ヒッチコックあれこれ

アンソニー・ホプキンス主演『ヒッチコック』が間もなくアメリカで公開、ということとは別に関係なくヒッチコック関係の本をいくつかパラパラやっている。





山田宏一・和田誠著 『ヒッチコックに進路を取れ』






対談が行われた時期が記されていないのだが、ハリウッド時代についてはビデオやレーザーディスクでヒッチコック作品が発売され、その解説として行ったものが元になっているということで80年代から90年代にかけてか。ハリウッドでの長編全30作品に加え、単行本化にあたってイギリス時代の主要作品についても取り上げられている。
僕はヒッチコックの作品を数多く見ているわけではないのだが、それでもこの二人がヒッチコックについて縦横無尽に語りあかすとくれば面白いに決まっている! ということでこれ以上ああだこうだ言うこともないのだが個人的に面白かったところをいくつか。

トーキー第一作となった『ヒッチコックのゆすり』にて、主演女優のアニー・オンドラはチェコ出身で英語がうまくない。しかし吹き替えの技術はまだ発達してない。そこでどうしたのかというと、なんとイギリス人女優がその場で吹き替えを、つまり撮影時にオンドラは口パクでセリフはこの女優がしゃべるという荒業をやってのけたのでありましたとさ。
サイレントからトーキーへの移り変わりの時期は悲喜こもごもあったわけですが(『アーティスト』がまさにその頃を取り上げていますね)、こういうこともあったのですね。

『逃走迷路』では映画館に入りこんで、スクリーンで発砲があると観客が倒れるというシーンがあるようで、これは後にいくつかの作品でパロディとしても使われたそうだ。サミュエル・フラー監督の『デンジャーヒート』にもそのシーンがあったため、山田さんがフラーにインタビューをしたときに「ヒッチコック映画を思い出した」と言うと、「俺はあんなデブの真似をしたことなどない!」と怒りだしてしまったのだとか。ヒッチコックの悪口となるとやはりデブが真っ先にでるのか。

ジェームズ・スチュアートは一番好きなのはフランク・キャプラ監督の『素晴らしき哉人生!』だと言っているそうで、他にもほのぼのした感じの映画なんかが好きなのではないかと話している。スチュアートは無類のいい人のようで、来日した時に一緒に写真を撮った女の子は山田さんのところへ「映画の中のジェームズ・スチュアートそのままのいい人だった」と感動の手紙をその写真を同封して送ってきたそうだ。
和田さんがインタビューをしたときも「通訳が訳してくれてる時、僕は通訳の方を見るでしょ。そのあと彼に視線を戻すと、そのたびにニッコリしてくれる」とのことである。
ちなみにヒッチコックは『めまい』がヒットしなかったことをスチュアートが年をとりすぎて魅力がなくなったせいだ、としているのだとか。そのせいではないのだろうが、スチュアートはあれだけ出ているにもかかわらず好きな映画としてヒッチコックの作品を一本もあげていないそうだ。まあ確かに「いい人」向きではないかもしれない。

ヒッチコックはケーリー・グラントとのほうが互いに好みだったのでは、ということでヒッチコック最後のテレビショーのAFIの功労賞授賞式では同じテーブルに座り、ケーリー・グラントは特別扱いという感じだったそうだ。
この授賞式で、ゲストが一人ずつ立って挨拶したのだが、ヒッチコックは『マーニー』のショーン・コネリーのことが誰だかわからなくなちゃっって、ケーリー・グラントが耳打ちしてあげた。
これを山田さんは「ショーン・コネリーは『007』シリーズのジャームズ・ボンド役をやめたあと、かつらをとっちゃったから、わからなくなっちゃったんだよ(笑)」と言っている。
そういえば僕も子どものころはあのショーン・コネリーとこのショーン・コネリーが同一人物であるということが信じられなかったっけ。

『ダイヤルMを廻せ!』は3D映画として撮られた。トーキーを最初にやって成功したのがワーナー・ブラザーズで、ワーナーは「トーキー革命に次ぐ第二の映画革命」をねらっていたようである。
ワーナーは全ての作品をカラーの3Dで撮れと命令し、ヒッチコックは本当はモノクロで撮りたかったので頭にきつつもやらざるをえなかった。ところが九ヶ月かけて撮り終えたころにはすでに3Dブームは終わっていたのでありました。なんでも八ヶ月しか続かなかったのだとか。
ヒッチコックはメ3Dのためのガネをかけて見ると色が少し薄れるということで色を濃くしたものの、結局3Dでは公開されなかったために「ギラギラした色の映画になってしまった」と言っている。

3D版『ダイヤルMを廻せ!』について山田さんは「ここぞというところはすごい立体効果なんだ。ヒッチコックはいやがってしゃべってないけど、やっぱりちゃんと花瓶とか、けっこう手前に置いて、画面に深みを出している」と言っている。
和田さんは「普通は見世物風にやるから、猛獣狩りでこっちにライオンが跳びかかるとかするんだけど、その点ヒッチコックはさすがに地味。どちらかというと、目の前に何かがくるというより、奥行きを感じさせるような使い方で」とし、それを受けて山田さんは「立体効果のためにドラマを壊していないからね」としている。
一応言っておくと『ダイヤルMを廻せ!』は1954年の作品であります。ここらへんを読んでいるとなんか今の映画の話をしているような気がしてくる。個人的には3D映画についてはかなり冷ややかなのだけれど、『ダイヤルMを廻せ!』の3D版を観るのは悪くないのかもしれないと思えてくる。

さらに二人はこんな会話をしている。

Y 調べてみたら、一九〇三年にルイ・リュミエールがエッフェル塔の上からパリを撮影して「フォトラマ」と名づけて立体感のある映画を上映したらしい。70ミリで撮った作品もあるらしい。映画を発明した当初から、ということは一八九五、六年ごろから、リュミエールはずっと立体映画を考えていたらしいよ。
W 『列車の到着』を3Dでリメークしたんだって?
Y そうそう。一九三五年になってからだけど、立体で再映画化したという記録がある。
W ジョルジュ・メリエスも『地獄の鍋』と『デルフォイのお告げ』を撮ってるんだね。
Y え、そうなの? 一九〇三年の作品だよね。『地獄の鍋』の方は彩色版で観たけど、立体じゃなかった。
W 3Dには右眼用と左眼用の二本のフィルムが必要でしょ。でもフィルムを見ただけじゃその違いがわからない。わずかの差だから。それで二つのフィルムがバラバラになって、一本はフランス、一本はアメリカで保存されていたんだって。それをわりと最近ドイツの研究家が見つけて、二本同時に上映したら、立体視できたという大発見はあまり知られてないでしょ?
 (pp.280-290)

エジソンもリュミエールも、そして「エジソンに消された男」とも呼ばれるリュミエールより七年も前に映画を発明したとも言われるル・プランスも、皆立体映画を考えていたということである。
山田さんはこう言っている。「やっぱり3Dの視覚効果っていうのは、ストーリーとかテーマよりずっと純粋に「映画的」なものだったんだろうな。映画の発明者が、リュミエールもエジソンも、最初から立体映画を作ろうとしていたというのはね。(中略)ヒッチコックもある意味では「映画」の発明者だもんね。いやいやながら3Dで『ダイヤルMを廻せ!』を撮ったとは言ってるけど、実はけっこう面白がって(笑)、少なくとも面白く撮ってるよね。グレース・ケリーという最高のブロンド美女も見つけてね」(p.281)。

ここを読むとスコセッシがなぜ『ヒューゴの不思議な発明』を撮ったのかということも納得という感じですね。


とはいえこのためだけに3D対応買うのもなあ……








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