『マリリン 7日間の恋』のナラティブ

『マリリン 7日間の恋』は1957年公開の『王子と踊り子』にてサード助監督を努めたコリン・クラークの当時の日誌を元にした「実話」の映画化である。



現実のマリリン・モンローもしばしエキセントリックな振る舞いで周囲を困惑させたし、その背景には彼女の恵まれない生い立ちがあったということも広く知られている。そう考えるとこの作品でのマリリンの姿は、隠された実態が明らかになったというよりステレオタイプ化されたものといえるだろう。そしてその他の映画関係者も多くが戯画化されている。
しかしコリンは、上流階級の世間知らずのお坊ちゃまからほろ苦い恋をへて成長するという、一人ビルドゥングスロマンの主人公でございと特権的な地位が与えられているようにも映る。

「実話」とわざわざカギ括弧をつけたのは、そもそもこのコリンの日誌の内容自体が実際にあったことなのかを疑うむきも多いからである。
これについては製作側も大いに意識していたことだろう。コリンによる一人称のナレーションが導入されている。つまり、この作品はコリンという「信用できない語り手」の視点を通しての物語であることが示唆されている。原題はMy Week with Marilyn。つまり主語はコリンなのである。円環状になっているこの映画のオープニングとエンディングを考えてみても、コリンは本当に「成長」を果たしたのかというのは疑わしくも思えてくる。

この作品を見る前は、ミシェル・ウィリアムズはいい役者だと思うけれどマリリン役はどうなんだいと思ったし、実際に見てみるとうまい下手の問題ではなくやはりマリリンからは遠いようにも見えてしまった(これには「そんなことなかったよ!」と異論がある人もいるだろうけど)。しかし逆に、これはあえて「そっくりさんショー」に仕立てないことによって作品の虚構性を強調しようという意図……があったわけではないのだろうが、そうともとってしまいたくもなった。

「映画撮影」を舞台にした映画というものはよくある。この時点ですでに入れ子細工的にねじれが生じているのだが、本作ではさらに、あの作品の舞台裏で起こっていた真実を明らかにするというように見せかけつつ、信用できない語り手が多分に妄想的な物語を綴るというようにも見えてくるという、なかなかにひねりのきいた作品であるのかもしれない。こういうのって割と好きなんだな。


『王子と踊り子』はこんな感じ。見てないのですが……







これはそのうち読もう。この作品ともやや関係あるし。



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佐藤太郎(仮)

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