働けないこと、働かないこと

『人生ここにあり!』



1983年のミラノ。ネッロは「急進的すぎる」と組合から疎まれ、「協同組合180」の運営にまわされる。
1978年のパザリア法によりイタリアでは精神病院が廃止されていた。しかし精神病院に長くいた患者たち全員が家族や地域に受け入れられたわけではなく、実際にはそれ以前と変わらない状態に置かれていた人々も多かった。「協同組合180」も、何かを生産するのではなく切手貼りのような「施し」の補助作業をするのみで、「組合員」は薬により「従順」にされているような状態であった。
ネッロは組合員に働くことを提案し、寄木張りの事業に乗り出すことになる……


疎外されたものではない、真の労働によって人間は解放される。労働と連帯の尊さを説いているかのようなこの作品は清く正しい左翼映画だといえよう。しかしだからといって退屈なプロパガンダ映画ではない。基本的にはコメディタッチであるし、また働くことによって患者たちがすぐに快癒したりするような安易な展開も避けられている。痛ましい悲劇も用意されているし、「社会」や人間というものがそう簡単に理想通りにはいかないことも示されている。
イタリアに現実にあった固有の現象を描いていると同時に普遍的な物語ともなっており、政治的な左右を問わず多くの人が感動できるであろう。


と、映画の感想としてはこんなところなのだが、ここからは映画の感想ではなく見たあとにモヤモヤと考えてしまったことである。


失業率の高止まりというのは先進国において広く見られる現象である。とりわけ若年層が不安定かつ低賃金の雇用に据え置かれるということも広く見られる。日本は日本でまたそれに独特の閉塞感が加わっていることは間違いないが、いずれにせよその閉塞感にも雇用問題というのが深く関わっている。
ここで問題なのは、「高度成長期」であれば容易に吸収できたであろう労働力を先進国が吸収する能力を失ってしまったというより、「カネを生み出せる人間」と「それ以外」とを峻別し、後者を「使い捨てる」ことが正当化されるようになってしまったことなのかもしれない。「特別」な人間は「特別」なのであり、それ以外の人間がどうなろうとも知ったことじゃない(とまではいかなくともやむをえない)という考えが正当化されてしまう傾向である。

『人生ここにあり!』に対して一つ突っこみをいれるなら、それは彼らの中に特別な才能に恵まれた(つまり「カネを生み出せる」)人間がいたことである。このような批判については、その才能を独占するのではなく、その能力を広く共有するのだという連帯の理想によって応じているといえる。ネッロは事業を拡大しようとするのだが、これは自分たちの取り分を多くするためではなく、未だに事実上精神病院に据え置かれている人々を一人でも多く救い出すためである。

「能力に応じて働き、必要に応じて得る」とはマルクスの有名な言葉である。
自閉症のために口をきくことができない青年が出てくるが、彼にはある重要な役割が与えられることになる。一見すると「役に立たない」存在に思えても、実際には一人ひとりはかけがえのない存在であり、その個性に応じた役割さえ見出せれば、その人にとっても、そして社会にとっても大きな利益となる。素晴らしい。しかし現実を前にすると、それは虚しく映るのも事実である。いや、そればかりか、そのような発想は危険性を秘めているとすらいえるのかもしれない。

「人間は誰もが素晴らしい能力を持っているのだが、今の歪んだ社会がそれを発揮することを阻んでいる」。こう言えばこれは理想主義的な美しい言葉である。しかしこれをこう言い変えたらどうなるだろう。「人間は誰もが素晴らしい能力を持っている。従ってそれを発揮できないのは努力が足りないからであり、苦しい生活を強いられているとしてもそれは自業自得である」。

ここで持ち出すにはあまりに穏当さを欠いているのだが、それでもあえて持ち出そう。「働けば自由になる」。これはナチスの強制収容所の入り口に掲げられた言葉である。
収容所送りになったユダヤ人を中心とする人々は、問答無用でガス室に直行させられたケースもあるが、「峻別」も行われた。それは働けるか働けないかという峻別である。働ける限りにおいては、わずかとはいえ助かる見込みもあったのであり、働けない人間にその可能性は残されてはいなかった。
ナチスはまた障害者の「安楽死」にも手を染めていた。これには医学や衛生学の「専門家」もお墨付きを与えていたばかりか、積極的に関与したといってもいいだろう。
ナチには様々な源流があるが、このような優生学の背後にあったものの一つが社会ダーウィニズムである。ダーウィンの進化論を人間社会にも援用できるとしたもので、適者生存などの考えに基づき、「弱者」を切り捨てることを正当化した。

社会ダーウィニズムが影響を与えたのはナチスのような「右翼」のみにではない。ジョージ・バーナード・ショーやH・G・ウェルズといったフェビアン協会とも関わりの深い「左翼」にも社会ダーウィニズムは浸透していた。
左翼において問題とされるのは「働けない人間」というよりは「働かない人間」である。これは貴族や地主といった不労所得を得ている人へ向けられることもあるが、そればかりではない。多くの共産国において、「強制労働」という「刑罰」があったことを考えてみればいい。ここでは「働かない」ことは罪であり、罰せられなければならないのである。

多くの人の直感的感覚において、「働けない」人に対して公的な援助をすることは認めても、「働かない」人についてはそれは否定されるだろう(もっとも日本の場合は「いかなる場合においても公的な援助は認めない」という考えが相当にいき渡っているようにも思え、それがまた「独特の閉塞感」にもつながっているのだが)。
しかし「働けない」人と「働かない」人とをはっきりと分けることができるのだろうか。

ホームレスに知的障害や様々な精神疾患を抱えている人が多くいることが近年ようやく指摘されるようになった。この事実によって「ホームレスに対する見方が変わった」という人もいるだろう。そのような人にとっては、今までは否定的であったがこのような「かわいそうな人」に対しては何らかの援助を与えるべきだというふうに考えを変えたという人もいるだろう。しかしこのような考えの中には、やはり「働けない」人と「働かない」人とを峻別し、前者は援助の対象であっても後者については切り捨てるということを正当化しかねない危うさがある。
行政や一部のNPOによるホームレスの「自立支援」施設がしばし収容所じみてしまうのは、「働けない」人と「働かない」人は峻別できるし、後者の人間は「立ち直らせねばならない」という心理が働いていることもあるのだろう。ここから「立ち直れない」人間は(人間として)認めないという発想にもなりかねない。これは主観的には「善意」であるケースも多く、そのような人間は「悪意」を持った人間よりもやっかいな事態を招くこともある。

ここで一部の人から注目されるのが、全員に無条件に一定の現金を給付するベーシック・インカムである。BIは「働けない」人と「働かない」人とを峻別する必要がなくなり、福祉につきまとうスティグマ性がここにはない。

僕はもともとBIには懐疑的であったのだが、最近はいろいろと考えると否定的にならざるをえないという気になってきた。
BIはおおざっぱにいうと、福祉行政の簡素化や労働市場の自由化を重視する「右」的なものと、生存権を重視する「左」的なものとがある。
経済学者の中にBIを支持する人がいるように、BIは理論的には十分に実行可能なものなのであろう。ただしここでのBIは「右」からのものでることが多いことにも注意が必要である。
しかし鄧小平の言葉を持ち出せば、「白猫だろうが黒猫だろうがネズミを捕るのがいい猫」であり、たとえそれが「右」であったとしても構わないではないか、という人もいるかもしれない。

個人的にはBIというのは、全てを自由にしなければならないが、そこから利益を得る人は「参加料(としての税金)」を納め、最低限のセーフティネットは充実させるというリバタリアン左派的なものが根っこにあるのではないかと考えている。個人的にはリバタリアニズムというのは、思考実験としては面白いが現実に援用できると考えるのはとてつもなく愚かなことであると思っている。リバタリアン的世界において前提とされているのは、誰もが最低限の「能力」があるというもので、ここに心身に障害や病気を持つ人たちへの視点は欠けているのではないかと感じていることも大きな要因である。

BIの大きなメリットがスティグマ性のなさであることは間違いない。では現在ホームレス生活を強いられている人たちに無条件に一定の現金が給付されるようになれば、それで問題は解決するのだろうか。ホームレスになるには様々な過程があるが、病気や障害のためにホームレスとなってしまった人たちは福祉行政の網の目からこぼれてしまった人たちであろう。であるならば、福祉行政が極度に簡素化される「右」的なBI導入後の世界においては、むしろ不可視化され、社会からの疎外が深まることになる危険性が高いのではないだろうか。ちょうど形ばかりの協同組合を与えられていた精神病院の患者たちのように。


というあたりでだんだん考えに収拾がつかなくなってきたし、この問題に関しては僕自身まだとっちらかったふうにしか考えられないもので、とにかくいろいろなことを考えさせてくれるきっかけにもなるいい映画でした、と強引にまとめてこのへんで。



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佐藤太郎(仮)

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