『新しい左翼入門』

松尾匡著 『新しい左翼入門 相克の運動史は超えられるか』




近現代の日本の左翼運動(の内部対立)を扱っている本書は、日本の左翼入門としても読めるが、その本筋はサブタイトルにある「相克の運動史」であろう(ちなみにこのタイトルは著者がつけたものではなく、その経緯については「あとがき」で触れられている)。

「キリスト教社会主義対アナルコ・サンジカリズム」に始まり戦後の「共産党対社会党左派・総評」まで、そして丸山眞男や竹内好といった知識人を読み解くキーとして使われているのが、大河ドラマ『獅子の時代』の登場人物からとられた「嘉顕型」と「銑次型」である。

「嘉顕型」は「理想や理論を抱いて、それに合わない現状を変えようとする道」であり、「銑次型」は「抑圧された大衆の中に身をおいて、「このやろー!」と立ち上がる道」としてある。
本書で語られるのは日本の左翼運動史におけるこの両者の相克の歴史であるが、「嘉顕型」、「銑次型」のどちらが優れているのかを説くのではなく、両方に良い面と悪い面があり、さらには一人の人間の中でもその時々の社会情勢や運動内部での立ち位置によって「嘉顕型」と「銑次型」を揺れ動くとしていることだろう(大杉栄はまさにその典型であろう)。


「「嘉顕の道」は「上からの押しつけが生身の個々人への抑圧になって失敗し、「銑次の道」は、現場の視野が内向きになって外部への配慮を欠いたり、小ボスの利権と支配が発生したりするのを許してしまい、やはり人々への抑圧になって失敗する」という「鉄のワンパターン」に陥ってしまうのが日本の左翼運動の失敗の歴史であった。

では「嘉顕型」も「銑次型」もどっちもどっちで所詮左翼なんぞは、というのが本書の結論なのかといえばもちろんそうではない。「嘉顕型」や「銑次型」に陥ってしまうのは、またそれぞれの側に理があるからでもある。では旧弊な失敗をくり返さないためにはどうしたらいいのかといえば「二つの道の交代」という結論になる。
「「嘉顕の道」で新規革新や普遍性・開放性を追及し、その悪い面の上からの押し付けや拡張路線のいきすぎが出てきたら、「銑次の道」に軸足を移して合意と現場感覚を重視し、その悪い面の閉鎖性が出てきたら「嘉顕の道」に軸足を移し……と、両方の道を応対させることで、長い目で見て、幅広い人々の合意で運営される社会関係が育っていけばいいのだと思います」(p.231)。

そうとは思うものの、それができないのが左翼であって……というのが左翼的でありながら左翼的な運動に加わらない/加われない人たちの気持ちでもあろう。
「「嘉顕の道」は、既存の常識や法令にとらわれず、これこそもっと良いやり方だというものを個々人が自由に創造して、世の中に打ち出す点に積極的な面があります。それを忘れて、個々人の自由な感性を圧殺して自己の信念を押し付けようとするから間違ったことになってしまうのです。「銑次の道」は、「全体」に抑圧される、現場の個々人の生身の事情に則ってその解放を求める点に積極面があります。それを忘れて、抑圧された集団の「解放」の名の下に、その個々のメンバーの自由や多様性を圧殺してしまうから間違ってしまうのです」(pp.232-233)。
ここを読むと、まさにその「間違った」ことばかりをしてしまうのが左翼運動にありがちなんだよなあというところであるのだが。

もちろんこうやって嘆いて、そのような「左翼的」なものを忌避しているばかりでは何も変わらないわけで、本書で取り上げられているNPO法人や協同組合の例にあるように、そこには繰り返されてきた失敗の危険性が孕まれている部分があると同時に可能性も存在している。そこに取り組むとすれば、「鉄のワンパターン」に陥らないためにはまずなぜ左翼運動はこうも失敗を重ねてきたのかということを知らねばならないであろう。


国鉄民営化の際にそれに抵抗しようとした国労は全く支持を集めることができなかったことに触れられているが、これは典型的な「銑次の道」の失敗例であった。ここでの失敗は「反原発」運動(の失敗)にも直接的に繋がっているようにも思えるし、その点で狭義の左翼以外の人もまた左翼の失敗の歴史に学ぶべきであろう。

歴史に学ぶという点ではもっとも苦い経験を忘れてはならないはずなのに、左翼(的)な人々は同じ轍を踏もうとしているように思えてしまえなくもないのが昨今の政治状況でもある。

戦前の軍国主義化を止められなかった「原因の一つは、講座派も労農派もファシズムを正しくとらえられなかったことにある」。これらは「ファシズム=大資本の手先」としてしまったのであった。
「実は、ファシズムが大資本家の支配を革命の危機から守るための独裁だという規定は、今日では大間違いだったとされています。ファシズムの主な支持基盤は、農民や、個人商店主とか自営業者とか小さな企業家とか、あるいは中流サラリーマンとか、いわゆる中間層と呼ばれている人たちです。中間層とは言っても、生業を支える財産や技能や知識は持っているのですが、所得階層としては貧しい人も多いのです。この人たちが、資本主義市場経済の進展と不況のせいで没落して危機に陥ったとき、強い力でなんとかしてほしいと権威を求めて発生するのがファシズムだとされています。特に、今の苦しみの原因が外国からきているという被害妄想を抱かせる現実があるとそうなります。手近にスケープゴートにするのに適当な「犯人」が見つかれば、なおさらよう広がります」(pp.128-129)。

日本の「既存財閥は、イギリスやアメリカを輸出市場としてとても大事にしていたので、対英対米宥和を求めて」おり、「中国に進出しているビジネスにとっても、陸軍の大陸侵略は、日本への反発を引き起こして、長年の苦労を台無しにする迷惑千万な行為」であった。
「陸軍パンフレット」への批判をするブルジョワも多かったものの、「ブルジョワジーは事業を継続」しなければならないため、「結局財閥は軍部と馴れ合って、その中でもなんとか自分たちの利益になるように、強いられた条件を利用して、したたかに振舞った」のであった。
「本当に反ファシズムを望むならば、できるだけ早い段階からブルジョワ勢力を含む共闘が必要」であったのだが、それは実現するべくもなかった。

保守政党の方が「陸軍パンフレット」を批判し、「ブルジョワ政治家」であった斉藤隆夫は「堂々と反軍演説」をした。一方で社会大衆党は進んで軍国主義に協力していく。この経緯は非常に皮肉なものであった。
「既成保守政党」は「資本家団体の圧力を受けて労働組合法案を廃案にし、退職金積み立て制度を作る法案を骨抜き」にし、また軍部に批判的であった民政党は「昭和恐慌を引き起こして多くの労働者を路頭に迷わせたあげく、それを無策のままに放置した張本人」なのであった。斉藤も民政党の幹部として「無産階級のための社会保障や労働者保護などの社会政策には冷淡な態度」を取っていた。左翼としてはこのような「既成保守政党」と手を組むというのはあり得ないことであった。
「社会大衆党による既成政党攻撃は、こうしたブルジョワ政治のあり方に対する勤労大衆の怒りを反映したもの」であり、「こんなブルジョワ議会政治などやっつけてしまい、軍部の力を利用して社会政策を実現しよう」ということになってしまった。

もちろん現在の日本の政治状況は当時とは大分異なるし、全く同じことが繰り返されるということもないであろう。しかしこのような歴史的経緯から学びとれるもの多いはずなのだが、現在は「リベラル」と呼ばれる人がとりわけそうだが、保守も左翼もこの歴史から何を学んだのだろうか、という気分にもさせられる。

著者の世代では丸山眞男らの「戦後近代主義」はかなり評判が悪くなっており、「過去の人」扱いをされたが、しかし丸山は「むしろ誰もが一度は読んでおくことこそが必要な時代になっていると思います」としている。
例えば「超国家主義の論理と心理」のある部分を著者はこうまとめている。「欧米では、国家が私人の内面の価値観に立ち入らずに、秩序維持の割り切った機能に専念することで、一人一人の良心の自由が認められている。それに対して明治以降の日本では、何が正しいのかの内容を国家が体現し、私的なことは本来やましいこととされて、それ自体の価値が認められていない。私的な活動のいちいちが、国家のためという大義名分をつけて正当化される」(p.189)。

丸山の様々な主張は今日的に見ると引っかかるところ(というか批判されるべきところ)も多いのは事実であるが、それでもやはり著者の言うように今だからこそ読むべきであると思えてしまうのは、時代がついに丸山に追いついたのではなく、結局一度も丸山に追いつくことなく引き離されてしまった結果なのだという気分になってくる。
もちろんここで「だから愚民どもは……」とはじめてしまえば、それこそ著者が指摘しているように「嘉顕の道」であり、丸山が「偶像破壊」の標的にされたのもまさにそこにあるということを考え合わせれば、丸山の主張する近代が日本においてなぜ受け入れられなかったのかということも込みで丸山を読み直さなければならないのであろうが。



プロフィール

佐藤太郎(仮)

Author:佐藤太郎(仮)
shopliftersunionあっとhotmail.co.jp

最新記事
月別アーカイブ
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
カテゴリ
twitter
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR