『文化と外交』

渡辺靖著 『文化と外交』




有名なガイドブック出版社、ロンリープラネットに「世界で最も幸福な国」の格付けで一位にも選ばれたバヌアツ共和国。この太平洋の小さな観光国である騒動があった。2004年、当時の首相が単独で台湾を訪問し、台湾との外交関係樹立のコミュニケを発表したのである。「ほとんどすべての閣僚が「一つの中国」政策を維持すべきとの姿勢を表明」し、首相交代となった。
では中国はこれにどのような反応を示したのだろうか。中国はバヌアツに無償で衛星パラポラアンテナを提供し、中国中央テレビの国際テレビ放送を24時間放送し始めたのである。「それまで宗教チャンネルと一日四時間の放送しかなかったアヌアツの人々」は、これによって「中国への親近感を急速にたかめているようだ」。中国は他にもバヌアツへインフラ等の支援を積極的に行っている。
銅やリチウムなどの戦略物資を南米からの輸入に頼る中国にとっては、地政学上バヌアツは重要な意味を持つのであるが、ここで注目すべきは、中国が「より巨視的な戦略的枠組みのなかでパブリック・ディプロマシー」を展開していることであろう。

中国はバヌアツのような小国のみならず欧米でもパブリック・ディプロマシーを活発に展開している。アメリカでは経営難に陥っていたラジオ局を買収し、「アメリカ国内初の中波中継専用局を確保し、二四時間放送できる体制を整え」、国営新華社通信は「二〇〇八年からわずか二年の間に、アメリカ国内の拠点を四つから七つに増や」している。

中国は2004年に「中国文化や中国語の普及のため」に孔子学院を設立。2010年の時点で大学向けの孔子学院が94カ国・地域に329の、さらに337の「小中学校ならびに中国国際放送局の視聴者向け」である孔子教室が存在している。「国家が語学学校を支援する例は珍しくないが、孔子学院ほど短期間に、かつ大規模に展開した例はない」という。
このような動きに警戒感を抱く向きもあり、アイビーリーグの8校をはじめ、「中国政府のひも付き」という疑念から参加を見合わせている大学もある。

また中国はアメリカ議会対策にも力を入れ、台湾のロビイストによると中国大使館の議会担当スタッフは2005年ころから急増し、それまでの5人前後から25人以上になったそうである。「ちなみに在米日本大使館の議会担当スタッフは四人」であるそうだ。

言うまでもなく、このような動きは中国に限ったことではない。アルジャジーラの英語放送があり、またフランスは「アングロ・サクソン系メディアの優勢に対抗」するために、公共放送と民放の共同出資によりフランス語、英語、アラビア語で放送する「フランス24」を2006年に設立している。

これらの例からわかるのは、各国がパブリック・ディプロマシーに積極的に力を注いでいるという現状があり、そして日本ではその認識が著しく欠けている傾向にあるということだろう。
韓国はこれまで別々に運営されていた放送、ゲーム関連、エンターテイメント・コンテンツなどの振興組織を「韓国コンテンツ振興院」に一本化し、「国家のブランディング」を図っている。96年に始まった釜山国際映画祭は、国際映画祭の評価基準の一つとされるワールドプレミアの作品数において、先輩格である東京国際映画祭を「完全に凌駕」しており、さらに韓国政府は釜山に巨大な映像センターを完成させ、映像関連の行政組織もソウル市から移し、釜山市を「アジア映像文化中心都市」に指定する予定だという。

20ページに英独日の国際文化交流機関比較の図表が載っているが、イギリスのブリティシュ・カウンシルの職員数が国内で1094名、在外で4575名、ドイツのゲーテ・インスティトゥートの職員数が国内で637名、在外で2253名。これに対して日本の国際交流基金の職員数は国内で374名、在外で212名にとどまっており、文字通りに桁が違うという状況にある。「日本のパブリック・ディプロマシーのスケール、さらには国家予算に占める文化予算の割合は、その経済規模、あるいは他の主要国に比して驚くほど小さい」。


「本書はパブリック・ディプロマシーに関する政策提言を急ぐものでもなければ、単にパブリック・ディプロマシーの拡充を訴えるものではない。むしろ、パブリック・ディプロマシーの実践の先にある「文化」のあり方について再検討を試みるものである」(p.28)とある。
本書を優れたものにしているのは、ただいたずらに危機感を煽り、バスに乗り遅れるな式のアジテーションを行うのではなく、パブリック・ディプロマシーの課題や危うさまで含めた広い視野から「文化と外交」が分析されていることである。著者の専門は文化人類学であるが、この学問領域自体が一種の危うさと背中合わせであることを思えば(当然そのことにも触れられている)、このテーマにはうってつけであったのかもしれない。

「パブリック・ディプロマシー」という言葉は1965年に、アメリカの元外交官、エドムンド・ガリオンによって初めて「パブリック」な場で用いられた。無論それに通ずるアイデアは古くからあり、その起源がギリシャ・ローマ時代まで遡って掘り起こされている。馴染み深いものとしては、アメリカ独立戦争の最中にフランスに派遣され、独立の理念を説くと同時にその振る舞いによってフランス社交界を魅了したベンジャミン・フランクリンの活躍がある。
ただし20世紀に入るまでは今日的な「パブリック・ディプロマシー」の概念とは決定的に異なる点もあった。外交とは宮廷や貴族などの一部の人間によって担われるべきものであって、「相手国のカウンターパートの頭越し」に「その国ないし地域の人びとに直接働きかけることは、必要とも望ましいとも見なされていなかった」のであった。

それを大きく変えたのが第一次世界大戦である。「中立国」アメリカに対し、英独から「世論」へ様々な働きかけがなされた。参戦後にはアメリカ最初の宣伝機関が作られ、そこには「大衆説得や世論操作の代表的な専門家が加わ」り、またハリウッドも反ドイツ色の強い映画を製作し、宣伝活動に積極的に協力したのであった。
以降各国は様々な方法で、「心と精神を勝ち取る」ことを目指すことになり、冷戦下では米ソが「思想戦」を繰り広げた。

さらに新たな段階に入ったのがイギリスによる「クール・ブリタニカ」キャンペーンからである。BSE問題が発生し、それ以後もイギリスは信用を回復することがなかなかできずにいた。ブリティッシュ・カウンシルは背景に「イギリス=古くさい」というイメージがあり、科学技術においてもそのような認識がなされていると分析した。折りしもトニー・ブレアが首相になったこともあり、様々な因習的なイメージを脱そうと一大キャンペーンを仕掛けたのであった。「キャンペーンの成果については意見がわかれるが、イギリスのような大国までもが国家ブランド戦略に乗り出したことが話題になり、世界各国における「クール」ブームの先駆けとなった」。

アメリカでは80年代後半にはジョセフ・ナイが「ソフト・パワー」を提唱している。この概念はNGOの伸張をはじめとする国際関係においてのアクターの多様化ともマッチするものであった。ソフト・パワーを政府が全て管理することは不可能であり、政府が「支配」することではなく、「アクター間のパートナーシップづくりやプラットフォームづくりを「支援」する」という、つまりパブリック・ディプロマシーがこの方向からも注目されるようになっていく。
パブリック・ディプロマシーは「プロパガンダ」や「ブランディング」と同一視されるが、政府の関与が強くなりすぎるとパブリック・ディプロマシーの魅力や信頼感は低下する。「中国のパブリック・ディプロマシーが、その大胆な展開ぶりとは裏腹に、懐疑の念をもって受け止められている理由の一端はここにある」。


パブリック・ディプロマシーとは、いくら「国際公共性」などを強調しようとも所詮は「国益」や「権力」に絡めとられたものであるという懐疑がリベラル派にあるのも確かである。「武器を文化に持ち替えただけ」ともとれ、「目の前の政策論(外交政策や通商政策)に文化芸術や教育・文化交流が絡めとられるとき、本来のインターナショナルな精神がナショナルな次元に矮小化されてしまう、あるいは(狭義の)ナショナリズムの強化につながるという懸念は強」く、「ジョセフ・ナイの提唱するソフト・パワー論に対する違和感の多くも、実はこの点に由来している」。また国ごとの力(資本)の不均衡を思えばこの疑念はさらに強まることだろう。

一方保守派にとっても懐疑は存在している。文化国際主義に象徴される博愛主義など根拠のない「願望」、「信仰」であり、「さまざまな利害や権力がうごめく現実世界を依拠させるにはあまりに脆く、リスクが高い」ものと考えられる。「リベラル派にとってはパブリック・ディプロマシーが「十分に文化国際主義的ではない」ことに違和感があるように、保守派にとってはパブリック・ディプロマシーが「あまりに文化国際主義的である」ことが不安材料となる」のである。
他ならぬジョセフ・ナイがこう語っている。「北朝鮮の独裁者金正日がハリウッド映画の愛好家だからといって、そのことが核開発に関する彼の決定に影響を与えることはまずない」。そして「ハード・パワー(軍事力や経済力)を背景にした外交の有効性や必要性を認めている」。


「文化」というものが形を持たないように、パブリック・ディプロマシーもその効果や限界を客観的に数値化することは不可能である。そのためにリベラルからにしろ保守からにしろパブリック・ディプロマシーを否定的に捉える立場もあってしかるべきであろう。ただその前に、各国が、そして日本がパブリック・ディプロマシーにどのように向き合っているかという認識がないことには議論そのものが無意味なものとなろう。

日本のパブリック・ディプロマシーといえば「クール・ジャパン」がまず思いつくことだろう。
著者は「クール・ジャパン」は、パブリック・ディプロマシーのモデル・ケースと比べると「政策的に曖昧で、働きかける対象も不明瞭な印象は免れない」としている。
スイスでは、90年代後半にスイスの銀行がナチスの資産の隠し場所になっていたことが発覚し、国際的なイメージが低下した。外務省は官民からなるブランド委員会を設立し、イメージ改善のための事業を展開した。「成功の秘訣は、重点国における世論調査やメディア分析をきめ細かく行いながら、事業の対象や内容を変化させていったことにあった」。
「具体的な戦略性に乏しく、総花的な印象を受けてしまう」日本とは大分差があるという印象だ。そもそも「クール・ジャパン」を代表している漫画、アニメなどは日本政府によって仕掛けられたものではなく民間によって作り出されたものであり、「政府の関与が強すぎると、かえってその魅力を低減しかねない」というのは同感である。


「おわりに」で、著者は本書執筆の動機について民主党政権による「事業仕分け」に触発された部分が大きいとしている。「「事業仕分け」そのものが意義深い試みであった点に異論はないが、文化・外交関連の事業をめぐる議論については違和感を感じる点が少なからずあった」。国際的に評価の高かったJETプログラムが、「「中学校や高校における英語のスコアの伸びに成果が反映されていない」として「見直し」判定とされ、一時は廃止の瀬戸際」にまで追い込まれたのはその一例であろう。

事業仕分けについては、誰だったか失念したが「あんなものは財務省のお役人がやっていたことを政治ショーに仕立てただけだ」というようなことを言っていた。その通りだとも思うが、これには二つの解釈が可能であろう。一つは「お役人がやっていたことなんだから政治家などがしゃしゃり出てこずにお役人にやらせておけばいい」というもの。もう一つが「これまで裏で行われていたことが可視化された意義は大きい」というものだろう。後者の観点に立てば何もかもが無意味だというわけではないだろう。その点では僕自身も事業仕分けを全否定しようとまでは思わないものの、やはり著者の危惧を共有してしまう。


本書刊行後に起こったのが「現代日本文学翻訳・普及事業(JLPP)」の「廃止」判定である。もちろん税金である以上野放図にドバドバ流し込めばいいというわけではない。しかし仮に「廃止」されるにしても、本書で語られたような事例をふまえ、パブリック・ディプロマシーにいかに取り組むのか(あるいは取り組まないのか)という議論がなされたうえで判断されるべきだろう。事業仕分けに意義があるのだとしたら、そのような議論をオープンな場で行うことで、より広い見地から様々な意見を集約することにあると思うのだが、この件でそのように発展した形跡はなく、「民間にできることは民間に」や「具体的な成果が見えない」といった粗雑な印象論に終始したようにしか見えない。これでは結局のところお役所間の予算ぶんどり合戦に文化庁が負けたというだけのことではないかという印象は否めないところである。


いろいろ触れたいところが多くて(これでも削ったつもり)長くなってしまったが最後に。
第二次大戦後に英国芸術評議会(アーツ・カウンシル)を創設したケインズはこう言ったという、「金は出すが、口は出さない」。
これって現在ではよくスポーツチームのオーナーなんかを引き合いにだして使われるけど、ケインズの言葉だったのですね。恥ずかしながら知りませんでした。
その他にもあの有名な言葉ってこの人がここで言っていたのね、というのが結構あって、名言集的に読んでもなかなか面白いかも。

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佐藤太郎(仮)

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