『青い脂』

ウラジミール・ソローキン著 『青い脂』




近未来、核による災厄、ロシア語に浸食している中国語、そしてクローンと、その舞台設定はまぎれもなくSFである。
物語はまずボリスという人物による日誌風の手紙という形で幕を開ける。そこで行われているのはトルストイ4号、チェーホフ3号、ナボコフ7号、ドストエフスキー2号といったロシアの文豪たちのクローンによる創作であり、その作業を通じてしか「青脂」は得ることができない。
そして「ロシアの民間信仰のパロディ」(「解説」より)とも思われる教団の奇怪な物語に続き、1954年のソ連が舞台となる。もっともここは53年に死亡したはずのスターリンやベリヤをはじめ、エイゼンシュタインやトロツキー、はてはヒトラーまでもが生き延びているという「パラレル・ワールド」である。ここではスターリンとフルシチョフのセックスなど享楽と退廃と暴力の光景が繰り広げられることになる。

これらの物語をつなぐものが青脂である。この作品は青脂とはいったい何かという謎をめぐる物語であるといえよう。曰く「超絶縁体」、「エントロピーが常にゼロに等しい物質」であり、月に造られつつある反応器に使われる。それは「永久エネルギーの問題をプラス=ディレクトに解決することを可能にする」。そう言われてもなんだかよくわからないが、実際この物語の中で青脂はいくつもの姿をまとい、捉えようとする手からするりと抜けていくようでもある。

この作品における青脂の役割とは一種のマクガフィン=物語の駆動装置ではないかという気になってくるが、結末にたどりつくと、これは物語の動力源というよりも物語そのものといってもいいのかもしれないという思いにもなる。
『ロマン』に衝撃を受けた読者であるなら、この作品にも物語そのものを根底から破壊するようなアナーキーな力の噴出を期待してしまうかもしれない。クローンたちの紡ぐ模倣作品やアブノーマルなセックスの饗宴、青脂をめぐるスターリンたちの血塗られた冒険などからそのように展開するかのように期待もさせるが、ソローキンはこの作品においては「物語」の枠内に収まり続ける。最後に青脂が引き起こすのはまるでビッグバンのような事象であり、文字通りに世界は覆いつくされる。しかしその後に待っているのは「憎しみを巧みに隠した」ある人物の視線であり、世界はカオスや虚無を迎えるのではなく、新たな物語が生まれいでているかのようである。


この作品の魅力となっているのはなんといってもクローンたちの秀逸な模倣作品であり、暴力や性表現に代表される破壊力であろう。これらは「いかにもソローキン」と思えるものである。同時に、とりわけ1954年のパートはロシア文学史、ソ連史に通じている人ならばさらに楽しめるものとなっているのだろう(従って僕は十分に味わい尽くしたとはいえない)。そういう点では「ロシア的」なものへのより一層の直接的な接近も感じさせる。
『青い脂』は99年の作品であるが、「解説」によると2002年には長編としては次作にあたる『氷』に関するインタビューにて、ソローキンは「突然コンセプチュアリズムとの絶縁を宣言」し、「暴力」というテーマは変わらずとも以降「前衛的な文学実験」からファンタジーをはじめとしてストーリー・テリングを重視する方向へ進んでいるようである。作家ソローキンのキャリアとして見ても分岐点となった作品であったのかもしれない。

あの物語そのものを破壊してしまう力業というのも好きではあるのですがね。それでもやはりこの「暴力的」なアプローチ、そしてその力強さというものはさすがという感じである。



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佐藤太郎(仮)

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