『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』

村上春樹初のインタビュー集『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』




まず一般にいささか間違ったイメージがあるのではないかと思う。
村上春樹は確かに積極的にメディアに露出するタイプの作家ではない。
一方でサリンジャーだのピンチョンだのと比べれば、まあそれでも
インタビューは結構受けているほうだよね、と僕には思える。
『徹子の部屋』にでも出なきゃプロモーションを積極的にやってると
認めない人もいるかもしれないけど、でもなんだかんだで
新作を出すと大抵は全国紙の一つと文芸誌からインタビューは受けている。
受ける数が少ないのは単純に本が売れているからだと思う。
専業作家で五千部出るかどうかという状況ならまた違っていただろう。

一方で気をつけなきゃいけないのが、春樹はかなり適当に
インタビューに受け応えることも多いことだ。
もちろんその時、気が乗らなかったということもあるだろうし、
インタビュアーとの相性もあるだろう。新聞なんかだと紙数がかなり限られているので
最初から顔見世程度にしか思ってないのかもしれない。
そこらへんのサービス精神は旺盛な人とは言えないことは確かだが。

本書はもちろんインタビュー集を編むということからも分かるように
質も量も充実したものが多い。

長年のファンである僕にとっては新しい発見というよりも
まとめてインタビューを読むことで、むしろ重複の部分のほうが面白かった。

一番印象に残ったのは「肉体」へのこだわりである。
「肉体」といっても「官能」やプリレタリアート小説的な「労働者賛歌」ではない
(まあそういうものも否定はしていないだろうが)。
春樹が繰り返すのが二十代のころ、それこそ馬車馬のように働いた思い出である。

あれこれ言う前に、やっぱり小説というのは文体だと思うんです。僕は文体というのはフィジカルなものだと思うんです。自分の中のフィジカルな流れとか強さみたいなものが文体を規定している。頭で考えた文章というか文体というのはあんまり意味持たないと思うんです。少なくとも小説の場合にはね。僕は、どちらかといえば肉体的にものを創っていくタイプだから。(p.133)

「肉体」へのこだわりというのは「三島的」な美とかいうものではなく、
地に足をつけたものへの共感と言ってもいいだろう。
そしてその共感というものは、上記の引用からもわかるように
文体に、そして創作そのものへとつながるものである。
なぜそのこだわりが生まれたのだろうか。別の箇所を引用しよう。

それはやっぱり僕自身が七〇年闘争みたいなものに対して深い絶望感を持ったからかなという気はするんです。今そこにある言語に対する不信感みたいなもの。(p.118)

世代的には春樹は全共闘真っ只中である。本書でも六〇年台という「理想主義」への
アンビヴァレントな感情がしばし出てくるが、要は同世代の人間に失望したのである。
しかしありがちなパターンとして理想を捨て去って「現実」に埋没したり、
あるいは反動化するという道を選ばなかった。その代わりが「肉体労働」の二〇代である。

春樹といえば「ニューアカ」、あるいはその近辺にいる人間から
蛇蝎のごとく嫌われているわけだが、その根もおそらくこの辺にあるのだろう。
256ページではカーヴァー全集の刊行にあたっての反応に
嫌味な反応を返しているが、春樹からすればあの連中とは結局
「肉体」(「生活」と言い換えてもいいだろう)から切り離された
観念のゲームをしているように映っただろう。
向こうからすればそれが見透かされたゆえの過剰反応だった……といえば
もちろん反論はあるだろうが。

ちなみに僕は「ニューアカ」的なものを愛でている人間でもあります。
僕は七八年生まれなのでもちろんリアルタイムでは両者の関係がどう映っていたのか
わからないが、少なくとも八〇年代前半までは蓮実重彦と春樹が映画対談をするとか、
浅田彰と対談をするとかいうことがあっても不思議でない雰囲気はあったのではないか。
だからこそ逆に、あそこまでの、単なる批判ではない罵倒や無視という
異様とも思える反応をしめしたのではないか……というのはまた別の機会に。

ただ脱線ついでに書くと春樹への評価というのは、とりわけ九〇年代までは
あきらかに党派的なものであったのですよね。
「ニューアカ」は全否定。彼らから距離のある
加藤典洋のような人は高い評価をするというように。
このことが春樹の臍がさらに曲がる一因になったと思うし、
春樹だけでなく読者にとっても非常に不幸なことであり、
その状況は現在もまだ解消されていないと思う。

閑話休題。
日本で若い読者が常にいることについて

僕の書いていることが、その年代の人たちにとって切実なことだからなんじゃないかな。正確にはわからないけど、それはつまり、人が孤独に、しかも十全に生きていくのはどうすれば可能か、ということだろうと思う。(pp.67-68)

と語り、ロシアで受け入れられていることについては

僕が、僕の小説の中で描きたかったことのひとつは、「深い混沌の中で生きていく、個人としての人間の姿勢」のようなものだったから。(p.175)

というのが時代状況とマッチしたのでは、と語る。
一方で欧米ではポストモダンと分類されるがアジアでは
そんなことあまり意識されてないのでは、というような部分(p.317)などは
なぜ春樹が、まるで社会状況の違うはずの世界でこんなにも広く読まれているのかが
わかるようでわからないという状況を自ら語っているようだ。

「肉体」、あるいは「生活」へのこだわり。
これが作家としての村上春樹のひとつの姿勢となっていることは明らかだ。
春樹といえばまるで逆の印象、つまり資本主義の都市社会を体よく泳ぎ回る
軽薄な作家、ということを思っている人も少なからずいるだろう。
この誤解は「個」を求める春樹の日本社会との軋轢の象徴でもある。

アメリカに四年半ばかり住んでいるあいだに、僕はひとつの自己矛盾に突き当たることになりました。というのは僕はそれまで、個人として自立することをひとつの目標として生きてきたからです。日本にいるときは、それが僕にとって大事な意味を持つ作業だった。社会システムに対抗する個を確立すること。
 ところがアメリカやヨーロッパでは、人が個人として自立するというのは、いわば自明のことです。つまり日本を出てアメリカにやってきて、個であることをあえて希求しなくてもよくなった。
(p.338)

こういう状況でよくあるパターンとしては「日本回帰」をしてしまったり
あるいは単なる欧米礼賛にとどまったりということがある。
おっと、こういう表現は二度目だな。

つまり春樹は、「よくあるパターン」の人々と同じ場所に立つことがあっても、
そこへは陥らないという強い姿勢を持ち続けている。
これは何も日本に限定された話ではないだろう。
これこそが世界的に読まれる原動力となっているのかもしれない。


レイモンド・カーヴァーと夫人のテス・ギャラガーについて

そこにある地べた的な倫理観の強さです。(中略)一言で言えば、まあ質素なわけです。そういう生活感覚って揺らぎのないものですよね。(p.281)

とふり返っている。これは実生活に限られたことではないだろう。
そのすぐ後で

レイモンド・カーヴァーにとっては、死に物狂いで自分の身を削ってものを書くというのは最低限のモラルだったんです。だからそういうモラルを実行していない人を目にするのは、彼には耐えがたいことだった。(p.284)

と語り、シンパシーを寄せている。これは逆に創作に限ったことではないだろう。
ここは、このインタビュー集を集約する部分であるようにも思える。

あとついでに付け加えると村上龍への分析と自分との比較は納得。
長くなちゃったんで興味ある方は実際に読んで確かめてみて下さい。


プロフィール

佐藤太郎(仮)

Author:佐藤太郎(仮)
shopliftersunionあっとhotmail.co.jp

最新記事
月別アーカイブ
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
カテゴリ
twitter
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR