『FBI vs ジーン・セバーグ』

ジーン・ラッセル・ラーソン + ギャリー・マッギー著 『FBI vs ジーン・セバーグ』




「ヌーヴェルヴァーグ」と聞いてまずゴダールの『勝手にしやがれ』が、いやもっといえばあのベリー・ショートヘアのジーン・セバーグが浮かぶという人もいることだろう。そのセバーグは1979年、自宅近くの道路に止めてあった車の中から遺体で発見されることになる。国際的に活躍していた女優に何があったのか。FBIとの対決を中心に追ったのが本書である。


ジーン・セバーグは十代のころから人種差別反対運動に積極的に加わり、女優となった後も臆することなく政治的発言を続けた。しかし現在から見ると、セバーグの振る舞いは必ずしも「過激」であるとは映らないだろう。
「彼女は街頭で自分の信念を一席ぶつようなタイプではなかった。職業的または社会的地位向上のため、これみよがしな人道的活動で世間の注目を浴びることもなかった。彼女の寄付と献身の大部分は人知れず行われたため、総じてどれほどの寄付がなされたかを検証することは事実上不可能だが、その額は少なくとも数十万ドルに及ぶとみられる」(p.8)。
慈善団体への寄付を積極的に行うと同時に、会計の不明朗さなどが気にかかれば寄付をやめるというような慎重さも持ち合わせていた。

セバーグは生まれるのが早すぎたのかもしれない。当時は女優が政治的な発言をすることなど望まれてはいなかった。そして彼女はまた、「奔放」ともいえる私生活でも知られていた。特に二番目の夫のロマン・ギャリとの関係は常識的にはなかなか割り切れないものであった。夫婦関係は終わりを迎えたかと思えばまた復縁し、生活を共にしながらもクリント・イーストウッドをはじめ少なからぬ男性と性的関係を結んだ。
政治的かつ「堕落」した女優、FBIに目をつけられるにはこれで十分であったのかもしれない。


FBIがブラックパンサーを目の仇としたことは驚くに値しないだろう。
フーヴァーによる独裁的支配体制において、FBIは内部においても外部に対しても常に人種差別的であった。また共産党をはじめとする「脅威」に対しては非合法的手段を含め、徹底して弾圧を図った(ブラックパンサーなどが貧しい地域の子どもたちに提供していた朝食に毒を混入しようとすらしていた)。「黒人武装過激派集団」であるブラックパンサーはまさに、FBIにとっては不倶戴天の敵であったといえよう。

「時代の空気」というものがあるが、ブラックパンサーをめぐる雰囲気は当時の人間でなければなかなか理解することが難しいかもしれない。今となっては非現実的な夢想的集団であり、また少なからぬメンバーが倫理的にかなり問題があったことも明らかになっている(現在もシンパの人からするとこれこそがFBIの誘導の結果だということになるのかもしれないが)。「政治意識の高い」ハリウッドのセレブたちの多くがブラックパンサーに惹かれ、また逆にとてつもない恐怖心を抱く人々も多かった。

ハリウッドにおいてブラックパンサーを支援したのはセバーグに限ったことではない。そしてFBIが攻撃の対象としたのもセバーグのみではない。例えばFBIはジェーン・フォンダが武装蜂起を煽る演説をしたという虚偽の情報をゴシップ・ジャーナリストに流していた。また本書では匿名のある歌手は無名時代にポルノ映画に出演していた。彼女はそのフィルムは処分されたものと思っていたが、FBIの手に渡っていたのであった(そのフィルムはフーヴァーのお気に入りだったそうだ)。その歌手がパンサーを支持していることが判明すると、彼女のもとにそのフィルムが送られてきて警告がなされた。その歌手はそれ以降公の場でパンサーの活動に協力することは二度となかった。

セバーグの人種差別反対運動や慈善事業への関わりは「ファッション」などではなかった。それゆえにブラックパンサー、より正確に言うならパンサーの一部の活動家への支援はより深いものとなり、なおさらFBIの目を引いたのだろう。とはいえFBIによるセバーグへの攻撃は執拗であり、異常なほど激しかった。

それが最も高まったのは、69年のセバーグの第二子妊娠時であった。すでに離婚協議中であったが、ギャリは自分の子だと主張したもののそれを真に受ける人はほとんどいなかった。セバーグは子どもの父親について、友人や知人に対して曖昧にして異なる話をくり返した。スパイをあぶりだすためにあえて偽情報を流すというのは常套手段である。すでに日常的に電話が盗聴され、周囲にもFBIの内通者がいたことが疑われたためにこのような方法にうってでたのだが、これはむしろFBIにとっては渡りに船であった。ついには『ニューズウィーク』に、セバーグの父親がブラックパンサーのメンバーであることをほのめかす記事が掲載される。以降バッシングはさらに激しくなり、その影響からかセバーグの娘は誕生してすぐに亡くなり、彼女はますます精神的に追い詰められていく。

FBIがゴシップ紙に偽情報を流すことは日常的に行われていた。しかしセバーグへの攻撃で特徴的なのは、『ニューズウィーク』や『タイム』、『ロサンゼルス・タイムズ』といった「まっとう」なメディアに彼女のゴシップが載ったことである。ハルバースタムは『メディアの権力』でこの問題を取り上げ、また「訳者あとがき」によれば原著刊行後にも『ロサンゼルス・タイムズ』に過去のこの問題を検証する記事が掲載された(Jim Bellows' mistake  、 The Jean Seberg Affair Revisited)。アメリカメディア史にとっても大きな汚点であったことが窺える。

1972年にフーヴァーが死亡する。70年代半ばにはこれまでのFBIの活動を見直す機運も生まれ、議会も調査に乗り出す。ある政府関係者は「FBIによる調査のなかでも最悪なもののひとつがジーン・セバーグへの調査だった」としているのだという。情報公開も始まり、調査対象となった人々は自らの情報を得ることもできるようになった(とはいえジーン・セバーグに関するものは破棄された書類も多数あることが疑われ、現在でも非公開や黒塗りにされた形でしか公開されないものも多数ある)。しかしこれが新たな悲劇を呼ぶことになる……。


セバーグの死は自殺とされているものの、不自然な点も多く他殺説をとる人もいる(著者たちもその立場を取っている)。死の真相がいかなるものであろうとも、セバーグがFBIによって、これ以上ないほどに傷つけられ、ボロボロになって死んでいったという事実は間違いのないものである。

ジョン・レノンがニューヨークへの移住を決めたあと「FBIに狙われている」と訴えたが、多くの人がジョンのパラノイアだと思った。しかし実際には、パラノイアにかられていたのはFBIであった。
かつてブラックパンサーを支援したハリウッドのセレブたちはその過去を無きものにしようとしている。そしてジーン・セバーグの存在すらも。セバーグのハリウッドでのキャリアが頭打ちになったのが彼女の女優としての能力の問題であったのか、あるいはFBIの用意したブラックリスト(その存在は確認されてはいない)のせいであったのか、あるいは自主規制であったのかは意見がわかれている。
理由がいかなるものであったとしても、ジーン・セバーグという存在はアメリカの影であるパラノイアをいやおうもなく連想させ、それゆえに目をそむけたいと思う人も多いのだろう。ジーン・セバーグの生涯は「生粋のアメリカの悲劇」(「訳者あとがき」より)とも呼ばれているという。

「訳者あとがき」には61年の来日時に撮られた浴衣姿のセバーグの写真が収められている(字幕翻訳家の山崎剛太郎氏の『一秒四文字の決断』より)。その美しい姿を見ると、胸がよりいっそう痛んでくる。



著者の一人であるギャリー・マッギーはジーン・セバーグの生涯全体を描いた伝記も執筆している。実は翻訳が出ないのかと思って頑張って原書で読んだら翻訳が出たという黄金パターンだったのだけれど、邦訳でもう一度読んでみようかな。またジーン・セバーグのドキュメンタリーも準備中だとうことであります。



これかね。




ゴダールと女たち』にはセバーグの子どもについてある推理が。ジェーン・フォンダについても。





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佐藤太郎(仮)

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