『マクナマラ回顧録』

『マクナマラ回顧録』




欧米では一線を退いた政治家などが回想録を出すというのはよくあるし、またそれが歴史的に貴重な証言となっていることも多々ある。もちろん「自伝」の場合その内容をどこまで信用に足るのかというのはまた別に検討されなければならないわけだが。
本書は刊行時から激しい議論にさらされたということが「解題」で触れられている。また付録として批判的なものを含む書評の抜粋が載せられてもいる。こう書くとなにやらスキャンダラスな内容を期待する人もいるかもしれないが、共著者との協力により客観的な資料も引用するなど、個人的にはマクナマラなりに「誠実」にこの作業を行ったのでは、という印象だった。

マクナマラといえばハルバースタムの『ベスト・アンド・ブライテスト』によってそのイメージは決定づけられたといっていいのかもしれないが、そのハルバースタムがかつてベトナム戦争に対してタカ派的な記事を書いていたのを引用しているというのは意趣返しと取れなくもない。ただこれも60年代半ばまではハルバースタムのような記者ですらベトナム戦争を肯定的に受け入れていたという文脈でのことである。もっともハルバースタムは本書に対して激烈な書評を寄せたようであるが。

その他いくつかざっと。

マクナマラはハーバード大学の経営大学院に進むのだが、ここでは「教授陣の多くは、ビジネスの目的は一にも二にも金もうけだけ、と信じているように見え」たそうだ。しかし「もっと幅の広い見方をする人たちもほんの少々」はいた。「実業界のリーダーたちには、株主連中と同時に社会にも奉仕する義務があること、会社は利益を追求しながらも、同時に社会的責任を果たすことができるものであることを、これらの先生たちは教えてくれました」(p.24)。

ここらへんは「当時ですら」なのか「当時から変わらな」いということなのかはよくわからないけど、まあ今現在ではMBA取ってどうだこうだという連中が「社会的責任」について何か学んでいるとは思えない。


ベトナム反戦運動が高まる中マクナマラはハーバードでキッシンジャーらに頼まれて講演をすることになるが、車は学生に囲まれ身動きができなくなってしまう。マクナマラは対話によって乗り切ろうとするが埒があくはずもなく、混乱の中キャンパス間をつなぐ迷路のようになっている地下のトンネルに入る。そこで案内役をつとめた学生はなんとあのバーニー・フランクだったのだとか(p.343)。このころのバーニー・フランクってどんな感じだったのかな。


キッシンジャーの『外交』からこんな箇所を引用している。
「冷戦での勝利によってアメリカは、一八世紀と一九世紀のヨーロッパの国家システムとの類似性を数多く抱えた世界に投げ入れられた……。イデオロギーないし戦略面での圧倒的脅威がなくなったことで、各国は次第に、自分たちの目前の国益を基礎とする外交政策を追い求めることが自由になった。たぶん五つか六つの大国と、たくさんの小国からなる特徴を持つ国際システムでは、秩序というものは、過去何世紀もそうであったように、競合し合う各国の国益の間の和解と均衡から生まれるほかないのである。」

キッシンジャーに好感を持てというのは無理な話だが、こういうのを読むとさすがという感じはする。
近年は外交のみならず様々な国が内政面でも一九世紀化しているということはよく指摘されることだが、慧眼というところだろうか。


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佐藤太郎(仮)

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