるか彼方の昔のお話という感じだったのだが、
春樹たちの世代(1949年生まれ、ちなみに僕の母親と一緒)にとっては
これはリアルにお祖父さんのお話だったってことなんだ。

だからなんだと言われればそれまでなんだけど。
でもお祖父さんが下手したら江戸生まれってどんな気分なんだろう。

逆に考えてみよう。
あの時代の人が長生きしていたら……

漱石は1867年生まれ。1916年に死去。
100歳まで生きたら1967年(昭和でいうと42年!)だおお!
まぁ漱石の神経が戦争に耐えられたとは思えないが。
ちなみに妻の鏡子は1877年生まれ。1963年(昭和38年)死去。

春樹はルービン訳の芥川作品集にも序文を寄せているが
(しかしこの表紙も……)
ご存知の通り芥川龍之介は漱石晩年の弟子。
1892年生まれ。1927年に自殺。
100歳まで生きたら1992年まで!
急に身近に思えてきました。
芥川も戦争にはとても耐えられなかったでしょうが……




ちょこっと名前の出た宮沢賢治は1896年生まれ。1933年死去。
100歳まで生きたら1996年まで!
しかし賢治は田中智学の国柱会に一時傾倒したことが知られている。
賢治の作品にファシズムの萌芽を見る解釈もあり
(実は大学時代にそんなレポートを書いたことがある)
もうちょっと長生きしていたら、うーむ……

さらについでに加えると三島由紀夫は1925年生まれ。
生きていたら85歳なのねん。

「64歳になっても」ってもうとっくに越えちゃったよ、ポール。



また「村上朝日堂」みたいなエッセイ書いてほしいなぁ。無理だろうけど。



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佐藤太郎(仮)

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