『汚れた心』

『汚れた心』




第二次大戦終結後、いくつかの日本人移民社会に日本の勝利を信じ続ける「勝ち組」が生まれた。その中でもとりわけ特異な展開を見せたのがブラジルであった。凄惨な暗殺劇が繰り広げられ、詐欺が横行し、しかもそれが長期に渡ったのである。さらには日本から山師のみならず相撲取りや、はては鶴見佑輔のような大物政治家までもがブラジルにやって来ては「勝ち組」を煽り続けていた。実際にブラジルでこの状況に出くわした高木俊朗の『狂信』について以前書いたのでこちらを参照。


『汚れた心』は戦後のブラジル日系人社会に起こった血塗られた歴史を扱っている。
悪魔的な「帝国陸軍大佐」渡辺登の指嗾によって「誇り高い」日本人移民が「国賊」である同胞の暗殺に手を染めるに至るというあらすじからわかるように、この作品では「勝ち組」のファナティカルな軍国主義とそこから抜け出すことができない人々に焦点が当てられている。

渡辺による土地購入などによって不正や詐欺の存在がほのめかされ、またミズーリ号での降伏文書調印式やマッカーサーと天皇が並んで映った写真のキャプションを偽造する場面からも、「勝ち組」の全員が決して「純粋」に日本の勝利を信じていたわけではないことを窺わせてはいるが、予備知識なく本作を見たらここらへんの意味はうまくつかめないかもしれない。

ブラジルでここまで異様な事態が起こったのは、高木の言葉を借りれば「利欲」の存在が大きい。
日本円などの資産を持っていた人間にとっては資産を処分するまでは敗戦の報を広めたくはなかった。また帰国船詐欺などが横行したが、日本の勝利を信じさせれば被害者が自らが騙されたということにすら自覚がないため、当局が事態を掴んでも立件することができなかったりもしていたようだ。日本からやって来て「勝ち組」を煽った連中を含め、「利欲」という動機が大きく作用していた。

またこれも多く指摘されるように、同じ移民とはいえ社会的リソースに恵まれた比較的裕福な層は早くから正確な情報に触れており、このような人々は日本の敗戦を認める「認識派」(「勝ち組」から見れば「負け組み」)となった。一方で貧しい人々が「勝ち組」となる場合が多く(もちろんその裏ではそれを扇動することで私腹を肥やしていた人間がいたわけだが)、一種の「階級闘争」という側面があったことも押さえておかねばならないだろう。

この作品からはファナティカルな軍国主義がもたらした「悲劇」の歴史という色合いをより強く感じてしまい、おどろおどろしくも醜悪にして、それゆえにより一層戦慄させる歴史的経緯がやや薄くなってしまっているのではないかというようにも思えてしまった。

とは言うものの、ブラジルの「勝ち組」とその血塗られた歴史についてはあまり知られておらず(ブラジル日系人社会においてはタブーになっていたというような話も聞く)、その意味ではこのような作品が作られた意義は大きいのだろう。





あとついでに脱線もいいところだが、原作がどういったものなのかはポルトガル語がさっぱりなものでまるでわからない。また映画において人名等が原作から継承されたものなのかもわからないのであるが、それにしても「渡辺登」という名前はどこから来たのだろうか。
「ワタナベノボル」といえば村上春樹ファンにとってはあまりにお馴染みなものでちょっと気になってしまった。ちなみにこれが安西水丸さんの本名であることも有名だが、多分軽い気持ちで使われ始めた「ワタナベノボル」がここまで一人歩きを始め(?)て、水丸さんはどんな気分なのだろう。




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佐藤太郎(仮)

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